プロローグ―わたしの政略結婚、宣告―
「再来週、成婚の儀を執り行うことになった」
夕食を済ませたあと、部屋を出る直前にはたと立ち止まったオグウェルト様は、ふと今思い出したかのようにそう言った。
椅子から立ち上がると背が高く、まだ座っていたわたしは彼を見上げた。見上げるといつもの精悍な顔つきがさらに圧を持って見える。整った顔立ちなのに少しもったいないな、と思った。
その圧には彼の声も影響しているだろうか。オグウェルト様は確か30歳を少し過ぎたくらいだったはずだが、相応以上の落ち着きがあって妙に声が響く。
ぼんやりとそんなことを思ったが、言われた言葉の意味はわたしの頭にはすんなりと入って来なかった。目をまたたかせて、わたしはしばし固まった。せいこんのぎ…?と変換できずに頭の中で繰り返す。
先程まで食事を共にしていた彼は、まず間違いなくわたしに話しかけている。ダイニングには彼と、私と、食事を用意してくれた侍女と執事しかいなかったし、侍女も執事も彼の声を聞いても特に反応しなかった。なのに瞬時に理解できなかったのは、その話がどこから湧いたのかわからないくらいの唐突な話だったからだ。
いつも内にある感情や考えていることは全く分からないが説明は分かりやすいオグウェルト様だから、わたしが油断していたせいもあるかもしれない。
侍女と執事をちらりと横目で確認していると、オグウェルト様は反応しないわたしの名を呼んだ。先程よりは少し、柔らかい響きだった。
「レア?」
ゆっくりオグウェルト様を見ると、いつになく見られている。目が合う。わたしはそっと視線を外した。こんなにじっと、オグウェルト様がわたしを見た事は今まで1度もなかったのではないか。やや荒れた心臓を落ち着けるようにゆっくりと思考をしようと心がける。
「成婚の儀ですか?」
やっと頭で意味を持つ言葉に変換できたが、わたしは馬鹿みたいに頭の中のそれを繰り返すことしか出来なかった。
ああ、とオグウェルト様は頷いてから、ゆっくりを心がけているわたしを置いてけぼりにして、直ぐに言葉を続けた。
「それまでに色々と準備が必要だろう。詳しいことはハナに聞いてくれ」
侍女の名前をオグウェルト様が口にすると、侍女のハナは笑顔でわたしに向かって「おまかせください」と一礼した。
オグウェルト様はそれを見てから、この場を離れようとした。だが、唐突すぎて頭にハテナが浮かんだわたしは、それが口からこぼれた。
「ハナに…って、あの、誰が結婚を?」
再来週と言っていた。急に誰かにお呼ばれされたのかと思ったが。
退席のためにわたしに背を向けかけたオグウェルト様は、そのままの姿勢で、私を見ずにこう言った。
「レア、君がだ」
聞こえた言葉は衝撃的だった。
それは、2週間後にわたしは誰かの妻になるという宣告だった。