第45話:世界に嫌われている
この世界で人類が生きていける場所は、非常に限られている。
国は存在するが、大きな領土などを持つ国は少ない。
周囲に外壁を作る都市国家のような形をとっている国が大半であり、それ以外の場所で生きていくことは非常に難しい。
この構造は、2000年以上続いているとされている。
魔物との戦争や、国同士の戦争……色々と歴史が積み重なっていくのに、この問題は解決する糸口が全く見つかっていない。
別に、地球が凍土に覆われてしまっていたり、逆に干上がってしまったというわけでもない。
魔物などの人を襲う生物が大量に繁栄してしまって、1つの場所に集まり力を合わせて生きて行く必要がある――という訳でもない。
いや、魔物に対する備えという点では、都市としての役割の1つでもあるのだが、外で生きていけない一番の理由という訳ではない。
理由は――
*
一歩でも歩を進めれば全身が悲鳴をあげる。
一歩も歩かず立っているだけでも、全身を蝕んでいくように、体の内側から痛みが広がり続ける。
森の中を歩み続ける、一人の女性――シル・クラインは、顔を真っ青にし、おぼつかない足取りで拠点しているホームに帰るために歩き続けていた。
身長は170センチ程と女性としては身長は高く、モデル体型のように細身な体躯をしている。
自慢は長く美しいアクアマリンの髪であり、今はゴムバンドで一つに縛っている。
そんな彼女は――今にも死にそうになりながらも、懸命に歩き続けていた。
(まだ……大丈夫だと思っていのに)
シルが、森の中を一人で探索していた理由は、単純だ。
ホームにいる子供たちのために、食料を調達するためだ。
シティに住んでいるなら、森などに行かずとも、食料を購入すればいいのだが、シティに住むことができない人間は、自力で調達するか、集落で取引するしかない。
そして、シルは事情があって、シティから子供達と一緒に逃げ出し、隠れながら子供達となんとか一緒に生きている状況だ。
自分の子供ではない。
なぜ、シティで悠々自適に生きていたのに、こんな馬鹿なことをしているのか自分にも分からない。
ただ、子供達が身勝手な理由で殺されるのを見て見ぬふりすることができなかったのだ。
(なんとかして……浄化しないと)
シルが死にかかっている理由は、この世界ではありふれたものであり、国家として成立しているような都市以外では生きていけない理由とされている最大の理由である――世界に満ちる魔力による中毒反応である。
人は普通に生きているだけで、微量ながらも世界に満ちている魔力を体に取り込んでいる。
その魔力は、自身の魔力として還元されたり、自身の生命力の一部となる。
だが、ある時から世界に満ちる魔力は毒のように人類を蝕むようになった。
人類もすぐに毒と化した魔力を中和するための研究を始めて、それほどの時間をかけずに中和するための手段を構築することができた。
できたのだが……世界に満ちる魔力に含まれる毒の構造は時間と共に変化し、完全に対応することは不可能であることが分かった。
対応できたと思ったら、魔力の構造はゆっくりと変化して、再び魔力中毒が発生する。しかも、中毒による症状も変化する上に、個人差まである始末だ。
そのため大国は、膨大な資金で構築したシステムによって、構造が変化していく魔力から人類にとって毒となる部分を中和することで生き繋いでいる。
だが、そのシステムで守れるのは限られた地域のみ。だからこそ、世界の国々は一部の例外を除いて、都市国家のようにな形をとっているのだ。
では、そういった都市国家以外の場所どうなのか?
狭い面積だけを浄化するための機器をどうにか設置して、生きながられることは可能だ。外を出歩く時は、魔術が使えるのもは、魔力毒を中和する術式を展開し続けるか、小型の機器に周囲の魔力毒を中和するなどになる。
また、魔力毒は徐々に体に蓄積されていくので、適切な設備や術者がいれば、解毒することも可能ではあるが――それは都市国家のような完全に魔力毒を中和できている場所で安静にしながらの場合である。
シルは、そのような都市国家から既に半年近く外で過ごしている。
(駄目……もう今の私の魔術じゃ浄化しきれない)
ホームでは設置した機器によって、外では術式で中和しながら生きていたが、魔力毒の蓄積は少しずつ進んでいた。
それは、シル本人も自覚していたのだが、まだ外で食料調達をしていけるくらいには大丈夫だろうと思っていたのだが――症状は一気に進行してしまっていた。
少しず弱っていた肉体は、中和する術式を正しく機能させず、症状を一気に悪化させてしまったのだろう。
「ゴホ、ゴホゥ」
中毒の症状は個人差があるが、一般的なのはシンプルに身体の調子悪くなっていくことだ。目眩に、発熱、咳、吐血....加速度的に悪化していく。
「帰らないと」
子供達も既に症状が出ている。
自分が死んでしまっては、子供たちは餓死するだけだろう。もしくは、自分を探しに来てしまうかもしれない。そうなれば、遅かれ、早かれ自分と同じようになる。
(それは……戻っても同じか)
自分なら上手くやれると思った。魔術の腕には自信があったり、魔力毒による中和もしっかりと研究はしていた。ホームに設置するための装置も事前に準備していた。
ずっとは無理だとは理解していたが、数年はゆっくりと暮らせるだろうとは思っていた。
その間に、他の都市国家に行くか、もっと性能の高い装置を製作する――そういった目論見は全く上手く行かなかった。
魔力毒の中和を常にし続けることは、シルが予想していた最悪の想定以上に難しく、装置も完全に中和することは不可能だった。
半年の時点で、なんとか動けるのは、自分と数人の子供たちだけ。
仮にホームに戻っても、数ヶ月どころか、1ヶ月ももたないかもしれない。
それでも――
(子供達に……)
いつの間にか立っていることはできなくなり、体は地面に横たわっていた。
視界は歪み、思考はまとまらない。それでも、帰りたいという思いだけで、這うように前に進む。
子供達に最後に会いたいという思いだけで。
それでも限界は訪れる。
(ああ、ごめんなさい)
実験体として使い潰されるのと、自分が外に連れ出すのでは、子供達はどちらが長生きできたのだろうか。
どちらが、幸せだったのだろうか。
自分は間違ったことをしたのではないのだろうか。
そんな後悔を胸にしながら、シルの意識はゆっくりと暗闇に堕ちていく。
(神様……私達は何故こんなにも世界に嫌われているのでしょうか?)
何故、この世界はここまで自分たちを殺そうとするのかという疑問とも、恨み言と捉えられる言葉を心の中で呟き、彼女の意識は完全に途絶える。




