第9話:目を覚ましたらSFの世界にようこそ!?
時雨悠人の1日のサイクルは、ここ数年は決まっている。
決まった時間に目を覚まし、決まった時間に配膳される朝食を食べて、決まった時間までに身支度を済まし、決まった時間に魔物を倒しに行くことだ。
昼食や夕食を食べれるかは、指定された地区の魔物の殲滅度次第だ。
辺りから一通り魔物を倒せたら、休憩がてらに食事を取ってから隠れた魔物がいないか調査していく。増援が来てしまったら、昼食どころか、夕食も、夜食も取らずに戦いつ続けることもある。
最初の頃は、地獄のような環境から、泣きながら戦うこともあったが、慣れてくると大したことは無くなっていく。
世界から無限のエネルギーが提供されているからだ。
体力が尽きることはない。本当は、飲まず食わずでも生きていける。腹も空かない。食事は、既に時雨悠人にとって嗜好品となっていた。だが、それでも食べ続けていたのは、自分が人間という括りでいたいからだ。だからこそ、軍にも食事を一切取らなくても良いことは伝えていない。
そして、指定された地区の一定の安全が確保できたら、軍に戻り、泥のように寝る。
体力はどうにかなっても、精神的な方面の体力は回復しないからだ。
そして、今日も同じように魔物を倒しにいく。いくはずなのだが――
※
「何をしていたんだっけ?」
ベッドで上半身だけ起こし、薄暗い部屋を見回す。
「俺の部屋じゃない?」
いつものように……いや、寝る前の俺は何をしていたんだっけか?
魔物を倒して、気を失うように眠ったのだろうか?
だが、ここは俺の部屋でない。この部屋には、ベッドしかない。わずかながらの隙間時間で楽しむ、小説や漫画などを置いている本棚も、体力のお菓子やインスタントラーメンを詰め込んでいる棚も、そして冷蔵庫もない。
ここは、人を寝かせるためだけの部屋と言っていいだろう。
「病室でもなさそうだし、そんな場所不要だって軍も知っているだろうし」
怪我は魔法で簡単に治る。
全身血みどろでも、俺が生きているなら、怪我は既に治っていると軍は判断する。仮に帰還中に眠ってしまっても、俺の部屋に放り込むだけだろう。
「ま、いいか。それよりも、今何時か……時計もないのか」
外に出れば、ここがどの部屋か分かる。そして、自分の部屋に戻ればいい。
そう判断した悠人は、ベッドから降りようとすると――
「グべ」
顔面から床に倒れ込む。足に力が入らないのだ。
「??」
意味がわからず、とりあえず両手に力入れて、なんとか体を起こそうとするのだが――
「手にも力が……」
プルプルと震えるだけ、まるで体が持ち上がる気がしないの。
自分の体に何が起こっているか分からず、全身に力を入れるが、やはり起き上がれるほどの力を出すことができない。
普段の時雨悠人が、両足に力を込めてジャンプでもすれば、当たり前のように雲の上にいくことはできるし、腕に力を込めれば、高層タワーくらいなら引っこ抜くことぐらいはできる。
できるはずなのだが、なぜだか生まれたて子鹿のようプルプルする。体が持ち上がらないので、まだ子鹿の方がマシかもしれない。
「ま、魔力も上手く制御ができない。どういうことだ? しかも、なんでこんだけしか」
魔力で自身の体を強化しようとするが、上手くコントロールすることができない。しかも、ほとんど魔力を感じることができない。
それこそ、時雨悠人以外の普通人間のような、あってないようなレベルの魔力量に。
「お目覚めのようですね。おはようございます」
自分の現状に混乱している中で、声が投げかけられる。声がする方に目を向けるために、なんとか顔だけを正面に向ける。
「?」
扉がいつの間にか開いていることか確認できるが、肝心の人がいないのだ。
「上です、上」
そんな時雨悠人の様子に気がついたのか、声の発生源は自分の居場所を伝えくる。だが、上とは?
何とか体を起こして目線を上げようとするのだが、やはり力が入らず――
「ぶへ」
少し上体を起こせたと思ったら、そこで力尽き、再度顔面を床に強打する。
(何でこんなことに……)
もう起きあがろうとする気力も失いそうになったところで、先ほどの声が間近で発せられる。
「その様子から推測すると………………………………死んだ蛙の真似ですか?」
「ほんなわけあるふぁ!」
そんなわけあるか! と言いたいが、顔を上げれるのも大変でうまく発音できない。
(そもそも、誰が俺に喋りかけているんだ?)
自分に対して、こんな気軽に話すような人間が基地にいるはずない。そもそも、どこから話しかけてるんだ?
「冗談です。長い期間の休眠によって、全身の筋肉が落ちているのでしょう。魔力の動きも非常に鈍くなってそうですし」
(長い休眠?)
気になるワードを耳にして、聞き返そうとするが――
「うお!?」
「とりあえず、ベッドに戻させていただきますね。」
時雨悠人の体はゆっくりと、浮き上がると、うつ伏せから仰向けにひっくり返されて、ベッドにそっと寝かされる。
(え、どうやって運ばれているの? 魔法?)
抱えられているわけではない。触れている感覚はない。その代わりに、魔法の発動を感じることができた。できたが、それはありないことだ。
自分以外で魔法が使えるのは、魔物だけなのだから。
「どうしました?」
「どうって、なんで魔法………………が………………」
浮いている。自分の体のことではない。丸い球体が浮いているのだ。
メタリックな白い丸い球体。そして、中心には赤い丸い瞳が時雨悠人を映している。何これ?
(魔物……ではないよな。だったら……………………だったら、なんだ?)
何と言えばいいのかわからず、口をぱくぱくさせる時雨悠人を見て? いるであろう白い球体は、特に何も反応しないが、その赤い瞳らしきものの視線は、時雨悠人から外れることはなく、おもむろにキュインという効果音とともに両側面から――
「腕!?」
そんな驚く時雨悠人の反応に対して何もいうことはしないが、白い球体の行動は止まらない。
「え、次は何? 何で赤い円……魔法陣? うお!?」
時雨悠人にドライヤーのような温風が唐突に浴びせられる。やはり、魔法だ。そして、この球体は何がしたいの?
ブォーという音がゆっくりと止まっていき、赤い魔法陣も消える。
「………………」
「………………」
結局何がしたかったのか。とりあえず、何か言った方がいいのかと考える時雨悠人だが。
「失礼。つい反応が面白いかったので。」
「そ、そうか。えっと、魔法でいいんだよな?」
「魔法ではなく魔術ですが……珍しいですか?」
「ま、まあ。はい。」
「なるほど。私のような存在は?」
「魔物じゃないんだよな?」
「違いますよ。そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はラプラス。セブンスの使い魔です。あなたのお名前を聞いても?」
名前?
ラプラスという名前、そしてセブンスの使い魔という単語も気になるのだが、俺の名前を聞かれるとは?
この施設で、俺の名前を呼ぶかどうかは別として、知らないということは…………
改めて、時雨悠人は周囲を見回す。仰向けの状態なので、首をなんとか横にできるレベルだが、それでもなんとか部屋を改めて見回すくらいはできる。
見慣れない部屋。動かない自分の体に、見たこない謎の存在。
「どうしました? それとも名前を覚えていませんか? もしくは、ないとか? ならば、この私が名前を――」
「いや、あります! あるから。時雨悠人です!」
突然、視界いっぱいになるまで近づいてきたラプラスに驚きの声を上げながら、時雨悠人は自分の名前を伝える。
「シグレユウト様ですね。ご年齢は?」
「えっと……あれ?」
自分って何歳だっけ?
答えようとして、口ごもる時雨悠人を不思議に思ったのか、ラプラスが覚えていないのか確認をとってくる。
「覚えていませんか?」
「いや……まあ、そんな感じです。何歳に見えますか?」
正確には、覚えていないわけではない。年齢を数えていなかったことから、自分が何歳か分からないのだ。魔王と魔物との戦いは、自分が何歳だとか考える余裕を時雨悠人に与えなかった。
「種族名は?」
「へ? 種族名?」
「はい、種族が分からないと年齢の推測もできないので」
種族って何? どこの国かってこと? いやいや、だったら出身を聞くはずだよな。
「に、日本人です」
ラプラスの質問の意図がよく分からないが、とりあえず自分がどこの国の人間かを伝える。
「日本……人……?」
「そ、そうだけど。日本語だし。えっと、ラプラス……さんも日本……人?」
普通に日本語で会話をし、日本人と言っているのだから、疑問に思われる点がないと思うのだが。それに、この球体を操作しているラプラスという人も日本語で会話しているのだ。
日本人かは分からないが、違和感なく会話していることを考えると、日本人の可能性が高いと思ったのだが。
「日本人………………日本という国があったのは記録に残っていますね」
「?」
まるで日本ということを始めた聞いたようなセリフだ。何かがおかしい。いや、目の前のラプラスと名乗る球体の存在がおかしいのだが。
この場所も、自分を知らないという存在も、何よりも自分の体の異常も含めて、全てが――
(俺に何があったん…………)
「あ!」
思わず声が出る。ラプラスのレンズあたりからキュインと音が出る。突然俺が声を出したことが原因だろうか。
だがそんなことは今はどうでもいい。
思い出したのだ――自分が死んだことに。