第30話 真夜中の訪問者
「「!」」
花音とアルプが目を見合わせる。
「こんな夜中に誰だろう……?」
花音が呟きを聞いて、アルプが緊張した顔で頷く。
「外部からはここを感知できない結界も張ってあるし……ただの通りすがりって訳でもないよね……」
「どうしよう……」
「扉を破ってこないところを見ると、モンスターではなさそうだけど……私が出るよ」
アルプがそう言って扉の前に立つ。
「どちら様でしょうか?」
アルプの呼びかけに返答したのは思いもかけない声だった。
「僕だよ、ヴィオだ」
「「え!?」」
花音とアルプは驚きの声を上げる。
「ぐちゃぐちゃだ! ヴィオだ!」
ウーロが嬉しそうに声を上げる。
『ぐちゃぐちゃ』っていうのは、たぶんウーロが見てるヴィオの属性のことだよね?
しかし、花音とアルプは手放しでは喜べない気がしていた。
……エフホールから戻って来るのには早過ぎる。
何か状況が変わったのかもしれない。……アルプは急いで扉を開ける。
「マスター!? 一体、どうされたのですか?」
扉の前に立っていたのは確かにヴィオだった。ヴィオはアルプの言葉には答えず、グイッとアルプを押し退けて室内に入った。
「……ヴィオ?」
ヴィオはまっすぐに花音の前に行くと、優しく花音の手を取って笑った。
「さあ、カノン。僕と行こう」
そう言ったヴィオの紫の瞳の奥に花音はぞくりとしたものを感じた。なんだろう、昼間切なく笑ったヴィオとは別人みたいだ……。
なにかおかしい……花音の本能が警戒を発した。
「離して!!」
思わず花音はヴィオの手を振り払った。
「!」
ヴィオは驚いた様に目を見張る。
「どうしたの、カノン? さっきまで僕のことあんなに……」
「へぇ……姿形だけでなく、魔力もおんなじってのはどういうコトなんだろーな?」
ヴィオの言葉を遮るように、聞き覚えのある声が響いた。
「くっ!?」
その瞬間、部屋の中に突風が吹きヴィオを扉の外へ弾き飛ばした。
「ゼピュロス!?」
アルプがいつのまにか部屋の奥に立っていた人影を見つけて叫んだ。
「よ、アルプ。元気かぁ?」
十日前に戦った若草色の髪をなびかせた風神がひらひらとアルプに手を振った。
「貴様、なんでまた……!!」
アルプが怒りで震えるのを見て、ゼピュロスは肩を竦めた。
「おいおい、勘違いすんなよ。……あいつ、この間お前らと一緒にいたヴィオって奴じゃねーぞ」
「え? どういうこと!?」
花音は慌ててゼピュロスに訊ねる。
「さあ、どういうことかは分からんが、あいつが俺を唆した『魔王』だよ。顔は初めて見たが、魔力は間違いねえ」
そう言ってゼピュロスは扉を通って、魔王を弾き飛ばした外に出た。
「ったく、フローラの奴。人遣いが荒いんだよ。なーんで俺が、あのヴィオって奴の手助けしないといけねーんだよ。……おら、アルプ。お前も下がってろ」
グチグチ言いながら、アルプと花音とウーロを背にして、魔王から庇うように扉の前に立ちふさがった。
「貴様……邪魔をする気か」
ヴィオの姿をした魔王がゼピュロスを睨む。
「俺は別に邪魔したい訳じゃないんだけどなぁ。おっかねー嫁に命令されてるからしょーがねーんだよ。ったく、言わせんなよ」
ゼピュロスがふざけた様に返答する。
「では、死ね」
そう言って、魔王が右手を前に出すとその手に煌めく剣が現れた。
「あれは! ヴィオの剣……」
花音が呟く。その美しい剣は間違いなくいつもヴィオが戦いのときに使っているものだった。
「得物も同じ……か」
ゼピュロスは魔王の剣閃を軽やかに躱しながら考える。
……変化している訳でも、操られている訳でもなさそうだ。
「一体、お前は何者なんだ?」
戦いながらゼピュロスが訊ねる。
魔王は口の端を持ち上げ、口を開いた。
「……魔王だ」
その瞬間、魔王の体から想像を絶する魔力が放出された。
「何!?」
ゼピュロスが不意を突かれて、魔力の壁に弾き飛ばされる。
「ゼピュロス!!」
アルプが思わず叫ぶ。
ゼピュロスは巨木にぶつかる直前に咄嗟に自分の背後に風を巻き上げ、クッションの様に使って衝突するときの衝撃を防いだ。
「あぶねー……なんだよ、あの魔力……。隠してやがったのか」
余裕そうな言葉とは裏腹に、ゼピュロスは引き攣った笑みを浮かべる。
神である自分をも圧倒する魔力にゼピュロスは生まれて初めての戦慄を感じる。
魔王はゼピュロスが上手くダメージを逃がしたことに気付いて、冷徹な声音で言った。
「今ので倒れておけば良かったものを……」
紫の瞳に怒りを宿しながら、魔王は更に魔力を高める。
「くそ……フローラ、こいつはやべーぞ」
ゼピュロスは残った魔力を集中させて、次の攻撃に備える。……逃げられない。次の攻撃には耐えるしかない。
ゼピュロスがそう腹を括った時、つんざくような咆哮がして激しい炎が魔王を包んだ。
「……ドラゴン!?」
『僕も戦う!!』
ゼピュロスの頭の中に響いたのは、聞き覚えのある子供の声だった。
「お前……ドラゴンだったのかよ」
アルプたちの近くをちょろちょろしていたガキか……。
『ヴィオの偽物なんかに、ママは連れて行かせない!!』
「おい、ガキんちょ。助かったぜ」
『僕はガキんちょじゃない!!』
「おおっと、そうか。……お前、名は?」
『……ウーロ』
「よし、ウーロ。じゃあ、こっからは俺と共闘だ。頼むぜ、相棒」
『わかった!』
炎の中からゆっくりと魔王が歩みだす。
「邪魔だな……」
魔王の紫の瞳がゆらりと炎を映す。
「ウーロ!! やめて! 危ないよ!!」
花音が突然竜の姿に戻って戦い始めたウーロに驚き、思わず叫ぶ。
魔王が叫ぶ花音を見据えてニヤリと笑う。
「執着するモノを奪えば、抵抗もしなくなるか……」
「させるかよ!!」
ゼピュロスが複数の竜巻を魔王に放つ。竜巻は魔王にぶつかり、轟音とともに地面を削った。
しかし、次の瞬間に竜巻が切り裂かれ、隙間から魔王が飛び出してきてゼピュロスに向けて剣閃を放った。
間一髪でゼピュロスは刃を避ける……が、気付くと目の前に魔王が立っていた。
「くそ!!」
咄嗟に魔王との間に風の障壁を張る。
魔王は不敵に笑い、障壁に光りの玉をぶつけた。激しい閃光が辺りを包み暴風が巻き起こる。
「きゃあ!!!」
花音とアルプはまぶしさと暴風で思わず目を瞑る。
恐る恐る目を開いた時、土煙の中でゼピュロスが倒れているのが見えた。倒れたゼピュロスに向けて魔王が剣を突き刺そうとしている。
「やめて!!!!!!!!!」
花音が叫んだ瞬間、今度は遠くの方でなにかが爆発するような音と、地を揺らす衝撃が伝わってきた。
魔王は爆発の方角に目を向けると、ゼピュロスに止めを刺すことなく一瞬で姿を消したのだった――。




