第9話「修学旅行パワー」
残暑も落ち着き、吹く風が少しは涼しく感じられるようになった頃。
私たち3年生にとって重要な行事が控えているのだった。
それは『修学旅行』。
期間中には恋の1つや2つが実ったり実らなかったりするするという例のアレ。
噂によると親しい友達がいる場合に限っては楽しいらしいが、班編成によっては苦痛を味わわなければならないこともこともある。
私たちの班編成は一昔前までならよかった。
期間中の過ごし方次第だが、今は苦痛の部類に入るのかもしれない。
京都・奈良へと向かう新幹線の中。
気まずい雰囲気が流れる3人席。
1番窓側の私の隣には海がいて、さらにその隣の通路に近い方には遥斗が座っている。
誰かさんの余計な一言でこうなった。
「あの3人は仲が良いので、一緒にしてあげたら良いんじゃないですか」
余計なお世話だっちゅうの。
担任も決められることはさっさと決めたいと言って私たちにちゃんと確認もせずに決められてしまった。
従って班行動をする班だってこの3人がまとまっている。5人なのであとおまけが2人くっついてくるが。
友達だって夫婦だって恋人だって、喧嘩するし好きになれないもある。
ずっと24時間365日仲が良いと思ってもらっては困る。
人間は完璧にはなれない。
何事においても『波』というものはあるのだ。
私は窓の外を眺める。
途切れ途切れに街の様子が見える。
山を越えればまた違う街が広がっていて違う人が住んでいる。
遠い遠いその先にはチラッと青い景色が見える。
大海原がここからだと住宅地に侵略されているかのように小さく残っている。
私たちの街から見る海はあれだけ広いのに。
見方、見る場所、見る人、それぞれ捉え方があって、感じ方がある。
青い海の中。
少し見えた白い線は押し寄せる波のように感じられた。
京都駅に着いてテクテクと学年まとまって移動する。
私がホームに降り立った時、なぜか心にはフーっと安堵が押し寄せてきた。
新幹線という閉鎖的な空間から解放されたからかな。
海の背中を追って駅を突き抜け、外に出ると自然と汗がにじみ出る来るような蒸し暑さに襲われた。
みんなで急いでバスに乗り込む。
ふぁと口から零れそうになるあくびをかみ殺してシートベルトを締める。
その後の記憶はほとんどない。
平穏に月日が経ち、修学旅行はもう3日目。
つまりが今日が最終日というわけ。
前日の班行動は私たち3人の他にあと2人いてくれたから雰囲気を崩さずに何とかできた。
でもそろそろいつもと違う生活は大変だから……。
この修学旅行を機に前みたいな関係に戻りたい。
それが私の切実な願いだった。
今日は学年全体で京都市内をバス観光する予定だった。
金閣・銀閣、北野天満宮などなど。
昼食のあとは嵐山で自由行動の時間があって。
もし3人で会える時間があったら、このぎくしゃくした関係に終止符を打ちたい。
しかし、時間は刻一刻と過ぎていき、気づけば私の手はご飯を口に運んでいた。
各見学場所でも中に入ってしまえば基本的に出口までは自由。
何度もあいつらを捕まえるチャンスはあったのに、ことごとく仲の良い女子に捕まったりして逃げ出せなかった。
タイムリミットはあと半日しか無い。
この魔法が解ければ、私たちの日常は『いつも』に戻ってしまう。
2階のレストランから眺める景色は川と人人人しか見えなかった。あと少々の車。
ワイワイガヤガヤしている声が耳に聞こえてくる。
私たちはあんな感じにまたワイワイできるのだろうか。
心配と不安が交互に入り混じり、心がだんだん暗くなっていきそうになる。
「だいじょうぶ。何とかなる」
小さな声で呟いた。
店内も他の客の音で溢れていた。
昼食を食べ終わり、いよいよ班行動開始。
友達に捕まる前に遥斗と海を探し出し、旅へと連れ出す。
渡月橋はただの橋ではあり得ないほどの人が通行し、私たちもその流れに乗って流れる川の上に建つ橋の上を人波に流れていった。
嵐山といえば『竹』と誰しもが思う。
私たちもそうだった。
しばらく歩いていると周囲は太陽の光を遮り足下が暗くなってきた。
頭上を見上げてみるとそこにはそこには竹林が広がっていた。
私たちは美しさに圧倒されながらずんずん限りなく続く道をひたすら進んだ。
気づけば周りには人が見当たらない穴場まで来ていたようだ。
私の隣には遥斗がいて、その後を海が追って歩いている。
そのとき、海の歩く気配が止まったのを感じた。
「ちょっと待って」
私と遥斗は歩みを止め、海に向き合う。
海も同じことを考えていたのではないかと思ってしまうのは、そこに真剣な眼差しがあったからだ。
「そろそろさ、もとに戻ろうよ」
海は言う。何がと言わなくても私も遥斗もわかった。やっぱりみんな思っていることは同じ。
「って悪いのは僕か」
海はずっと1人で背負い込んでいたのかもしれない。
遥斗が海に好意を抱いていることも聞いていた。
それでも私も海が好きなのは変わらないし、伝えなきゃいけないと思った。
あの日、遥斗も同じようなことを言ったのはその後に知ったが。
1日に2人、しかもずっと友達として接してきた幼馴染みから。
海だってどうしたら良いのか見当もつかなかったはず。
「……いや、そんなことないよ。私たちこそ悪かった」
全てにおいてのこと。
嘘をついたことだって、告白をしたことだって、遥斗と被ってしまったことだって。
でも結果的に悪い方向に転がったが、選択は間違っていなかったと思っている。
少しの間沈黙が淀む。
それから口を開いたのは海だった。
「僕も好きだよ、2人のこと。友達として」
海の本音がここには現れていた。
「でも、僕がどっちかと友達以上の関係になってしまったら……。3人しかいないんだよ。もう片方は1人ぼっちになっちゃうなんてダメだよ」
確かにそうかもしれない。
2人がもし付き合うとなったらさらに私たちの関係は悪化へと転じる。
どちらか一方は1人になってしまう。
だから……、と海は続ける。
「僕たちは最高の幼馴染みでいようよ」
無数の竹は風に揺らされて葉と葉が当たるサーという心地よい音が3人の間に流れる。
歩き始めた足音とともにこれまでの私たちは京都に置いてきたのだった。
本作をご覧いただきました読者の皆様、誠にありがとうございます。
本作は10話編成でありまして、次回が最終話となります。
最後まで「音かい-OnKai-」をどうぞよろしくお願いします。
森乃宮伊織