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11 わたしと願い

それから3日が経ち、わたしは成婚の儀当日を迎えていた。


あれから、オグウェルト様とは本当に顔を合わせる機会がなかった。オグウェルト様が朝から夜までほとんどずっと屋敷にはいらっしゃらなかったからだ。守られないであろう約束がされて、それがどういう事なのか知りたい気持ちがあったわたしは何食わぬ顔をして彼の帰りを待ったりもした。その甲斐あって夜遅くお戻りの際に何度か顔は合わせることはできたが、ろくに話をできる時間はなかった。結局わたしは大人しく待つしかなかった。


話をしたといえば、1度目にお会いしたときは言葉を交わした。会話とも呼べるか分からないが、前振りもなく「この屋敷で何か不足なものはあったか」と尋ねられて、「いえ特には」と答えたやりとりだった。いきなり過ぎて面食らったが、おそらくお相手との調整で、先方のお屋敷で何か用意するものがあるかということだったのだろう。


そして想像するにおそらく、オグウェルト様が忙しいのは主にわたしの成婚の儀や、その後の生活の調整のためだろうと思う。



一方のわたしは、丸一日を残してわたしがやれることを完全に終わらせ、同時にハナが引越し準備も完璧に仕上げてくれた。荷物は必要なものを残して、一足先に新たな屋敷へと運び込まれる算段が取られた。


そして昨日。

思いつきもしなかったが、残った1日はこれでもかというくらい磨かれた。物理的にである。


身体を磨かれ産毛を剃られ、爪を磨かれ塗られ、身体の至る所を揉みほぐしリンパを流された。他人に世話をされ慣れずに生きてきたわたしにとっては苦行な時間であった。隣でずっと控えていたハナは案の定、目を輝かせていたが。



そして今日。わたしは屋敷を出る前に、愛着のあった場所をひと通り巡ってから、屋敷の侍従たちに「今までありがとう」と挨拶をしてまわった。最後まで屋敷の人々はとても優しかった。トリとしてハナに最後の挨拶をしようとしたら、「レア様、本日もわたしがお供するのですよ?」と怪訝な顔で言われた。どうやら、ハナは今日のアテンドまでしてくれるようだった。

ありがたいが、ハナと別れる覚悟を今一度し直さなくてはならないのかと考えたら、すごく寂しくなるだろうなとちょっと先の未来を考えて憂鬱な気分になった。




成婚の儀は、王城内にある教会で行われるという。そこがこの国の中で最も神聖な場所なのだそうだ。国民のほとんどが神を信仰しているし、わたしも例外ではなかったので問題は全くなかった。

ただ、わたしはそこまで敬虔な教徒ではないため、神様に怒られないかは少し心配だったが。きっと神様の御心は深いはずだから大丈夫だろうと楽観的に考えることにした。



教会は王城の敷地の中の奥まった森の中にあった。森があるなんて王城内は広いなと驚きつつ馬車で送迎され、外に足を踏み出すと緑の良い香りがした。これがあと2ヶ月ほど後なら、緑が一番映えていた時期だっただろうなと木々を眺めた。


こうして落ち着いて、今日の日に臨めていることが私自身にはとても不思議な感覚だった。


オグウェルト様をお慕いしている。それは今も変わらないが、これは政略結婚である。こうすることでオグウェルト様やお世話になったウームウェル家にもおそらく恩返しができる。

不貞はできないしこの思いは隠し続けるべきだが、わたしはお相手を好きにならなくてはいけないわけでもない。

そして元々、オグウェルト様とわたしがそんな関係になれるはずもなかったのだから、何も悲しむことはないのだ。わたしが結婚しようとしまいと、結果は変わらないのだから。


やや強がったようにも思っていたが、わたしは自分で思っていた以上に気持ちの整理をつけられていた。



「レア様、今日は最高に綺麗になりましょうね」


馬車を降りてからぼんやりしていたわたしに、ハナがにこやかに声をかける。

わたしは肩をすくめて、「お手柔らかに」と笑った。



華やかな化粧を施されて、髪の毛を編み込みながら結わえられて、繊細なドレスを着せてもらった。オグウェルト様の選んでくださったドレス。

段々とわたしはわたしではない人になっていくようだった。着替えや化粧についてくれた女性たちは、王城に務めるヘアメイク専業の宮女らしかった。プロの力はすごい。


「新婦様、最後にベールとティアラをつけますので」


教会の中ではそう呼ぶ決まりでもあるのか、宮女たちはわたしをそう呼んだ。

頭にベールと小さなティアラをつけてもらって、儀式用のわたしは完成したようだった。


「新婦様、本当にお綺麗です」

ちょっと目をうるませて、ハナはそう言った。どうやらハナも王城の宮女たちの呼び方に習うことにしたらしかった。


「新郎様も準備は整っているようですよ」


控え室に入ってきた宮女がそう言うと、ハナは「緊張されていますか?」とこちらを見た。わたしには曖昧な笑顔が浮かぶ。

可能なら、お相手は常識的であまり美醜にうるさくない人が良いなと思った。初対面の人と今から結婚する。そのこと自体には、ハナの言う通り少し緊張し始めていた。


「それではそろそろ新婦様、ご移動をお願いいたします」


少し強ばった顔を、せっかく綺麗にしてもらったのだしと口角を上げてみる。大丈夫。わたしは、大丈夫。


そう繰り返しながら、控えめなレースが散らばったドレスを何度か撫でた。


せめて、このドレスは似合っていますようにと心から思った。

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