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第29話 真夜中のガールズトーク


ヴィオと別れた日の夜、花音はなかなか寝付けなくてベッドから起き上がった。隣ではウーロがムニュムニュと寝言を言っている。


花音はクスッと笑って、ウーロのほっぺをちょんっとつついた。


「ふう、お水でも飲もうかな……」


花音はそっとベッドから抜け出して、隣の部屋へ行く。さっきまで3人で夕食を食べていた部屋だ。


がちゃっと部屋のドアを開けると、


「眠れないの?」


と、アルプの声が聞こえた。


「アルプ……起きてたの」


「ま、元々夢魔だしね。眠らなくてもへーきなんだ」


「そうなんだ、知らなかった……」


「そりゃあ、そんなこと話したことないし」


花音はアルプの向かいの椅子に腰を下ろして、何げなく呟く。


「ヴィオ……大丈夫かな」


「……マスターの魔力はケタ違いだから……大丈夫に決まってるでしょ」


「うん、そーだよね……。はぁ……アルプもごめんね。私のせいでアルプまで置いてきぼりくっちゃって」


「え?」


花音の突然の謝罪にアルプは驚いた様に目を見開く。


「だって、本当はヴィオと行きたかったんでしょ? 食い下がってたし……」


花音が頬杖を突きながら、昼間のやりとりを思い出す。


「べ、べつに……。アタシはマスターの命令に従うだけだから」


アルプはツンと花音から顔を反らす。


「ふふっ。アルプのそういう所、かわいいよね」


花音は頬杖をついたままアルプの整った顔を眺めて、ゼピュロスがアルプに惚れちゃうのもわかる気がするなーとうっすら思った。


「はぁ? 何言ってるの? くだらないこと言ってないで、早く寝たら?」


アルプが少し頬を赤らめながら、声を荒げて言った。


あ、照れてる……と花音が思った時、カタン……と音がして隣の部屋からウーロが出てきた。


「ママぁ……」


「あ、ゴメン。ウーロ、起こしちゃったね……」


花音が慌てて、ウーロを抱き上げる。


大きな声を出してしまったアルプが気まずそうな顔をした。


「よしよし……まだ夜だからもっと寝てていいんだよ?」


花音はウーロの背中をトントン……と軽く叩きながら優しく語り掛ける。


しかし、ウーロは自分のほっぺをぎゅっと花音のほっぺに押し当てると、


「……おなか空いた。ママの魔法が食べたい」


と小さな声で言った。


「え? けど、さっき夕飯食べたばっかり……」


花音が言いかけると、アルプが口を挟んだ。


「弾いてあげなよ。普通の食事をしていても『魔法の空腹感』はまた別なんだよ……」


ただの夢魔だった頃は、アルプもその空腹感には随分と難儀していた。


「そうなの? ……わかった」


花音はそっとウーロを椅子に座らせると、バイオリンを呼び出した。


ヴィオは居ないけど、ウーロが魔法を食べてくれるから変なことにはならないよね……。


そう考えながら、ふともう一つの考えが頭をよぎる。


そう言えば、ヴィオの本体がこのバイオリンだとすると、私が演奏をしたら人間の姿の方のヴィオにも伝わるのかな……?


夜の女王を召喚してしまった時も、ヴィオは離れていたのに駆け付けてくれたし……伝わるかもしれない。


せめて無事を祈っていることだけでも伝えたい……。そう考えて、花音は演奏する曲を決めた。


花音はバイオリンと弓を構え、目を瞑って大きく深呼吸をする。


祈るような気持ちで弓を滑らせる。規律正しく、けれども優しい音色が室内に響き始めた。


花音が弾き始めたのは【主よ、人の望みの喜びを】……元は讃美歌として作られたこの曲をバイオリンで歌うように演奏する。



「ママの魔法好きー」


と呟くウーロの体がふんわりとした光に包まれ始める。


ヴィオ……無事に帰ってきて……


願いを込めた花音のメロディーが部屋中に暖かく広がる。アルプは息を詰めるように美しい旋律に聞き入った。




花音は演奏しながらヴィオのことを考える。


この世界に来てからずっとヴィオと一緒だった。離れてみてはじめて自分がどれだけヴィオに頼っていたのかが分かる。


ヴィオに優しくして貰うたびに、花音の心の中に溜まっていた澱の様なものが少しずつ掬い上げられていたような気がする。


知らない内にヴィオにたくさん救われていたんだ……。


花音の瞳から無意識に涙が零れ落ちる。その瞬間、自分の中に芽生えているヴィオへの想いの正体に気が付く。


ああ、私。いつの間にかヴィオの事、こんなに好きになってたんだ……。



最後の音まで弾き切り、静かに弓を上げる。ふわっとバイオリンと弓が花音の手の中から消えていった。


「ママ……泣いてるの?」


心配そうな顔をしたウーロが呆然としている花音の裾を引っ張った。


「あ……ゴ、ゴメン」


そう言って花音はごしごしと目元を拭うと、ウーロににっこりと話し掛けた。


「おなかいっぱいになった?」


「うん!」


花音の笑顔を見て、ウーロが元気に返事をした。


「カノン……」


アルプに呼び掛けられて、「え?」と花音が顔を上げると慌てたようにアルプが言った。


「あ……ううん。なんでもない……」


「?」


その時、突然 “コンコン” と扉をたたく音が聞こえた――。













~曲~

主よ、人の望みの喜びよ 

作曲者:J.S.バッハ




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