鋼鉄天使 7
夜。
珍しくひと気のない格納庫。差し込むのは紫色に歪んだ衛星光。
俺は自機を見上げた。
F64 NEREID・B。整備の終了した静けさをその翼に抱いている。鈍く黒光りする表面は、数々の戦闘をくぐり抜けてきたことを物語る。
しんと冷えたジュラルミン製の翼、鋼鉄の機体。それは鮮烈に俺の魂を引きつけた。
俺の翼。地表を這い回っていた俺を、あの天空へと運んでくれた風。
黒衣の鋼鉄天使。
「死の翼だよ」
暗闇からの声。
「――誰だ」
知らず、身構えていた。
気配などなかった。
「別に、警戒する必要は無い」
淡い光の下、細い身体を黒い飛行服に包んだ少年兵が立っていた。
否、少女かもしれない。微かに幼ささえ残る優しい面差し、肩に掛かる月光色の髪、そして。
蒼い眼。
俺の機を見上げながらそいつは言った。
「鋼鉄天使、か。蒼穹を翔ける鋼の翼。誰も彼も、天空に憧れ、天空に焦がれ――」
なんという色。成層圏の夢が、あたかもそのまま結晶したような。
眼が離せなかった。
だがそれは、ガラスの声、宝玉の瞳に魅惑されたからではない。寧ろ刃物のような眼差しに圧倒されていたというべきだろう。俺よりも年少に見えるその少年兵の眼差しに。
だけど。奴は続けた。
「だけどやっぱり黒衣の天使。誰にも救いをもたらさない。死の天使にしかなれないよ」
冷たい声、凍えた蒼の眼。
蒼の夢。
「死に狎れるな。狎れればそれはお前を捉える」
気配が薄れる。月が雲に隠れるように、影が闇に戻るように。
「誰だ」
俺の問いは、囁くようだった。
「誰だ、貴様は」
闇は応えなかった。
それは一夜の悪夢のように、月光にさえかき消える。
「天空に焦がれるも良いが、しっかい地上に足つけてないと、命まで天使に連れていかれちまうぜ」
予言めいた不吉な言葉と、ガラスの眼差しの記憶を残して。
黒き死の翼に触れるな。
――もしかしたら。
直ぐに灯を点けさえすれば、彼奴をはっきりと見ることができたのかもしれない。だがそのときには、脳まで麻痺したようにそんなこと考えもしなかった。それどころか、腹の立つことに身動き一つできなかったのだ。
後日聞いた噂では、西隣のD戦区の傭兵だということだった。目的も基地番号も知らないが、フライトスーツを着ていたところをみると飛行部隊、それも傭兵ならばD-04の所属だろう。凄腕の戦闘機乗りたちがごろごろしている、と聞いている。奴もそのひとりということだろうか。
別に、彼奴に興味を持ったわけじゃない。
ただその眼差しが、言葉が、いつまでも頭の隅にこびりついていたのも事実だった。




