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第43話:ゼノ・グランドから外の世界へ

 眠ってしまったシグレを抱きしめながら、セブンスはその寝顔をじっと見つめていた。

 

「一旦研究所に戻りますか……だいぶボロボロになりましが、ここにいるよりは遥かに安全ですし。セブンス?」


「……」


「セブンス!」


「うわ!? 何、ラプラス!」


「浮かれた気持ちになるのも分かりますが、そろそろ研究所に戻りますよ」


「浮かれているって……いいでしょ! 浮かれていたって!」


 否定しようと思ったが、浮かれているのは事実なので開き直る。そもそも、浮かれるなというのが無理な話だ。


 1000年ぶりのマスターだ。


 いや、そもそもアリアと名乗った自分の創造主は、マスターだったのか疑わしい。いや、違うということにしよう。


 生みの親ではあるのは否定しないが、肉体を奪うこと前提で生み出し、自我を与え、契約も他の姉妹たちと違い、扱いも他の姉妹たちと違った。


 何よりも契約も切られていた。


(どうでもいいや)


 今、自分の腕の中に、自分だけのマスターがいるのだ。どちらかが死ぬまで契約は切れることはない――なんて生やさしい契約ではない。


 シグレが死ねばセブンス自身も死ぬようになっている。


 魂の契約。


 ただし、セブンスが死んでもシグレには影響を与えないようにはしているが。


「ん」


 先ほどの口付けを思い出し思わず、唇をそっとなぞる。


 ぶっちゃけ、キス自体は軽い口付けでも大丈夫だったりする。


 あくまでも、時雨悠人とパスを繋げることができれば良かったので、ディープキスなどする必要はない。


「思い出すのは後にしませんか?」


「うぐ……分かったよ!」


 先ほどのことを思い出して、顔が熱くなり始めるが、ラプラスの言うように研究所に戻るべきだろう。


 アリアに勝手に使われたことで、肉体の疲労と損傷が激しい。それこそ、後数分戦いが長引いていたら、肉体が崩壊を始めていただろう。


 魔導人形の体は魔力でできているが、魔力なら何でも良いという訳ではない。自分に適応した魔力に合わせる必要がある。


 普通に生命活動をする上では、自然に実行される変換で問題ないが、魔力の消耗と肉体の損傷が重なれば、傷ついた体を簡単に治すことはできない。


 ましてや、外部から無理やり魔力を吸い上たとなると魔力が流れるパスも損傷する。


(私も休んで体を治さない……と? これは!?)


 自分の肉体に意識を向けながら、時雨悠人をお姫様抱っこのように抱えると同時に、周囲の環境が大きく変わる。


 ゼノ・グラウンドから湧き上がっていた膨大な魔力は、いつの間に収まっていたのだが、再び湧き上がる。


 問題なのは、時雨悠人に流れ込まず、セブンスの周囲を囲むように流れ始めたことだ。


「セブンス……これは!?」


 時雨悠人は既に眠っているし、戦いも終えている。


 この状況で再度魔力が溢れ出る理由――セブンスはなんとなく察することができた。


 自分が記憶を明確に思い出すことでき、時雨悠人をマスターにすることができた存在だ。


 『知りたいなら、目覚めなさい。そうすれば、理解できます』


 セブンスが過去を思い出す時に言われた言葉を思い出すと同時に、周囲を囲っていた魔力が形となる。


 今までセブンスとラプラスが討伐してきた、ゼノ・グラウンドの魔物――龍、巨人を始め、蜘蛛、空中を浮遊するクラゲ、戦士や魔術師タイプの人形、地を這う蛇、他にも例えることができない姿をした魔物たちが突然は生まれる。


「これ……は……」


 あまりの事態にラプラスは声を出せずにいるよう。


 一見すると最悪の状況と言っていいだろう。


 今のセブンスとラプラスに目の前の魔物群をどうにかすることはできない。


 だが、セブンスには確信があった。


 目の前の魔物達は、自分たちを襲ってこないだろうということに。


 (いや、正確にはマスター……シグレをだろうけど)


 胸に抱えるマスターであるシグレに視線を映す。穏やかに眠るマスターを愛おしく思いながら、強く抱きしめる。


 どんなことがあっても守り抜くと覚悟を決めて。


「ラプラス落ち着いて。大丈夫だから」


「大丈夫とは一体……? 早く逃げるべ……」


 周囲は囲まれている。逃げることは不可能だ。それに、向こうの用事を済ますまでは逃してくれないだろう。


 とは言っても、どうすればいいのかとセブンスが思っていると、向こうから声をかけてくる。


 正確には、ゼノ・グラウンド全体が語りかけるように。


『その様子からして、どうやら私のことを覚えているようですね……人形、いや、セブンス』


「はい、覚えています。儀式の時に、そして私がアリアに体を取られている時に語りかけてくれた方……ですよね?」


「どういうことですか、セブンス?」


 ラプラスが疑問を口にするが、セブンスは答えない。そんな余裕はないし、余計な会話が相手を怒らせる可能性もある。


 向こうが大切なのは時雨悠人であり、自分たちではないのだから。


『いいでしょう。マスターとしての契約を済ませたようですね』


「はい」


『時雨悠人は、かつて世界を救った勇者です。ただし、愚かな人間達によって殺されました』


「……」


『この場所は、星の体内と呼んでいい場所。本来、誰も足を踏み入れていけない場所であり、誰にもバレずに彼の肉体を治すには打ってつけの場所だったのですが……まさか侵入されるとは思っていませんでした』


 星の内側……だとしたら、自分が会話している存在は。


 本来会話などできるはずもない存在であり、どう足掻いても勝つことはできず、絶対に敵対してはいけない存在ということになる。


 何せ、この星――地球そのものということになる。


『あなた達を……セブンスあなたを残した理由は既に伝えていますね。その覚悟は契約と共にあると思ってもいいですか?』


「大丈夫です。何があっても、マスターである時雨悠人を裏切らず、私の全てを捧げて尽くします」


 嘘はない。


 覚悟以前に、自分の望みでもある。


 セブンスは迷うことなく、声の主の問いに答える。


『少しでも危険があれば壊して、時雨悠人は再度眠り続けもらうことも考えましたが……いいでしょう。契約も正しく成されたようですし』


「あ、ありがとうございます!」


 一瞬身を固くするセブンスだったが、認められたことにホッと息を吐く。もし、少しでもセブンスが契約などに手を抜いていたり、心が揺れていたら、周囲の魔物達がセブンスを襲っていたのかもしれない。


 認められたことで体の緊張が少し抜けるセブンスだが、すぐに声の主からの指示に戸惑うことになる。


『それでは、セブンス。あなたは、時雨悠人と一緒にすぐに――1日以内に此処から出るように』


「へ? 此処って……」


『あなた達がゼノ・グラウンドと呼ぶ此処です』


 唐突なゼノ・グラウンドから出ていけという命令。


 理由が分からない。


「そんな急に! マスターも疲れて眠っていので、もう少し時間を」


 マスターであるシグレのことを言えば、どうにかなるかもしれないと思いながら、もう少し時間が欲しいと懇願する。


 そもそも散々ゼノ・グラウンドにずっといたのだ。数日くらいに伸ばしてもらっても変わらないはずだ。何なら数年単位でも誤差のはずだろう。


『あなたの制作者が、此処にいるセブンスに干渉できたいということは、僅かでも再び来られる可能性があるということ。そして来られる可能性がわずかでもあるなら、1秒でも早く彼女は行動するはず。万が一再度の侵入などあってはならない。そのため、この場所は一旦破棄します』


「それは……わかりました」


 声の主の推測は、恐らく正しい。ここに本当に来られるかは分からないが、何としても来ようとはするだろう。それくらいの執念と力がないなら、タイミング良く自分の体を奪えるはずがない。


 (本当に、偶々自分の記憶が中途半端に戻り、偶々私を見つられた何てあるとは思わないけど)


 アリアを甘く見ない方がいいだろう。だが、そうなると問題がある。


「1ついいですが?」


『1つだけなら』


「ゼノ・グラウンドから出た方がいいの分かりました。ただ、出入り口が決まっているので、出口を見張られ可能性があります。できれば、場所を変えるのに、もう少しだけ時間を……」


「拒否します。そんなのは、あなたがどうにかしなさい」


「そ、それは……」


「と言いたいですが、ここを破棄するついでに適当な場所に転移します。最低限の準備を終えたら、呼びかけなさい」


「あ、ありがとうございます!」


 セブンスがお礼の言葉共にお辞儀をする。顔を上げると、囲んでいた魔物は蜃気楼のように消えて溶けていく。


「ハァー」


 周囲から魔物の気配が消えて、声も途切れたことから、糸が切れた人形のように体から力が抜けて倒れそうになるが、シグレを落とさないように何とか膝をつく。


 同時に緊張して忘れていた疲労や痛みが体を襲う――が、そんなことを気にしていられない。


「セブンス! 大丈夫ですか!」


 セブンスと声の主との成り行きを見守っていたラプラスがセブンスを心配して寄ってきてくれる。


「だ、大丈夫。ちょっと腰が抜けただけ。すぐに立つから」


「……セブンス、貴方が、話していた相手に心当たりが? 初対面のような感じではなかったですが」


「おそらく、この星そのもの」


「まさか……そんなことが……」


「分からない。だけど、ゼノ・グラウンドを破棄できるのは本当だと思った方がいい。細かいことは、後にして準備しよう」


「分かりました。外に行く準備ですか。とりあえず食料に野営用の道具、衣類……私の方でまとめるので、セブンスは少し休憩を」


「シグレをベッドに寝かて、最低限のメンテナンスをしたら手伝うよ。ラプラスだけだと、収納できる空間が心許ないし」


「……」


「ラプラス?」


 急に黙ったラプラスに不思議に思うセブンスだが、その答えはすぐに返ってくる。


「いえ、本当にセブンスと一緒に外に出られるのかと思うと、少し嬉しくて」


「私も信じられないかな。ここで終わるつもりだったのにね。でも、今はマスターになってくれたシグレと、それにラプラスとも一緒にいたいと思うよ。それと………………ずっと一緒にいてくれてありがとう。これからもよろしくね」


「ええ……これからも仕方がないのでサポートを続けましょう」


 これからも続いていく。


 シグレと出会うまでは、外に出ることなど考えず、ゼノ・グラウンドで終えることを考えていた。それを1000年以上も考えていたのに、たった数ヶ月シグレと過ごしただけ、ここまで変わるものかと我ながら思ってしまう。


(運命の人……か)


 研究所に戻る最中、不意にゼノ・グラウンドに何があるかをファーストと予想した時のことを思い出す。


(確かに予想は当たっていたね……『私の』だけど)


 肉体の疲労と損傷はギリギリであるセブンスだったが、その心は今までにないほどに浮き足立っていた。

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