12 わたしと隠した想い
入場のための待機場所には、わたしの入場をエスコートしてくれる人が待っていた。本来なら親族が務める役目だが、祖父の知り合いが務めてくれることになっているようだった。
その人は、前ボワソン侯爵の右腕だというダミアン・ラルエットという50代くらいの男性だった。つまり、今のボワソン家の実質的な実務を担っている中核である。体格は鍛えられていて大きいが、優しいおじさんという雰囲気だった。
「レア様。お会い出来ることを楽しみにしておりました。3年間...いえ、19年間ですな。お会い出来る日がどれほど待ち遠しかったか」
ダミアンはわたしに礼をすると、目尻に皺を寄せて笑った。
「ダミアン様、ありがとうございます」
「いえレア様、我らがご当主なのですから、ダミアンと」
流石に初対面で30歳以上年上の男性をいきなり呼び捨てにはできない。わたしは笑顔で誤魔化した。
「今日は来ていただいて、こんな役目まで引き受けていただいて」
「光栄にございますよ。こんな晴れの日、エンゾ様も...レア様のお爺様も間違いなくお喜びです」
「そうだと良いのですけど」
ダミアンは人が良さそうに笑った。カラッとした笑顔だった。心底喜んでくれているように思える。
たしかにこの方が祖父の右腕なのだとしたら、ボワソン家と臣下の関係性は良好なものなのだろうと思えた。ぽっと出のわたしをもこうして歓迎してくれる余裕を感じる。
「急なご成婚で驚きましたが、しかもこんな条件の良いお相手で。何か取引を?」
ただ、単純な気の良いおじさんではないことは、笑顔のまま政治的な話を躊躇なく話すことからも見て取れたが。
ダミアンはわたしの結婚相手を知っていた。いや、当日なのだから知らないわたしがおかしいのかとなんだか急にそわそわする心地だった。
「取引...などは、おそらく特には...」
正直に言えば分からない。その辺りはあったとしてもオグウェルト様が調整してくださっているのだろう。
ただここで少し腹が立ってきた。オグウェルト様にである。いや、確かにこちらからはお尋ねしなかったけれど、お相手くらい教えてくれても良かったのに。何か取引きがあったのならそれもわたしに伝えてくれればその後がスムーズになるだろうに。
色々なことをやってもらった立場で、完全に見当違いの怒りだった。それもわかった上で気持ちはぐちゃぐちゃとし始める。
そして思考をめぐらせているうちに、わたしは自分が隠そうとしていた気持ちに気づいた。
わたしは、この結婚についての疑問を「貴族の結婚とはこんなものなのだろう」で色々と済ませてきたのだ。どうして?という疑問や納得出来ていないという思いは抑圧して。自分の気持ちにできる限り触れないように、見ないようにしてきたのだと、今理解したのだった。
わたしがそんなことを考えていることには全く気づかず、ダミアンは続けた。
「では最初からそういうつもりだったのですかねえ、そう言っていただけていれば、ボワソン領を上げてのお祝いをもっと盛大に執り行えましたのに」
最初からとはどういうことだろうと疑問が浮かび、分からないことは押し留めずに聞いた方が良いと思った。聞かずに今後悔しているのだから。
しかし、「それはどういう...」と口を開きかけたところで、宮女がわたしに声をかける。
「中のご準備が整いましたので、そろそろご入場です。新婦様ご準備をお願いいたします」
それに従わないわけにもいかず、ダミアンは小声で「ボワソン領のことはまた後でしっかりとお話いたしますので」と囁いた。
わたしは宮女たちの言う通りにダミアンの肘に手を添えて、扉が開くのを待つしかなかった。
受けた説明によれば、中には列席者と新郎が既に待っている。少しの疑問と、新郎と初めて会う緊張が、私の中にぐるぐると巡った。
そっと後ろに控えていたハナがわたしの肩に優しく触れて、「大丈夫ですレア様、本当にお綺麗ですから」と言った。気持ちが落ち着かないことが伝わって声をかけてくれたのかもしれない。ハナには「ありがとう」と今できる限りの笑顔を作った。心配させてはいけない。
わたしはひとつ深呼吸をして唇を結び、できる限り気持ちを切り替えようと試みた。




