第65話:収納魔術って便利だよね
自由都市リベルタリアに向けて出発することになったが、特に準備するようなものはない。
懸念点があるとするなら子供達の健康と、シル先生に猫耳や猫の尻尾が生えたことによる影響だが、セブンスとラプラスの診断では、現状は問題ないということだ。
「何かあっても、マスターと私がいれば大抵は何とかなると思うよ?」
「シグレの回復魔法があればどうにでもなるのでは? それでダメなら諦めるべきです」
若干冷たい発言だが、その通りと言えば、その通りだ。時雨悠人とセブンスの回復魔法は、今の世界でどれほどのものか分からないが、それなり以上ではあることは確かだ。
そうでなければ、シル先生や子供達が異界病で苦しむこともなければ、原因となる世界に流れる魔力の毒で苦しむこともないだろう。
(ルカの奴、マジで何のために人にとって毒となる魔力を流してるんだろう?)
時折、ルカに語りかけているのだが、返答は一切ない。相手は、世界――地球そのものなのだから、自分が語るタイミングで時雨悠人に意識を向けている可能性は低いことを考えると仕方がないと言えば仕方がない。
だが、シル先生から聞いた話では、魔力毒による影響は人類の存続にも関わっているらしい。早めに確認したいというのが時雨悠人の本音だ。
(やむを得ない事情か、単なる嫌がらせか……どちらもあり得そうなんだよな。俺が殺されたという理由も考えたけど……それだとタイミングがズレるんだよな)
魔力毒による異界病が発症し始めたのは、2000年ほど前らしい。時雨悠人が魔王を倒して、その後に人類軍に不意打ちで殺されたのは3000年ほど前だ。1000年以上の時間差がある。だとしたら、時雨悠人の死が引き金ではない。
仮に関係があっても、それだけではないはずだ。
(もしくは、実はルカは関係していない可能性もある……か。)
地球という存在であるルカが、わざわざ人類だけをターゲットにする可能性もなくはないが、だとしたら自然災害でも起こして一網打尽にすればいいだけだ。
それこそ、人類を滅ぼすのに世界を海にでも、マグマにでも沈めればいい。
できないわけがないし、実際に勇者として戦っていた時の時雨悠人は、やろうと思えば大地震だろうが、地底からマグマを呼び起こすことも、海を束ねて斬撃を放つこともできた。
(やっても、浄化の力で魔物を倒さないと意味ないから試さなかったし、仮に効果があっても人類が住めなくなるから意味ないけど)
魔王にしろ、魔物にしろ憎悪が形をなしているような存在だったため、物理現象系の攻撃はあまり効果はない。倒しても、時間が経てば再度産み落とされる。
だからこそ、浄化の力に適性があった時雨悠人が世界の勇者として選ばれたのだから。
そんなことを考えてると――
「自由都市リベルタリアですか。ようやくの廃墟ではなく、人が住んでいる場所に行けますね」
「私は、今のまま旅していても良かったけどね」
「セブンスからしたら、そうでしょうね。マスターを独占できますし」
「ふーんだ!」
わいわい言いながら、テントの片付けを終えた二人が戻ってきた。セブンスがラプラスの言葉を否定しないあたり、時雨悠人がシル先生や子供達と一緒に行くことを了承したことについて納得はしているが、思うところがあるのだろう。
(昨日は碌に眠れなかったしな……)
変なことをしていたわけではない。ただ、セブンスがいつも以上にくっついてきたのが問題だった。何よりも、何故か大人モードになってだ。
(アリアに体を乗っ取られている時は妖艶な雰囲気だったけど、セブンスのままだと純真な美少女のまま美女になった感じでギャップがな……特に胸が)
色々と柔らかいものを押し付けられながら寝ることになった時雨悠人は、結局殆ど眠れず夜を明かすことになった。
(勇者の時は、魔物と一晩中戦うことも当たり前だったし、当時は数日間戦うこともあったけど……その時よりも精神的に疲れた気がする)
肉体的疲労はそれほどだが、精神的には辛い。あと、セブンスと同化したラプラスが絶対に悪いことをセブンスに教えていたはずだ。顔を赤くしながらボソボソとセブンスが呟いていたのがいい証拠だ。
(どうするべきなのか……)
セブンスから向けられている好意は恋愛的なものか、マスターとしてのものか、両方か――どちらにしても、恋愛経験など一切ない時雨悠人としては、どのように対応するのが良いのが分からずにいた。
(そもそも、友人や家族との正しい会話も分からんけどね!)
シル先生や子供達との会話も、流されるままに応じているだけだ。救いとしては、お互いに聞きたいことがあることから、話の種としてはあまり困らない点だろう。
「私たちも準備を終えたのですが」
シル先生が今まで拠点としていた家から出てくる。背中には、大きめのバックを背負っており、おそらく衣類や寝具が詰め込まれているのだろう。
「出発だ〜」
「おい、あまりはしゃぐなよ!」
黒髪の男の子と、その子よりも少し大人びた顔付きをした銀髪の男の子がシル先生の横から飛び出してくる。
(確か、黒髪の方がナオト君で銀髪の男の子がテオ君だっけ?)
ナオトは、喜びを体全体で表現するかのように、周囲を走り回っていた。
テオは少し呆れながらも笑っており、シル先生も――
「気持ちはわかるけど、流石に出発前に泣くのはどうかと思うよ」
「ふにゃ!?」
涙目になっていたシル先生が驚きの声と共に体が飛び跳ねる。
「ミア姉、尻尾は……」
「シル先生の反応が可愛すぎるのが悪いと思うわ!」
「シル先生、頭を、頭を撫でさせて欲しい! み、耳を!」
「尻尾は敏感だからだ、ダメ。耳もダメ…そんな顔しないでね。あ、後でなら少しだけいいから。」
女子組もゾロゾロとシル先生の後から出てくる。
大切な子供達が改めて元気になったことを実感して泣きそうになっていたシル先生の尻尾を握った赤い髪の女の子が、ミアと名乗った一番年長の子だったはずだ。
シル先生の頭を撫でたがっているのがノルンという、ふわふわした茶髪をした最年少の女の子。
そして――
「あの、シグレさん達の荷物は?」
クロエが時雨悠人、セブンス、そしてラプラスに視線を移していくが、3人とも荷物らしい荷物を持っていないことが気になったのだろう。
セブンスは一応杖を持っているが、時雨悠人は手ぶらだ。何も持っていない。
テントを設営したり、食料を提供したのだから、何か荷物を持っているはずだろうと思ったのだろう。
「テントは片付けたのですよね?」
シル先生も不思議そうに尋ね、ミアやノルンも周囲を見回している。どこかに置いてあると思っているかもしれない。
「荷物って……セブンスが収納魔術の中だけど」
そう言いながらセブンスに目を向けると、時雨悠人の意図を汲みとり、セブンスは杖を持っていない左腕を前にかざす――と、その腕はまるで空間の裂け目に飲み込まれたように消失する。
「へ?」
シル先生が呆けたような声をあげる。
そんなシル先生を無視し、セブンスは空間の裂け目から手を引き抜いていく、ズルズルとテントの一部を引っ張り出すのだった。
「ここに入れている」
シル先生や子供達にも分かるように見せたら、「はい、終わり」と言いながらセブンスは、素っ気なくテントを押し込むと、空間の裂け目も消える。
「「…………」」
目を白黒させてセブンスを――正確には、裂け目のあった箇所に目を向けているシル先生と子供達だが、驚いていることだけは時雨悠人にも分かった。
(どうやら、収納魔術は一般的じゃなさそうだな)
時雨悠人も使えないし、セブンスが最初に使用した時にはかなり驚いたことを覚えている。どうやら、セブンスが規格外なのだろう。
セブンスも理解しているのか、素知らぬ感じでいるが、その態度がむしろ「これぐらいできて当然ですが?」と内心ドヤっている気がしなくもない。
「一応確認したいけど、こういった収納は一般的ではないですかね?」
「そう……ですね。私は個人で空間の魔術を使用しているを見たことはない……ですね。私たちが使うものは、空間系の魔術で収納の容量を増やしたバッグなどになるので」
そう言いながら、シル先生は背負っていたバッグを下ろすと、時雨悠人やセブンスに中身が分かるようにバッグのチャックを開けてくれる。
時雨悠人はバッグを覗き込むと――
「おお! 確かに沢山入っている!」
外から見た容量以上の荷物が沢山入っていた。布団らしきものも納められている。
地味に、どうやって室内にあった寝具などを運びながらシティを脱出したのかと不思議に思っていた時雨悠人だが、空間魔術によって容量が増したバッグがあることで疑問が氷解するのであった。
「あれ、それなら収納の魔術も珍しくないのでは?」
「そうですね、このような魔道具があるなら驚かなくてもいいのでは? それとも、驚いて見えたのは私たちの勘違いでしょうか?」
時雨悠人とラプラスは疑問を口にする。あと、セブンスは先ほどの澄まし顔から、少し悔しそうな表情になっていた。
「専用の設備を使用して大量の魔力を消費して作成される貴重品になるので、決して一般的ではないですね。私が持っているのは……ちょっとした伝手です。個人の魔術で使うものではないし、セブンスさんみたいに空中から自由に出し入れするような人は見たことないですね。もしよかったら、どれくらいの容量があるか教えてもらっても?」
「どれくらい……か。とりあえず、テントに私とマスターの生活用品、あとは数ヶ月分の食料は放り込んでいるかな。あとは、研究所から出てくる時に必要そうなものを入れられるだけ入れてきた……かな」
「だいぶ入っているよな」
思わず口を出してしまう。普通に小さい部屋並みの容量がありそうな勢いだ。取り出すのに苦労したりしないのだろうか。
「すご……」
子供達の一人――ミアがボソリと呟く。他の子供達も驚きで声が出ないと言った感じだ。
「それだけの容量のある収納魔術がかけられたバッグは、私のシティにもなかったかもしれませんね」
シル先生は、苦笑いを浮かべながら答える。
「ラプラス、収納魔術って難しくないと少し前に言ってなかったっけ?」
「空間魔術に適性があれば難しくはないとは言いましたね。ただし、シルの言う通り、人が使うことが一般的ではないのなら、そもそも前提条件を満たす人材が非常に少ないのでしょう」
「なる……ほど?」
セブンスとラプラスが規格外なだけではないだろうか?と光属性にしか適性のない時雨悠人は思ってしまう。
その疑念を肯定するように――
「空間魔術に適性のある人物なんているのか?」
「さ、さあな……」
「簡単ではない……と思いますよ?」
「うん」
「あはは」
子供達やシル先生が若干引いたような反応をする。
唯一の例外としては――
「セブンスお姉ちゃん……凄い」
最年少のノルンという子だけが、目をキラキラさせながらセブンスを見つめていた。
「まあ、私からしたら簡単ってところかな」
ついに隠すことなく胸を張り出すセブンスだが、セブンスも比較する相手がいなかったからこそ、口に出して威張っていいのか迷っていたのかもしれない。
「まあ、こんな感じで俺たちの荷物は大丈夫です。シル先生たちも準備は大丈夫なんですよね?」
「あ、はい! 大丈夫です。みんなも大丈夫だよね?」
シル先生が子供たちを見回すと、肯定するように頷き返す。
「それじゃあ、自由都市『リベルタリア』に行きますか」




