武装
冒険者達の大半が村を離れる頃合を見計らい、 俺たちはイリスに連れられて、ボルギスの戦斧亭に隣接された武具店へとやってきた。
毎日目にしている店なのだが、俺の明らかな場違い感から今まで中を覗いたことはない。
イリスはギルドでの俺たちの冒険者登録の前に、アルディナの装備をここで整えておくつもりらしい。
魔法すらかけられていない人間用の武具など本来彼女には必要ないはずだが、ギルド職員に不思議がられないよう体裁だけでも繕っておくとのことだ。
木造店舗の内部は少し薄暗く、小さな窓から差し込む日の光に照らされて細やかな埃の粒子が浮かび上がっている。
その中に剣や鎧を初めとした戦闘の為の重厚な道具が並べられており、独特の重苦しい雰囲気が漂っている。
俺が興味深く周囲の武具に目を凝らしていると、ピヨスケが「来ましたよー!」と声を上げながら店の奥へと駈け込んで行った。
その店奥から、穏やかな男の声が聞こえて来る。
「おお、これは霊獣様。
お久しぶりです」
どうやらピヨスケは以前にもこの店に入ったことがあるようだ。
まあ好奇心の塊のような彼女が、ボルギスの戦斧亭の隣に建つこの店を訪れていないはずがないか。
そして少しの後、ピヨスケと連れ立って店奥から白髪まじりの初老の男が姿を見せた。
「おや、これはイリス様。
本日もいつものご用件でしょうか」
店員だと思われるその男からは、とても優し気な雰囲気が漂っている。
しかしその顔には、いくつかの切り傷らしき痕が見られる。
この男もかつては冒険者をしていたのだろうか。
俺がそんな想像を巡らせていると、イリスがその男の前へ出た。
そして彼女はアルディナを指差しながら口を開く。
「今日は何かを売りに来た訳じゃないわ。
ちょっとあの子に合う装備を見繕って欲しいのよ」
冒険者としてのイリスは魔法使いを装っているので、彼女の装備品の大半はボルギスの戦斧亭を挟んでこことは逆側に位置する魔道具店にて購入される。
彼女がこの武具店を利用するのは、もっぱら探索ついでに拾って来たアイテム類の売却の為だ。
そして驚異的な速度で探索を繰り返す彼女は、この店でもすっかり顔なじみとなっているようだ。
「おお、そうですか。
イリス様同様大変お若い方ですな。
素質ある若い冒険者を拝見出来るのは、大変喜ばしいことです」
アルディナへと視線を移しながら笑顔を見せる店員。
イリスは当然としてアルディナの実年齢も相当なものだと思いますよ、とはもちろん口に出さない。
「どのような方向性の装備を用意致しましょうか」
店員による続けてのその問はおそらくアルディナに向けたものだと思われるが、答えたのは刹那の間だけ考える素振りを見せたイリスだった。
「そうね。
鎧は動きやすそうなデザインのレザーアーマーで構わないわ。
それに長めの両手剣を付けて頂戴」
それを聞いた店員が僅かばかり瞠目する。
「これは驚きましたな。
彼女は剣士なのですか」
アルディナの外見は華奢な少女にしか見えないのだから、その疑問も当然だろう。
肉体能力は魔力によって補正出来るとは言え、その基準値を上げる為に剣士を目指す人間はこの世界でも莫大なトレーニングを重ねる。
特に魔力が伸びていない駆け出しの冒険者にとっては、実戦に置いても基本的な肉体能力が極めて重要だ。
もっとも、どこの世界にも天才と言うものはいる訳で、生まれつき強大な魔力を持っていた為にそのようなハードトレーニングをスキップしてしまう冒険者も皆無ではない。
それ故か店員もそれ以上の詮索は行わず、アルディナを奥の部屋へと誘う。
「ではサイズを合わせますので、こちらへとお願いします」
まあアルディナが持つ実際の魔力を知れば、逆の意味で腰を抜かすかもしれないが。
それから俺たちは店内をいろいろと眺めながら時間を潰した。
そう言えば男性であるあの店員が女の子であるアルディナの体格を計るのだろうか。
現代日本人だった俺としてはそれはどうなんだろうと思ってしまうが、この世界の冒険者はそんなこと気にしないのだろうか。
しばらくの後、簡素なレザーアーマーに身を包んだアルディナが店員の男とともに戻って来た。
その鎧に合わせて、皮のグローブやブーツも装備している。
気品と神秘性を内包した彼女の容姿とは、何とも不釣り合いな格好だ。
イリスがアルディナの防具としてレザーアーマーを選んだ理由には、金属鎧と比較して体格に合わせた微調整が楽だということも含まれるのだろうか。
この後はそのまま冒険者ギルドへと向かう予定なのだから、これから鎧の打ち直しをしてもらうと言う訳にもいかないだろう。
俺がそんなことを考えていると、店員の男がふいに声を発した。
「後は武器となる剣ですが、これは店内に展示しているものからお選び下さい」
それを受けてイリスが、店内の武器コーナーを指差しながら、アルディナへと提案する。
「剣はこれで良いんじゃない?」
それはアルディナの背丈をゆうに超える鋼鉄の長剣だった。
一体どんな体格の人間を想定して鍛えられた武器なのか。
だがアルディナは無言でイリスの側へ歩み寄ると、それに片手だけをかけ、そのまま軽々と持ち上げてみせた。
「なっ……」
店員から驚愕の声が漏れる。
「いやはや、さすがはイリス様のお連れの方と言うべきですか……」
魔物を切り裂く為の鉄塊を、まるで重さを感じていないかのように上下するアルディナを見つめながら、店員は感嘆の息を吐いていた。
アルディナの装備を整えた俺たちは、冒険者ギルドへと向かう。
と言っても、今までいた武具店から数えて三件隣の建築物なのだが。
灰色の煉瓦で出来た二階建てのその建物は、いかにも強者達の拠点と言った感じの重厚な雰囲気を醸し出している。
「この貧弱な鉄の板は本当に武器なのか?」
隣から聞こえて来たアルディナの声は気にせず、ついに俺たちはギルドへと足を踏み入れた。




