2.未来を聞く女② 発現②
ご覧いただきありがとうございます。前回から結構経ってしましました。色々なキャラのプロローグを簡潔に書こうとしているのですが、まだ表現するのが難しいですね。
一応、前回のキャラとはまた別のキャラですので、自分自身でもキャラの管理や設定が扱えるのか不安ですが、色々と工夫しながらいけたらなと思っています。
4月14日 04:50 アメリカ ホテルの一室
「・・・ということなの。これは一体どういった症状なの?私は病気なの?デイビットさん、あなたは今のこの話を聞いてどうですか?」
長い間喋っていた気がする。彼女は時計に目をやると、ほんの数十分しか経っていないことに、少し驚く。
彼女は『デイビット』に今まで起きたことを短く、完結に説明をしていた。自分の置かれている今の現状を知りたいという焦りを少しでも抑えて説明をしたおかげもあり、『デイビット』には伝わったように思えた。
[結構長くなると聞いていたが、文を編集したりするだけあってわかりやすかったよ。そうだね、率直に言うとそれだけでは私もまだわからないとしかいいようがないね。でも未来を見るというよりは聞いているということは一種の”未来予知”であることは確かだね。]
答えがでなかったその返答に落胆する彼女は、「そう・・。」と一言だけ呟き黙ってしまう。結局自分のこの現象は謎のままなのかと顔を顰める。
大体、今会話しているデイビットが何者かもわからないまま、今起こったことを話したところで何かが変わるはずがないのだと改めて思う。見ず知らずの人物にいきなり電話をして、”未来予知”が起きたなど、赤の他人からしたら、一言目には病院へ行けと言われるのがオチである。それをこうやって親身に聞いてくれただけでも、ありがたいことだと彼女は考えるうちに思う。
「そうね。そうよね。さすがにわからないわよね。ありがとう。私のこんな意味が分からない話を聞いてくれて、とても感謝しているし、それに少し気が楽になったわ。相談相手があなたで良かったわ。多分この現象もこれっきりだと思うし・・いえ、思いたいわね。」
その言葉を遮るように『デイビット』が口を開く。
[残念だが、力が宿った者にはこれからもその力が生活の中について回る。それのせいで狂ってしまった者や自殺してしまった者を私は今まで見て来ているからね。]
彼女は力がこれからも一生ついて回るという聞きたくなかった言葉を聞き、もう一度落胆する。まるで死刑宣告を喰らったかのような感情である。そして、この力が昔から存在していたような口ぶりをする『デイビット』。彼女はそのことにも引っかかった。ニュースでもこんな現象が起こった人物が報道されているのは一度も見たことがない。疑問が疑問になりどんどん意味が分からなくなってくる。疑問に思う彼女はそのことについて聞いてみる。
「じゃあ、なぜ全く報道されないの?そんな情報は全く入ってこないし、こんなことが起こったら騒ぎになるはずだわ?それも何か知っているの?」
話が自分の今起こっていることから、力についての話へと反れてしまっていることに彼女は気づいていなかった。だが、誰もが疑問に思うことであるのは確かである。一度たりとも空を飛んでいる人を見た、物を操っている人がいたという報告がないのは、今彼女が体験している現象を考えれば何ら不思議ではない問ではある。
[ノーコメントだ。これ以上知りたいというのであれば、君は私たちに協力してくれるということ”契約”してくれ。実際に会ってすべてを話そう。だが、一度聞いたらもう戻れないということだけは肝に命じておいてくれ。それほどのことなのだと理解してくれるかな?どうだい”契約”してくれるかい?]
『デイビット』の言葉に、なぜだか自分は今人生の分岐点にでも迫られているような気がした。たかがちょっとした”未来予知”。これはどういうものなのかを知りたかっただけである。本当にこんなことがあり得るのか、ほかにも同じような人間が存在するのだろうか。今は色々なことが疑問になってしまい混乱へと変わっている。その助けとして『デイビット』に電話をしただけ。なのにどうして、今この力を使うために話が動いているのか、なぜ自分が先のわからない選択を迫られているのか、彼女は疑問がどんどん焦りへと変わってくる。どうしたらいいのか、このまま「はい」と一言返事をすればいいのか、それともと頭がパンクしそうな時彼女は一つ言葉が出た。
「あ・・・・あなたは、何か力は持っているの?」
彼女の何気ない質問。今頭を整理するため、少しでも時間を使って落ち着かせるためにでた一言。
その問いは、もしかしたらこの男も力を持っているかもしれないという答えを知るチャンスでもあったが、その答えに期待などはなかった。
[どうかな。持っているかもしれないし持っていないかもしれない。私自身もこれ以上のことを言ってしまうと、まだ赤の他人の君から情報が漏れてしまう恐れがあるからね。すまないが、あやふやにさせてもらうよ。さあ、私との”契約”は受けてくれるかな?]
当然の返答ではあった。ほんの数秒だけ伸びただけ。彼女は、口を開く。
「そうね。私自身のこれからのことを考えると、この力ってよっぽど邪魔になるのよね。だけど、これ以上関わりは持ちたくないし、これを利用するための道具として私はなりたくないの。私はこれが何なのかを知りたかっただけ。そこにデイビットさん、あなたの存在を知って答えを少し知ることができたわ。私はこれからこの力と共に静かに暮らしていく道を選ぶわ。残念だけど私はあなたと契約はできない。これからたくさん苦悩するだろうし、あなたが言ったように狂ってしまうかもしれない。それでも、もう一度言うけど私は誰かに利用されるのだけは嫌なの。ごめんなさい、私って変なところでプライド高いのよ。」
多分この回答には色々と矛盾していると彼女自身も思っている。同じような人間がいるなら、この力をなくしてくれる人だってもしかしたらいるはずだと。協力をすれば色々と補助だってしてくれるはず。だが彼女は最後の最後にポジティブに、自分の少し残っていた信念という自己中心的な考えを通したのである。自分だけの特別な力なら一人で楽しもうと、この力と生きていこうと思ったのである。
[・・・そうか。それは・・残念だ。貴重な未来を見る人間と巡り合えたと思ったんだが、それも仕方ない。君が選んだ未来だ。後悔はないんだろう。だがいくつか忠告しておくよ。・・・・その力は絶対に公に出すことだけはやめるんだ。君の存在自体がどうなってしまうか保障はないからね。あとは無意識のうちは難しいだろうが、力をコントロールできるようになったら、あまり使わないことだ。確かに他人とは違う特別なものだがタダではない。”リスク”=”副作用”に気を付けるんだ。使いすぎると必ず何かしらの影響が起こるはずだ。忠告はしたよ。じゃあ、君と・・私との関係は・・ここで終了だ・・・・。この電話が切れたらもう・・・・赤の他人さ。]
『デイビット』の忠告に一言「ありがとう。」と返す。何に対してのありがとうなのか彼女自身もわからないが、とっさに出た言葉であった。
[はは・・・ありがとうか・・初めて言われたよ・・・・じゃあ、長生きするんだよ・・。]
『デイビット』はなぜか最初のころと違って少し苦しそうに話をしていた。それを少し疑問に思ったが、これ以上の詮索はやめようと思い聞くことはしなかった。
「ええ、長生きしてみせるわ!」
なぜか、少し気分が晴れたような気がした。自分の中だけでこの物語を完結させるのだと彼女は心の中で誓う。
[この話は全く録音などはしていないから・・・安心していい。君のことを探ることもしない・・・。では、幸運を祈るよ・・。]
そう言い終えると『デイビット』は電話を切った。
-プーッ・・プーッ・・プーッ・・プーッ・・プーッ・・
-ガチャ
彼女は受話器を戻した。少し不安げな様子ではあったが、自分が選択したこの答えに間違いはないと先ほどの考えを消した。これが正しい道なのだと。
電話を終えると何故だかとても疲れた気がした。当然と言えば当然である。いきなりのことが起こりすぎて、身体が良く持っていたほうだと自画自賛する。それとは別に途中からの『デイビット』の言葉にはとても重さを感じた。
「はあー・・・本当に疲れたわ・・。もう原稿の続きを書く気力すらないわね。仕方ない、延期してもらうしかないわね。雷が落ちるほど怒られるのは確かね・・はは・・。」
冗談を交えながら彼女は、そのままベットにバタンと仰向けになる。ゆっくりと目が閉じると同時にすぐに眠りに入った。
だが、彼女はいきなり立ち上がった。そして、原稿が置かれている机に向かって歩き、椅子に座った。だが目は閉じたままであった。わざとやっているわけではなく無意識のうちに動いているのである。
左手でペンを持つと、おもむろに原稿に何かを書き始めるのであった。まるで起きているかのような達筆に字を書き始める。
-ねえもう一人の私。私はこの選択に間違いはなかったのかしら?私の未来は変わった?-
-こんばんは、私。その選択に正解も間違いもないわ。あなた自身なのだから。私は強制はしない。忠告だけをするわ。これから、もっと先の道が見えてくるはずよ。さあ、ほかの人たちと会話をしてみなさい。-
-ええ、わかったわ。そうねじゃあまずは、日本人のグループから聞きましょうか。あなたたちは日本のどこに住んでるのかしら?-
-こんばんは。俺たちは東京に住んでるんだ。ある日突然俺と・・・・-
目をつむったままの彼女は、誰もいない部屋で知らない誰かと会話を始めた。
4月14日 05:23
夜もすでに明けている頃であった。彼女だけがこれからのことを知る。だが、その選択が正しいか間違いなのか。それを伝えることはしない。彼女はこの物語の行く末と自分自身の未来の結末を一人の『読者』として見守ることを選んだ。
END
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2.発現②
5月5日 03:18 アメリカ アパートの1室
「兄貴、見てくれよ。俺もついについに兄貴と同じように目覚めたぜ。これがあれば俺も学校の人気者に、いや一躍有名人になれるぜ!」
「まあ待て、トーマス。公にするのは流石にマズイ。こういうのはこっそり使って少しずつ話題にしていくんだ。確かに、一発のインパクトはすごい話題になるが、話題になりすぎれば世界は怯える。人とじゃない悪魔だってな。お前は実験体にされるのがオチってのが現実さ。嫌だろう?何をされるかわからん。」
あるアパートの1室で兄弟が何やら話をしている。部屋はとても散らかっている。身体がとても大きく筋肉質な体系をしているほうが兄であろう。そして、兄には劣っているが少し小ぶりなほうが弟である。
「た・・確かに、流石兄貴だぜ。俺これを明日教室でマジックとして少し使ってみてもいいかな?バレないようにするからよ?」
「ダメだ。こういうのは時期ってのがある。それまで辛抱するんだ。わかったな?絶対に学校で使ったりするなよ?まだ使い慣れてもいないんだからな。」
「・・・わかった。使わないように我慢するぜ。だけど、これは俺たち兄弟に与えられた神様からの贈り物だよな?」
「ああ、そうだ。これがあれば俺たちは拳銃だって日本の刀だって怖くないさ。」
兄の方がそう言うと、おもむろに弟に散らかっている部屋に落ちていた本を投げた。
「うわっ!」
-ボンッ
それを防ごうと『トーマス』がとっさに手をかざすと、飛んできた本が逆に吹っ飛んだ。特に本に仕掛けがあったわけではない。ただ手をかざしただけである。本は何かに切り刻まれたかのように破片が散らばり地面に散乱して落ちた。
「すげぇ・・これが俺の能力!ゲヘヘヘヘヘヘヘ。笑いが止まらないぜ。ゲヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘヘ。」
夜中に『トーマス』の不気味な笑い声が響いた。
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5月6日 07:40 アメリカ 『サムウェル』の部屋
「さて、そろそろ出発しないと、バスに遅れるな。」
男の名前は、『サムウェル・ハワード』。高校の教師で、今年で3年目になる。青い瞳をしており、最近の若者といった見た目である。
スーツ姿で、鏡で身だしなみのチェックを行い、部屋を出る。2階の部屋なので階段を降りる。すると居間には男が一人ソファに座っていた。『サムウェル』がその人物を見つけると笑顔で口を開く。
「あ、兄さん。帰ってきてたんだ。出張お疲れ様。今回はいつまでこっちにいるの?」
「やあ、おはようサム。昨日こっちに戻ってきて、さっき家に着いたんだ。今回は1週間ほどこっちに休暇で滞在する予定さ。あとで父さんたちにも顔を出してくるよ。久しぶりだからな。」
ソファで座っていたのは『サム』の兄、『カルロス・ハワード』31歳。貿易関係の仕事で出張が多く、あまり家には帰れないことが多い。『サム』と『カルロス』は2人で共同生活をしている。親は近くに暮らしているので、すぐに会える距離である。
「兄さん、俺が休みの日にでもドライブに行こうよ。もちろん運転は兄さんだけどね。まだ俺免許とってないからさ。」
「ああ、母さんと父さんも一緒に家族で久しぶりに行こう。あと何回行けるかもわからないしな。さて、俺はシャワーを浴びてくるよ。お前は早く行かないと、遅刻するぞ?」
机に置いてある時計を確認すると、7:45を過ぎていた。
「大丈夫さ。少しくらい遅れても何も言われないからさ。ほかの先生もいつもギリギリで来てるし。」
まるで危機感がないというか、遅れてもいいとごく当たり前のように話す『サム』。それをあまりよくはない顔で見る『カルロス』。目で早く行けと合図をし、立ち合がりバスルームへ歩いて行った。
「はいはい。」
その合図に適相槌をして、家を出る。バス停までは、歩いて5分ほどなのですぐにつける距離ではある。『サム』はまだ間に合うと考え走ることなく、のんびりといつもと変わらぬ街並みを眺めながらバス停まで歩いた。
バス停に着くと通勤の社会人や学生たちがバスを待っていた。『サム』もその中に入り、バスを待つ。ふと辺りを見渡すと、見覚えのある人物がいたので『サム』はその人物のところへ歩く。
「やあ、トーマス。今日は、寝坊しなかったんだな。」
『サム』が話しかけたのは、彼が働いている高校の生徒の『トーマス』であった。髪はボサボサで寝癖なのか地毛なのかわからいほどである。目の下にはクマができており、夜中まで起きていたことがわかる。
「おはよ、先生。先生こそ今から来るバスなんかに乗ってたらギリギリじゃん。俺は興奮しすぎて一睡もできなかったんだぜ。ゲヘヘ。」
『トーマス』の笑い声はいつ聞いても不気味だなと思う『サム』。だが、それよりも興奮しすぎてねむれなかったの一言に興味を持ち問いただす。
「何だよ?そんなにすごいことなのか?」
その『サム』の問いに喰いついたと言わんばかりの満面な笑みを浮かべる『トーマス』。ここまで露骨に表情に出されては気になってしょうがない、いや気にしてくださいと相手から言ってきているようにも受け取れる。
「そんなに勿体ぶるなよ。それでしょうもなかったら、肩透かしだぞ?どうせ彼女ができたとかだろ?ほら正解だ!」
『サム』の答えに澄ました顔で横に振り間違いだと示す『トーマス』。口を開き何かを言いそうになったが、思い出したかのような顔をして「これだけは誰にも教えるなって言われてる。」と一言だけ言うと前を向き、イヤホンをして音楽を聴き始めた。
これには『サム』も弄ばれた感がして、詰め寄り『トーマス』の肩に手を乗せてさらに問い詰める。
「おいおい、ここまで言っておいてそれはないだろ?なんだよ。なあ、言ってみろよ?おーい、トーマス。聞こえてるだろ?」
『サム』が語りかけるが無視をする『トーマス』。さすがに『サム』も、もういいやといった表情で肩に置いていた手をおろす。
少しして、バスが到着し二人は乗り込みバスは学校方面へと向かった。
バスがゆっくりと目的地に向かっている。
「なあ、先生。そういえば兄貴が朝、先生の家の前をランニング中に通ったら男の人が先生の家に入って行くのを見たって言ってたんだけど誰?」
『トーマス』が質問をする。ちょうど『カルロス』が帰宅したのを見たのであろう。『サム』は特に兄がいるとは言っていなかったので、知らないのは仕方ない。
「ああ、それは俺の兄さんのカルロスだね。仕事の関係で出張することが多くてね。今日たまたま休みができたから帰ってきたんだよ。マイクは元気にしてるか?今も筋トレに精を出してるんだろうな。」
『トーマス』には3つ年上の兄の『マイク』がいる。『サム』が今の高校に就任した3年前に交流があったので兄弟のことは知っているのであった。
「ふーん、そうなんだ。先生にも兄貴がいたんだ。先生は兄貴のこと尊敬してる?」
その質問に躊躇なく笑顔で『サム』は誇らしく答えた。
「そうだな。兄さんのことは尊敬してるよ。とても誇らしいさ。俺も兄さんみたいになりたいけど、難しいかな。ハハ。トーマスはマイクのことを尊敬しているのか?」
「もちろんだぜ!」
こちらも何の躊躇なく答える。2人は他愛もない話をしながら、目的地に向かって行った。
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14:21
午前も過ぎ午後の授業の1科目が終わった小休憩時間に入っていた。『トーマス』は昨日起こった現象をどうしても誰でもいいから、伝えたくてしょうがない様子であった。朝からクラスルームに入って、座るなりソワソワしっぱないしで落ち着かない。兄には誰にも言うな、まだその時ではないと言われたが好奇心旺盛な年頃であるため、今にも爆発しそうであった。
(ヤバイ・・・誰かにこの神様から授かった力を見せたい。そして尊敬されたい!トーマスすごい!有名人になれるよ!とか言われたい・・。いつも何考えてるのかわからないとか笑い方怖いとか言われ続けてる、この根暗人間から脱却したい!・・・・・よし、兄もよく言ってったけか?考えるよりまずは行動しろって。マジックだとかでも言ってごまかせばいけるだろ。)
力を披露しようと誰か近くにいないか見渡すと、ちょうど隣でうつ伏せて寝ている女子がいたのが目に留まる。その女子に見せようと声をかける。
「なあ、アグノラ。起きてくれ。今からすごいものを見せるからさ。」
その『トーマス』の言葉に少し起き上がり耳を貸す『アグノラ』。とても不機嫌な顔をしているのが伺えた。
「何よ?昨日遅くまで電話してたから、この休憩時間は全部寝るって決めてるの。せっかくの睡眠を邪魔しないでよ。」
授業中もずっと寝てたくせにと喉から出かかったが、余計に機嫌を悪くしてしまったら大変だと思う『トーマス』。だが、どうしても見てもらいたいために、興味を持たせようと必死に試みる。
「本当にすげーんだって。アグノラもこれを見たら絶対に驚くぜ?いや俺に惚れるかもな。」
いきなり決めゼリフを言ってきた『トーマス』に「キモ」と一言だけ言うとまたうつ伏せて眠りに入る『アグノラ』。それでもしつこく見せたがる『トーマス』。『アグノラ』が時間を見ると長針は28分であと2分で休憩も終わる。しょうがないなといった表情で起きると「見せてよ。」と『トーマス』に言う。その言葉に満面の笑みになる『トーマス』。今にもいつもの笑い声がでてきそうではあったが、それを押し殺すかのようにして鞄から、2Lのジュースが入ったペットボトルを一つ取り出す。
「これを今から触らないで吹っ飛ばして見せるぜ。しっかりと見とけよ?一回しかしないからな。あとタネ明かしはいないから、そこは聞かないでくれよ?あとこれを見たら絶対に俺に惚れるぜ。なぜ・・」
長ったらしい話を遮るかのように『アグノラ』が口をはさむ。
「うるさいわね。早くしなさいよ。アンタそこまで言うなら皆に見てもらって、そのマジックのタネを説いて見せるわ。」
そう言うと『アグノラ』は周りにいたクラスメイトに声をかけ始めた。
「ねえ、皆!!今からトーマスがすごいマジックを見せてくれるらしいの!だから皆でトリックを暴いてやりましょうよ!!」
その『アグノラ』の予想外の行為に『トーマス』は焦り、止めようとするがすでに遅く間に合わなかった。クラスメートが物珍しさに集まり始めた。
「何だ何だ?」「トーマスがすごいマジック見せてくれるんだって」「トーマスが?」「面白そうじゃん」「僕はいいや」「期待度が上がるな」
少しして40人いるクラスメイトの大半が『トーマス』の周りに集まって、今から行うマジックを見ようと心待ちにしている。
この状況に『トーマス』は最初は焦っていたが、段々と興奮してきていた。今から自分の技を皆に披露することができる。『マイク』には絶対に使うなと言われていたが、年頃の男子にとってはやはり周りの人気を集めたい、女子からはかっこいいところを見せられるかもしれない、男子からは尊敬の眼差しで見られるかもしれない、色々なことを考える。なので『トーマス』の言葉などとっくに忘れてしまっていた。そして、クラスメイトを見渡す。
「おい、トーマス、早くしろよ。」「そうだよ、やっぱりできないはなしだぜ?」
男子に茶化され、始めようと口を開こうとした時チャイムと同時に『サム』が教室に入ってきた。数人を除いて座っていないというより一か所に集中して集まっている光景を見て、少し驚く。
「おいおい皆、授業始まってるぞ。席に着いて。」
その言葉に『アグノラ』が『サム』に近づき話しかける。
「先生!今からトーマスがすごいマジックを見せてくれるのよ。だから先生も一緒に見ようよ。少しだけだからいいでしょ?」
その言葉に「ダメだ」と言いそうになったが、朝『トーマス』が言っていた興奮して寝れなかったという言葉を思い出す。多分驚くようなマジックができるようになったのだろうと解釈した。そしてやはり学生なんだなと、年頃の男子の思いを悟る。
「んー、そうだな。少しくらいならいいぞ。俺もそのマジック見てみたいし。」
と同時に教師ながらまだまだだなと自分自身に少し呆れる『サム』であった。
『サム』も加わり、今から『トーマス』のマジックが始まる。
「じゃあ、集まったね。では、今から目の前にある、この重いペットボトルを振れずに吹っ飛ばして見せます。危ないから俺の目の前にいる人は離れていて、黒板まで飛ばすからさ。それを見てタネがわかる人がいたら教えてよ。絶対にわからないから。」
『トーマス』のマジックの説明に、頷くクラスメイト。『サム』もそれに合わせて頷く。それらを確認して、目の前に人がいなくなったのを確認して、『トーマス』がペットボトルに手をかざす。ゆっくりと深呼吸を何度かして、目を閉じ集中する。それを静かに見守る『アグノラ』達。そして数十秒ほどして、『トーマス』が目を見開き手の平から指先にかけて全神経の力を込めて、力強く大きな声で一言叫んだ。
「ハッ!!!!!」
念を送ったのであろう、とても響いた声である。だがそれだけであった。目の前のペットボトルは全く動いていなかった。中に入っている液体も微塵も動いていない。ただ結果は何も起こらなかった。それだけである。
皆が今か今かと待っている。『トーマス』もこれには驚く。なぜ飛ばない?なぜ力が出ない?まるで最初から力などなかったかのような感覚に陥っている。自分は特別ではなく普通の凡人。これが当たり前のことであると脳裏に走る。
一人の生徒が口を開く。
「何にも起こらないじゃん。マジでただ話題が欲しくて集めただけかよ。」
それを機にほかの生徒も口を開いて落胆の表情を見せて罵声を飛ばす。
「期待して損した。マジでふざけんなよ!」
「あんた、笑い方キモいのに嘘つきなのね。サイテー!」
「はぁ・・・皆ゴメン・・私がこいつの話を真面目に受け取ったのが間違いだったわ。」
「アグノラのせいじゃないよ。悪いのはここまでして、皆の時間を奪ったトーマスのせいだよ。」
クラスメイトからの尋常じゃないほどのバッシング。これには『トーマス』も小さな声で謝るしかなかった。
「・・ごめんなさい・・・」
(なんで?なんで?なんで?昨日はちゃんと出せたのに。全く力が出ない。いやもともと使えなかったような感覚だ・・・嘘だろ・・・こんなはずじゃなかったのに・・どうして!!)
頭の中でいろんなことを考えるが、すでにこの状況を変えることはできない。自分の評価は地の底まで落ちたに等しい。これは覆らない現実。結果である。謝ったところで信頼など戻るはずがない。学生にとって阻害されるということはとても辛いことである。
この状況をすべて見ていた『サム』が口を開いた。
「実はさ、俺もそのマジック出来るんだよね。トーマスと一緒に練習してたんだけど。やっぱりこのマジック難しいからさ。10回に1回成功するかくらいの確率なんだよね。だから皆トーマスを責めないでくれ。俺がトーマスに変わりに今のマジックを皆に見せてあげるよ。って言っても失敗するかもしれないから期待はしないでね。」
とっさの『サム』の言葉に『トーマス』は驚く。教え子が、ここまでバッシングを受けていて、もしかしたらいじめなどに発展しかねない。それを阻止するためには自分も加担しているという程で行こうと『サム』は考えたのである。当然このままいけば、飛ばすことなどできるはずもない。だが、自分も同じ失敗をすることで少しでも『トーマス』へのバッシングがなくなるのであればとあえて作り話をした。
「よし、トーマスちょっとどいてくれ。俺が変わりに飛ばして見せるさ!」
その言葉に涙目になっていた『トーマス』は席を『サム』に譲る。
「俺はトーマスと違って一瞬で行うから見ていてね。授業も始めなくちゃいけないからね。」
そう言うと『トーマス』と同じようにペットボトルに手をかざし、力を指先に集中させる。しっかりとやっている風にしないとバレるので見よう見まねで行う。だがなぜかとても力がみなぎっている感覚がした。『サム』も疑問に思うが、少し緊張して力んでいるだけだろうと考えた。
そして、その時は訪れた。
何の迷いもなく『トーマス』と同じように叫ぶ。
「ハッ!!!」
力を込めて、声を張り上げて指先からペットボトルに念を送った。
-ドンッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
クラスメイトが机の上に置いてあったはずのペットボトルを見失う。今目の前にあったはずの物が一瞬の内に消えた。さっきとは違う結果であった。
-グシャッ・・・・
音が遅れて聞こえたと同時に皆が黒板の方に向く。そこには何かに押しつぶされたようにしてフタが開き、中の液体がこぼれていっているペットボトルが地面に転がっていた。黒板には何かがぶつかったかのような跡が残っていた。少しばかり時が止まったかのような静けさが流れる。
『アグノラ』が口を開く。
「先生すごい!!どうやったの?全く分からなかった!!」
それを機にほかの生徒も歓声が沸く。
「マジですげー!」
「今の見えた?」
「いや全然見えなかった」
「先生教えてよ」
「いや、教えたらマジックの意味がないだろ・・」
これには演者の『サム』も開いた口が塞がらない状態であった。見よう見まねで行った芝居のはず。なぜ、ペットボトルを飛ばせたのかが本人にもわからない。何も練習などしていなかったのだから。どうやったのか自分でも聞きたいくらいであった。特に仕掛けという仕掛けはペットボトルにもその周りにも全く見当たらなかったのは知っていた。
掌を見るが、特に何の細工をしているわけではなかった。当然である。できるはずがないのだから。だったら『トーマス』が何かしたのかと思い、顔を見る。だが、『トーマス』もとても驚いている表情をしたまま呆然とペットボトルの方を見ている。その表情を見る限り、成功するはずはないということだけは何となく伝わってきた。
周りの生徒がワイワイとネタ探しをしている。少し自分自身でも困惑している状態であったがふと我に返る。
「あ・・・、よし!これでマジックは終わり!もしタネがわかった子がいたら、内緒にしておいてくれよ。これはとっても難しいマジックだからさ。なあ、トーマス?」
『サム』はぶつ切るかのようにこの話を終わらせようとしたが、生徒たちは興奮が冷めやまず、一層にマジックのタネが何なのかを探そうと必死に話合っていた。そして「トーマス」は何の返事もしないまま自分の席に座って、うつぶせてしまったのである。
これは、色んな意味でしまったなと『サム』は思うが、どうしようもなかった。こうなる予定ではなかったので、この先のことは一切考えもしていなかったのだから。
だがこのおかげもあって、『トーマス』へのバッシングはなくなったので一件落着で終わったのであった。
そしてこの出来事は下校するまで、ずっとクラスの話題となっていた。それは職員室にも広がり、『サム』も一躍話題の人となった。
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16:33
授業も終わり下校の時間となった。生徒たちが今日の事を話しながら教室を出ている中で一人まだ座ったままの人物がいた。
「どうして・・何で先生が俺の力を使ったんだ。・・・俺からその力を奪うなんて・・・酷いよ先生・・・。兄貴に言わなくちゃ・・先生に力を取られたって。あれは俺のなのに。俺が一躍有名になるはずだったのに、ふざけるな。取り返さなきゃ。」
独り言をブツブツと言いながら『トーマス』は立ち上がると、おもむろに走って教室を出て行った。
(あの野郎から力を奪い返してやる。俺からどうやって奪ったか知らないが、ボコボコにして聞きださないと、まずは兄貴に相談だ!)
一直線に家へとバスには乗らず走って行った。
「今日の先生のマジックすごかったねー。」
「うん。マジですごかった!お父さんに今日帰ったら言ってみようっと。私のお父さんこういうの結構好きなんだよね。もしかしたらマジックの仕掛け知ってるかもしれない。」
『アグノラ』とほかの女子たちが今日あったことを話しながら帰っていた。その隣を『トーマス』が走り去って行ったが、誰も気づく様子はなかった。
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17:42 アパートの一室
「馬鹿野郎!!!!!!お前、あれほど使うなって言っただろうが!!」
怒号が外にまで響き渡った。『トーマス』が涙目になりながら謝っていた。
「ごめん兄貴。どうしても我慢できなくて、でもさっきも言った通り力を先生に奪われたんだよ。だから取り返してくれよ。」
『トーマス』の言葉に『マイク』は少し悩む。そもそも、力が奪われるということはこれはそういった物なのだろうか。それとも、何かほかのことが関係しているのか。だがまずは『サム』に奪われた力を取り戻すことが優先だと『マイク』も思った。
「そうだな。お前の見た限りだと、野郎も初めて力を使ったような表情をしていたらしいな。そのおかげもあって幸いにもマジックだと周りは思ってくれている。・・・なあ、あいつは大体何時ころに学校を出てくるんだ?」
「えっと、多分残業がなかったら7時くらいには出てくるんじゃないかな。」
「そうか。じゃあ、その時間にあいつを人気がいないところに呼んで、吐かせてやるよ。返せってな。」
『マイク』が不敵な笑みを浮かべながらスマートフォンに指を指す。
「おい、トーマス。そのスマホで俺とあいつがいるところを動画で撮影しろ。気づかれないようにどこかで隠れてしろよ?もし、あいつが力を返さなかったら、俺の力で奴を殺してやるよ。お前には申し訳ないが諦めてもらう。だが、その撮影した動画があれば俺たちは有名になれる。まだ、俺がいるから安心しろ。」
「ああ、わかったよ。兄貴。」
2人は、少し準備してから家を出た。今から『サム』のもとへ向かう、その眼差しはとても殺気立っていた。神からの授かりものという、選ばれた者の特権を取り返しに。
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19:46
「お先です。」
1人の教師が挨拶をして教室から出ていく。職員室には、まだ1人残っている人物がいた。『サム』は今日色々な人から注目を浴びてしまい、作業が全く終わらず1人まだ残業をしていたのである。
全くもって、良い迷惑であると本人は思っている。せっかく『カルロス』が帰ってきているので早く帰って今日は家族で食事に行く約束をメールでもらっていたので急いで作業をする。
「それにしても、何であんなことが出来たんだろう。俺何かマジック小さい時にしたことあったっけ?いや心当たりないや。」
ふと今日あったことを思い出し、掌を見る。やはり特に変わった様子はない。机に置いてある飲みかけのペットボトルに目が行く。教室で行ったのと同じように掌を近づけて念を送ってみた。
だが、何の反応もなかった。多分偶然何かが起こったとしか考えられかった。それか『トーマス』が用意していた仕掛けが何かのきっかけで発動したに違いないだろうと考えた。
何気なかった普通の日々に今日少しだけ特別だったことを考えると、何故だかとてもニヤけてしまった。
時刻も20時を過ぎ、やっと作業が終わったのであろう。背伸びをして『サム』が立ち上がる。荷物をリュックに詰めて、教室の電気を消してあとは警備員に任せて外へと向かった。
「あー、やっと終わった。早く帰って、兄さんたちに合流しないと。どこに行くんだろう。楽しみだな。」
仕事も終わり呑気に鼻歌を歌いながらバス停までの道のりを歩いていると目の前に1人男が立っていた。少し、不気味に思い避けようとしたが相手の顔を見て誰かと気づく。
「あ!マイクじゃないか!久しぶりだな。どうしたんだ、こんな時間にこんなところで?」
「やあ、先生。久しぶりだね。今日、トーマスが先生にとてもお世話になったって聞いてね。いてもたってもいられず、感謝しようと待ってたんだよ。」
『サム』は自分をずっと待っていたことや、学校まで来ていることにとても違和感を持ったが、今日の出来事のことを感謝しに来たという兄貴弟思いだというところに関心をした。
「いやいや、たまたまマジック上手くいっただけなんだよ。多分失敗したトーマスが仕掛けを何かしらしてくれて成功させてくれたんだと思うよ。こっちが何か感謝しないとけないよ。」
『サム』も一応『トーマス』を持ち上げる感じにさりげなく言う。
「それで、トーマスがお礼したいからちょっと着いてきてくれないかな?そんなに時間はとらないからさ。」
『マイク』の誘いに、家族との夕食があるとは言えず、少しだけならと答える。すると、『マイク』が「こっち」と一言言って、歩いて行く。それに、また少し違和感を覚えるが、何も言わず着いて行くことにした。
少し人気がない森林が広がるところを歩く。『サム』が、よく小さいころに『カルロス』と一緒に遊びに来た場所だなと考えながら後ろを着いて行く。そして、『マイク』がいきなり立ち止まる。
「ここまで来ればいいか。」
一言ボソッと言うと、振り返り鬼の形相のような表情で『サム』を睨み付けてる。これには『サム』もびっくりする。
「ど・・どうした?そんな怖い顔して・・。それにトーマスはどこにいるんだ?さっきから全く見当たらないんだが・・。」
「トーマスならどこかで動画を撮ってるよ。」
『サム』は全く意味がわからなかった。ここに連れてこられたこと、ここに何があるのか、『マイク』が何をしたいのか、何を言っているのか、そして、これから何かが起こるのではという恐怖だけが伝わってきた。
「おいおい、何を言ってるんだ?動画?何かの撮影でもしているのか?そうか、自主制作映画とかに俺を出演させてくれるっていうサプライズか!それならもちろんOKだ!」
軽いジョークなのかわからないが、何か雰囲気が悪いのを変えようと話をし続ける。
「先生。トーマスから奪った力を返してくださいよ。それは、トーマスの物だったでしょ。」
『サム』は喋りを止める。本当に意味がわからなかった。いや、わかるはずがない。いきなりこんなところに連れてこられたと思ったら、次は奪った、力、目の前の男は本当に何を言っているんだ、頭がオカシイ奴としか考えられなかった。
「え?何を奪ったって?力?あー、マジックのこと?あれならトーマスが何かしら手助けしてくれたからできたことであって、俺1人だけの力じゃないんだ。確かに注目を集めてしまったのは俺かもしれないけど、そんなの明日には普段通り終わってるさ。そうか!それで、トーマスが怒ってしまったんだな。それは悪かった。トーマスにも謝りたいから出てきてほしいな・・・。」
意味がわからない中で、何のことかを口に出しながら探り探り相手に伝えながら探す。だがどの答えも違っているのであろう。『マイク』は全く何も反応を示さない。
「とぼけるなよ。そこまで隠すのか?だったら、トーマスには申し訳ないがアンタをここで殺すよ。そうしたら力が戻るはずだ。どうやって奪ったか聞けなかったが、まあいいさ。アンタが悪いんだからな?」
話が全くかみ合っていない。『サム』の言葉は通じず、そして終いには殺すと言ってきた。これには、さすがに逃げないとヤバと感じる。そう考えている瞬間に目の前の巨体が殴りかかってきた。
-ドッ・・・・
腹に一発キツイ一撃を喰らい『サム』は倒れこむ。
「ゴホッアッ・・・・・・!!」
とても尋常じゃない痛みだった。相手は相当鍛えているのであろう、一撃が相当重かった。何とか意識を保つが、立つこともままならないほどダメージを喰らっていた。逃げたいのに立てない、動けない、どうしようもできなかった。ただ痛みで涙が滲んでくるのだけは、自分自身でもわかった。身体が熱い、段々と喰らった一撃が後になって効いてきたのが、身体に伝わってくる。
「あ・・・・・・・ハア・・・ハア・・・俺が・・・・何・・・したって・・・・いうんだ・・・・よ・・・・・」
苦しい中でかすかに振り絞ってでた言葉だった。これしか思いつかなかった。何も知らないのでこれしか出なかった。『サム』は答えを知りたかった。
「最後まで言わないつもりなのか。わかったよ。特別にこれから死ぬアンタに見せてやるよ。俺のとっておきの力をさ。」
『マイク』はそう言うと、おもむろに上半身の服を脱ぎ裸になった。それと同時に何か音がし始めた。
-ピキ・・・ピキ・・・ピキ・・
『マイク』の身体がどんどん石のように白銀の色を身に着け、そして見た目は石のように硬質化していく様子が伺えた。顔は硬質で覆われ、ハロウィンの時のカボチャのように不気味な笑みを浮かべた表情をしている。
「あ・・・え・・・な・・・」
言葉がでなかった。今さっき目の前にいたはずの『マイク』はどこにもいなくなっていた。変わりに全身を石のようなものを覆ったヒトならざるものがそこには立っていた。これははたして人間なのだろうか。いや、これは夢なのだろうか。もう、自分自身も頭がおかしくなりそうであった。
「どうだ?これが俺の力だ。”ストーンマン”。スーパーヒーローらしい力だろう?この力で今から弟の力を奪った悪者を殺してやるよ。」
そう言うと、右拳をゆっくりと力強く握りしめる。そしてゆっくりと振り上げる。
待ってなどくれない。聞いてなどくれない。どうやっても伝わらない。どうしようもできない。脳裏には何も思いつかなかった。あるのは今からこの異形な形をしたものに殺される。それしか答えは見つからなかった。
「じゃあな、サムウェル・ハワード!死ね!!」
右拳が降りかかる。
確実にこの拳を喰らえば死ぬ。まだ生きたい。とっさに両手を相手にかざした。無意識であった。なぜこうしたのかはわからない。だが、これしか方法が見つからなかった。今日教室で行ったあのマジックを思い出す。掌から指先にかけて全神経を集中させた。あの時よりも何倍も集中させる。そして、集めた全神経を解放させる。
「ハッ!!!!!!!!」
-ドッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!
掌から、とても強力な目には見えない何かが飛び出したような感覚であった。強いて言うなら風圧。これが一番近い表現であった。マジックの時に出した力よりも数十倍もの力が発動した。
目の前にいた怪物のお腹に風圧が直撃する。
「ガアッ!!!!!?????」
そう言うと、木々を貫き吹っ飛んで行った。3~40mは飛んだであろうか。あの重そうな巨体が風船のように軽々と目の前から飛んで行ったのである。『サム』は、またわけがわからなくなってしまう。だが、今生きている。それだけは事実である。掌を見ると、煙のようなものが少し出ていた。それと同時に少し切り傷のようなものもできており、痛かった。
「ハア・・・ハア・・・マジックの時と同じだ・・・何なんだよこれ・・・・何なんだよこれは・・・!意味がわかんねえよ・・・」
生きていたことに安堵するよりも、困惑のほうが勝る一方であった。
「グ・・・う・・・。」
ハッと我に返り『サム』は吹っ飛んだ相手の方を見ると、ゆっくりではあるが立ち上がろうとしていた。相手も生きていた。なぜだか少し安心したような気持になった。殺してしまったのではいだろうかと今になって感情がこみ上げてきたのである。だが、状況は変わっていないに等しかった。このままでは、また殺しに向かってくる。もう一度、この力で相手を倒さなくてはと、手をかざす。
「これが・・・お前の言っていた力ってやつか?ハア・・ハア・・・・これは一体何なんだよ?マジックじゃなかったのかよ?お前は俺に何をしたんだよ!教えろ!!」
いつもは温厚な『サム』が声を荒げて"ストーンマン"に問いかける。今自分の身に起こっているこの状況が普通じゃないことは当然わかっている。だからこそ、今それが知りたかった。
「クソ・・!この硬い身体にヒビが・・。まだ、俺自身がこの力を扱い切れていないのか?だったら、もっともっと硬くならねえとな!」
『サム』の質問には当然答えることはしなかった。というよりかは、すでに聞こえてなどいない様子であった。
"ストーンマン"が立ち上がり、もう一度硬化を始める。
-ビキッ・・・・ビキッ・・・
さきほどよりも色が光沢かかったような見た目になり、硬さも増したように見えた。『サム』はいまだに動けない状態であった。先ほどの撃った衝撃もあり、体中が悲鳴をあげていたのである。
「次は、飛ばされねえようにもっと重くなってやったぜ。待ってろ今そっちに行ってやるよ。」
そう言うと、走って『サム』の方に向かってくる。
『サム』はもう一度、両手をかざして相手が来るのを待つ。だが、腕は痙攣しているのか、とても震えてまともに照準を合わすことができなかった。それに、もう一度同じように打てる保障などどこにもなかいのであった。もし不発に終われば今度こそ殺される。それしか、すでに残されていなかった。
「ハア・・ハア・・・ごめん、母さん、父さん・・・兄さん・・俺意味がわからないまま殺されるよ・・・・。」
腕を下げる。『サム』は諦めた。もう、無理だと悟ったのである。
「そうか。諦めたか!潔良いな。今度こそ死ね!!」
"ストーンマン"が『サム』目掛けて拳を振り上げる。だが、地面に跪いている『サム』ではなく視線が上に向き人影が近くにいることに気づく。男であった。その男と目が合う。と同時に男が人刺し指を"ストーンマン"に指し、口を開く。
「自分を殴れ。」
男が一言喋ったと同時に、『サム』に降り注ごうとしていた拳がいきなり向きを変えて"ストーンマン"の顔を思いっ切り殴った。
-ゴシャッ!!!!!!
とてもつもない音がした。拳が顔から離れる。顔に纏っていた硬化が剥がれ落ちて、『マイク』の顔が伺えた。『サム』はやっと"ストーンマン"が『マイク』であることに気づく。
そのまま『マイク』は気絶したのか地面にうつ伏せに倒れた。
-ドシャッ!!
少しばかり沈黙が続く。
「危ないところだったね。怪我はしていないかい?」
『サム』は目の前に倒れた『マイク』に気を取られすぎて後ろから誰かが近付いていたことに気づいていなかった。
そこには、眼鏡をした50代ほどの男に、フードをした人物、自分と同じくらいの年齢で髭を生やした青年と、金髪のショートヘアーの女性の4人が立っていた。
「あ・・殺さないで!」
とっさに出た一言であった。無理もなかった。ほんの数分前に殺されそうになっていたので、また自分を殺しに来た人物であると解釈したのである。
眼鏡の男が『サム』の肩に手をのせる。ビクっと一瞬震える。
「大丈夫だ。私たちは君を殺したりしない。逆だ。君を助けに来たんだ。その力のせいで殺されそうになっていたんだろう?」
『サム』は驚くよりも先に涙が出た。安堵したのである。自分は生きれたことに対しての安心感であった。色々なことが起こりすぎてしまって、やっと終わったのだと理解する。いや、まだ終わってなどいなかった。何一つ解決などしていないのである。
「教えてくくれるかな?ここで何があったのかを。」
『サム』は頷く。その前に一つだけ質問をする。
「あの、あなたの名前は?」
当然の質問であった。
「ああ、すまないね。私の名前は、デイビット・ガルシア。気軽にデイビットと呼んでくれていい。ちょっと娘から奇妙な話を聞いてね。それで、探していたら、私の部下が君たちを見つけたんだ。グットタイミングだったよ。」
『ガルシア』どこかで聞いたことのある名前であったが、今は混乱していて思い出せなかった。
「そうだ。まずはあの男を拘束して車に乗せないとね。幸いにも気絶しているから・・・マイケル、君に任せたよ。君の力で起きた時も逃げないように"命令"をしておいてくれ。」
髭を生やした男が「了解しました。」と一言。『マイク』を担ぐ。すでに力が解除されたのか硬化は切れていた。『マイケル』が街のほうへ歩いて行く。それを見送り話が再開する。
「少し落ち着いたかな?もし話せるようであるんだったら、教えてくれるかな。」
「はい。」
-3分後
「・・殺されそうなところを貴方たちに助けられたっていうところです。一体これは何なんです?」
『サム』が何とか今日あったことを思い出せる限り、説明をする。マジックをしようとしたら、掌から風圧がでたこと。いきなり殺されそうになったこと、何が起こっているのか知りたかった。
「皆誰しも困惑するのは同然さ。普通に暮らしていたはずの日常が、非現実になるんだからね。単刀直入に言うと君は"能力者"になったと言えばいいだろうか。これは機密事項で公には発表されることはないんだけど、数年前から突然"力"が発現するといったことが各地で報告されるようになってね。その人物たちを保護しているのが私たち、"PPO"="Power Protect Organization"だ。」
力を保護する組織、言葉通りのそのままの名前であった。だが、『サム』はまだ納得などしていなかった。
「いや、そんなことじゃなくて。これは病気じゃないのか?何なんだよ、突然力が発現するって。そんなのSFの漫画やアニメの中だけの出来事だろ・・。」
『サム』はわからないことがわからないままでイライラしていた。知りたい答えが聞けていない。それだけであった。
「いや、それは病気ではない。人間の第6感が超越し過ぎてしまった故に引き出された産物とでも言ったらいいだろうか。これに関してはまだ、解明はされていないんだ。誰がいつ最初に発現したかもわかっていない。1つわかっていることは、大抵は何かが引き金となって発現する人物や、もしくは、親族からの感染という例も少なからずある。それで、私たちはその力が発現してしまった人を保護して、安全な場所へと移しているんだ。だから君も保護したい。」
いきなりのことにまだ整理できなかった。第6感が超越したや、解明されていないなど、何の答えにもなっていない。そして、助かったと思ったら次は施設に移されるらしい。唐突すぎてそんなことありえないと思えた。
「えっと、そこはどういった場所なんですか?そこで何をするんですか?俺は一体どうなるんですか?まだ全然わからないんだ。勝手に色々と話が進んでいて頭がパニックだ。」
『サム』はわからないなりに少しでも知ろうとした。
「残念ながら、こちらの内部事情については、私と"契約"が完了しないと言えないことになっている。どうだい、急なことではあるが私たちと一緒に来ないか?衣食住完璧にそろっているし、家族とも会える頻度も多いはずさ。君が暴れなければね。」
色々と謎めいたことを『デイビット』は喋ってきた。だが今の言葉の中に一つだけ忘れていたことがあった。
「あ・・父さん、母さん、兄さん・・・俺家族に会いたいよ。」
そう、家族のことであった。今までパニックになっていたが、家では家族が今かと今かと待っているはずだった。早く、帰って家族の顔が見たい。安心したい。それしか考えられなくなった。生きていたからこそこみ上げる感情であった。今一番するべきことは、この組織に行くことではない、家族の顔を見て安心がしたい。それだけであった。
「俺家族のところに帰ります。貴方の言う、そのPPOに入ることはできません。あれですか?拒否したら力づくでも連れて行きますか?この力?を使って。あなたや後ろの2人、それにマイクを連れて行った人も持っているんでしょう?」
『サム』は『デイビット』の説明をすべて聞かない内に答えを出した。
「もし、連れて行くのであれば俺は抵抗しますよ。この力で。」
掌をかざす。かざしたと同時に近くにいた2人が『デイビット』を守るかのように前に即座に、ガードに入った。この『デイビット』はとても重要な人間であるとわかった。だが、掌をかざしたが、これはハッタリであった。すでに先ほどの一撃で打てるほどの筋力は残っていない。こうでもしないと、自分自身を平然に保っておく術がなかったのである。多分このまま抵抗しても簡単に捕まるのは分かっている。もしかしたら、家族にもう会えないかもしれない。だったら、もし捕まったら最後に顔だけでも見せて欲しい、そう言おうと心にとめた。
だが、『デイビット』からは思わない言葉が出る。
「ああ、帰ってもいいよ。私たちは、強制に連れて行くことはしない。それは、力を発現してしまった人に対して、普通の人と平等に暮らしてほしいという私たち組織が願っていることなんだ。だが、それは普通に生活できると私が判断したからで、もし今ここで力を使っていたら仕方がないが力づくで連れて行っていたよ。君は、力を使わない人間だと私は判断した。私の洞察力は鋭いからね。力さえ使わないと約束できるのなら、これまでと変わらない平穏な日常を送れるように自分で配慮することだ。君は普通の生活を望んだ。それが君の正しい選択なのだろう?」
『デイビット』は普通に暮らすことを言ってくれた。人と少し違うところができてしまったが、使いさえしなければ今までと同じ生活ができる。絶対に使わないと『サム』は誓う。そして、最後に言い忘れていたことを思い出す。
「あ!あと、言い忘れていたけど、マイクにはトーマスっていう弟がいて、なぜかマイクはしつこく俺に力を返せとかそれは、トーマスのだとか言ってきたんだけど、力ってのは誰かにうつってしまうものなんですか?」
その『サム』の言葉に、『デイビット』は顔を顰める。
「いや、そんなことは私の知る限りありえないな。それにこれを知っているのは、さっきの男の弟も関与しているってことか。早急に探さないといけないな。だが、もしかして君の力は風圧を作って飛ばす力じゃなくて、力を・・・」
『デイビット』が言いかけた時、後ろから声がした。
「リーダー、すいません!少し目を離した瞬間にあの男に逃げられました!ハア・・・ハア・・・」
急いで走ってきたのであろう。『マイケル』が息遣いを荒くしてこちらに向かってきた。それを聞いていた、女性が鬼の形相になり、『マイケル』に近づいていく。
「お前!あれほど、奴から目を離すなと言っただろう!どうするんだ。もし、何かあったら私たちだけでは、手がつけられなくなるぞ。なぜ、私たちのところに来た?すぐに探しに行くべきだろう?」
女性が『マイケル』に罵倒を飛ばす。見た目に反して、結構好戦的な性格をした女性であった。フードの男は、『デイビット』のそばから全く動こうとはしない。完璧にガードしている。
「すいません。この失態は必ず取り戻します。まずは報告からと思いまして、急いでこちらに向かいました。今から早急に探しに行きます!」
「当たり前だろう!早く探しに行け。私たちもすぐにその男の弟を見つけ次第合流する。それまでに捕まえておけよ?もしこのまま捕まえられなかったら覚えておけよ?あり得ないことだぞ。」
『マイケル』が「はい」と一言だけ返事をして、急いで来た道を戻って行った。
「アンナ。君に任せるべきだった。君の力なら逃げられはしなかったはず。彼の能力には欠点があるかな。これは、指名した私の責任だ。私たちも急ごう。」
『デイビット』はそう言うと、2人と一緒に戻って行く。
「え?俺はもう帰っていいんですか?こんなあっさりと?」
『サム』は自分の扱いがこんな感じであることに驚く。未熟とはいえ力を保持しているので、何かしらあるのではと思っていた。
「ああ、君は私たちの組織の入団を拒否した。それでこれは終わりだよ。くれぐれも他言無用だ。もし、君から情報が漏れたとわかれば私たちは最悪君を始末しないといけなくなる。いいね?あとは使いはしないだろうが、力をむやみに使わないことだ。特別だといっても、それにも"代償"というものがある。忠告はしたよ。」
『デイビット』は力についてのアドバイスをくれた。多分、何かしらの影響があるのだろう。『サム』は一段と使わいようにしようと決める。
最後に『デイビット』が何かを投げた。
「その名刺には私の電話番号が書いてある。もし何かあったら、そこに電話してくれ。その時は君が私たちの組織に入るという時だと思うよ。私は思うんだ。君は必ず私たちの助けが必要になる。そして、私たちも君の力が必要だと思っている。じゃあ、また会うことがあれば。」
そう言って、街の方へ歩いて行った。
『サム』は、「いや、合うことはないよ」と言ったが、一応名刺を拾いポケットにしまった。ドッと疲れが来たのかその場に倒れこんでしまった。当分身体が動かなかった。色々なことが起こりすぎて、頭も相当疲れた気分だった。掌を見る。絶対に使わないと、何度も何度も心に言い続けた。
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21:40
すでに22時になりそうであった。バスも残り少なく、やっと自宅付近まで帰ってこれた。
「ハア・・・・今日はすごい濃い一日だった・・・。世の中には、俺の知らないことがまだまだあるんだな。この力も、身近にいるのかな。まあ、関係ないか。」
今日あった事を思い出しながら、自宅へと歩く。
「それにしても、皆怒ってるだろうな。こんな時間まで、帰ってこないんだから。何て言い訳しよう。メールや電話が来てたけど、9時過ぎから既読がつかないし、電話も出ない。まさか、3人でどっかに行ったかな?最悪だ。俺も行きたかったよ。しょうがないか、こんなに待たせてしまったんだ。明日ちょうど休みだし、俺は明日に備えて、すぐに寝るか。」
21時過ぎから家からの反応がなくなったため、どこかに食べに行ったのだろうと思った。だが、少し何か違和感を覚える。それだけはないだろうと、心のどこかで少しだけ考えていた。
数分して家が見えた。案の定どこかに出かけたのだろうか、部屋の電気は着いておらず、暗かった。「やっぱり」と思い、家の前まで到着した。すると、ガレージには親の車があった。隣には『カルロス』のバイクも置いてあった。歩いて出かけたのだろうか。だが、近くには高級なレストランはない。さすがに、せっかくの食事に、ファミレスには行かないはずだと『サム』思う。違和感が的中しそうで怖かった。心臓の鼓動が少しずつ激しくなる。
玄関の方を見る。特に変わったところはなかった。ゆっくりと近づく、なぜ忍び足なのか自分でもわからなかった。なぜだか誰かいるのもしれないという考えが過った。どうしても、あの男のことが頭に離れなかった。『デイビット』たちと別れてから、ずっと、考えないようにすればするほど考えてしまった。
「まさか、待ち伏せしてないよな?もう勘弁してくれよ。」
周りを見るが気配は感じられなかった。ドアノブに手をかざす。
-ガチャ
鍵はかかっていなかった。さすがにこれは不用心すぎる。いや、几帳面な『カルロス』が閉め忘れるはずがないと思った。ゆっくりとドアを開ける。音を立てないようにゆっくりと。なぜだかわからない。慎重になる。それと同時に心臓の鼓動も、また早くなる。嫌な予感が的中することだけは避けたい。それだけは一番あってはならないことである。外れてくれと祈る。
ゆっくりゆっくりと廊下を歩く。暗いが目の前にリビングのドアが開いてるのが見えた。それと、下に何かが転がっているのがわかる。そして、リビング前にたどり着く。
-ペチャ・・・・・
足に何か冷たいものが靴下越しに伝わってきた。冷たかった。水でもこぼれているのだろうか。これまた不思議である。絶対にそんなことはありえないはずだと。リビングの電気のスイッチに手をのばす。
もう何も考えなかった。ただ電気を点けた。
-カチッ
電気が点いた。
目の前には赤色に染まった光景が広がっていた。嫌な予感は的中した。もしかしたら家族に被害が及んでいるのではないかと。だが、それは一番最悪な事態で起こってしまった。何も口に出せなかった。ただただ目の前に広がっている光景を、眺めていた。足についた水だと思ったものは大量に流れた血であった。そう、この一面に広がっている赤い景色はすべて血であった。その血はどこからきたものだろうか。見渡すと、そこには、胴体が4体転がっていた。顔があったであろうところはすべて潰されているのか、地面にめり込んでおり、形をすでに成してなかった。ほかの2体も同じような状態であった。逃げようとしたのだろう、ベランダの窓付近で倒れている死体、そして、壁にめり込んでいる死体、最後に自分の足元に倒れている死体。だが1つだけ違っていた。そこには、首から血を噴出した『トーマス』が倒れていた。『トーマス』の手には、血がついた包丁が握られている。それも死んでいた。なぜここに『トーマス』がと疑問に思うことすら考えられなかった。この光景を眺めて、手で顔を覆う。
ようやく『サム』は感情が吹き替えしてきた。
「あ・・・ああああ・・・・・あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
言葉にできなかった。ただひたすら叫ぶことしかできなかった。涙が止まらなかった。どうすることもできなかった。すでに心も身体も満身創痍であった。最後の最後で絶望する。もう家族の声を聞くことすらできない。笑顔を見ることすらできない。話すことすらできない。すべてが叶わくなった。ここまでのことをするだろうか。一体自分が何をしたのであろうか。わからなかった。今悲しみの感情しか出てこなかった。あいつは何が目的なのだろうか。今は只々悲しむことすらできなかった。
1時間ほど経った。警察に電話しようと立ち上がる。すると壁に何か赤い文字で書かれていることに気が付いた。
そこには「お前を必ず殺す。待っていろ。これは俺の弟の仇だ。見せしめだ!!-マイク-」と書かれていた。
『サム』の目にはすでに涙などなかった。変わりにあるのは復讐の灯を抱いた目であった。
「来てみろ。俺がお前を絶対に捕まえて、皆の仇をとってやるよ。」
そう言うと、ポケットから名刺を取り出し、何の迷いもなく番号を入力して掛ける。
-プルルルルルル・・プルルルルルル・・プルルルルルル・・ガチャ
相手が電話に出る。
「もしもし、デイビットさんですか?サムウェル・ハワードです。・・・・・・・ええ、はい。・・・・・・・・・家族をマイクに殺されました。そして、弟のトーマスも一緒に殺されていました。・・・・・・・・・・・・・・私をあなたの組織の一員として雇ってください。学校には明日辞めることを伝えます。・・・・・・はい。わかりました。では、今からこちらの住所を言いますので来てください。○○の・・・・・」
22:58
『サム』は誓った。この力で『マイク』を捕まえることを。すでに悲しみなどなかった、只々復讐するために前を向いていた。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございました。所々意味が伝わらない表現があったかと思いますが、まずは感謝いたします。
これで、まずは「未来を聞く女」は終わりです。唐突に終わってしまったことは、もう少し納得いく終わり方を考えれなかったのが、悔やまれます。
こんな感じで短編も書いて行こうかなと思っています。
そして、本編もあと数回はこのようにプロローグが続くかと思います。今回は『サム』が主役ですので、『サム』を中心に書きましたが、裏でも色々と話が動いているので、それは本編に入ってかけていけたらなと思っています。
プロローグなので、もっと短くまとめれたらなと思います。