第17話:リハビリ生活2
ゆっくりとだが、自分の魔力が自分の意志と関係なく動かされている感覚を受ける。今までは、管の中に泥のように固まった魔力を無理やり動かそうとしていたのだが、その泥が少しずつ水のように柔らかいものへと変質し、少しずつ流れが早くなる。
(どうやっているのか全く分からないけど……凄いな)
他者の魔力に干渉する。
勇者として生きていた時の時雨悠人でも、そんなことはできなかった。
(というよりも、そんな機会もなかったか。怖がられて、俺と触れ合いたいと思う人もいなかったし)
女性と手を繋ぐなんて、勇者になる前の幼少期にあった程度だろう。
人形とは思えない、体温を感じる小さく柔らかい手。
握られた時は、ドキッとしてしまったが、今はセブンスによる自身の魔力干渉が気になって仕方がない。肉体のリハビリと違って、固まっていて動かすことも、使うことも難しかった魔力が本来の通常の状態に戻ろうとしていることが理解できるからだ。
問題は、普通に戻っても、今まで通り魔法が使えるかどうかだが。
勇者としてではなく、時雨悠人としての魔法がどの程度のものなのか全く謎なのだ。
(この魔力量でできることってあるのだろうか?)
勇者の時に纏っていた魔力の数万分の1どころかではない。数億分の1以下かもしれないのだ。正直言って、魔力が0ではないことだけがギリギリ分かるといった感覚だ。
「シグレ」
魔法が使えるかどうかという不安を感じ始める中で、セブンスから声がかかる。
薄っすらとセブンスの顔が赤い気がするが、この作業が原因だろうか?
人の体の魔力を安全に動かしているのだから、かなりの精度が求められていると推測できる。もしかしたら、セブンスも大変なのかもしれない。
そんな風に時雨悠人が心配する中でも、セブンスの魔力の干渉は継続している。
「だいぶ魔力の流れが良くなってきているから、この状態で改めて身体強化を使ってみて」
「わかった」
セブンスの指示に了承しながら、改めて全身に巡る魔力を意識しながら身体強化を発動する。
「あ」
思わず声が出るが、それは仕方がないだろう。
体に力が満ちるのを感じる。魔力が活性化しているのだ。
その効果は非常に弱々しいものだと思うが、それでも身体強化は発動している。
「うまく発動している……のかな? 穏やかに流れていた魔力が活性化しているみたいだけど」
「しているはず」
「肉体の方と違って、順調ですね」
「うん。それじゃあ、ゆっくりと立てるかどうか試してみる?」
「わかった」
ふーと息を吐き、意を決して両足に力を入れて、立ち上がる。
「ぐべあ」
「ちょっ!」
立ち上がることに失敗して、思いっきり前に転ぶ。
そして前に転ぶということは、両手を握った状態のセブンスに突撃するということでもある。
ガシャンという椅子が倒れる音とともに、時雨悠人とセブンスも一緒に床に倒れ込む。
(……やばい)
体を打ったとか、痛いとかは時雨悠人としては、どうでもいい。やばいのは、椅子に座っていたセブンスを押したような状態になってしまったことだ。
(もう一回ぶっ飛ばされるかも……)
時雨悠人の入浴やトイレの介助をすることを想像しただけで杖を脳天にフルスイングするのが、セブンスという魔導人形だ。
次は、本気で殺されるかもしれない。
そう身構えてしまうのも仕方がないだろう。
だが、時雨悠人の不安は杞憂に終わる。
「えっと、大丈夫? 一人で起き上がれ……ないよね」
「ちょっと待っ……うぐ」
両手に力を入れて、少し上体を持ち上げるが、すぐに限界が来て再度セブンスを押し倒しているような格好になる。
「ご、ごめん」
「あー無理しなくていいよっと!」
セブンスは、事故とはいえ、押し倒されたことは気にする様子は一切見せず、時雨悠人を抱き起こすと、そのまま抱え上げてベッドに座らせるように移動させた。
「えっと、ありがとう」
「うん、どういたしまして」
「……」
杖でフルスイングされなかったのは良かったのだが、全く様子が変わらないのは不思議だ。着替えや、入浴や、トイレの介助の時は、むくれた顔をしながら、文句を言ったりしていたからだ。
「ん? どうしたの? どこか痛いところでもある?」
「いや……大丈夫」
もしかしたら、純粋に心配しているからこそ、気にしていないのかもしれない。もしくは、考えすぎか。
(むしろ、いちいち気にしている自分の方が気持ち悪いな)
時雨悠人も女性との関わりに免疫など全くないに等しい。女性の扱いなど全く分からない。更に言えば、まともに対人関係など構築した覚えがない。
それが、勇者として生きてきたコミュ力0の時雨悠人だ。
「考えてみれば、筋力が低下していないのに体を上手く動かせないんですから、身体強化をしても変わらないのは当たり前ですね。むしろ、変に力が入って余計に危険なのでは?」
「まあ……そうだけど、試してみないと結局分からなかったんだし。それに魔力の経路は、すぐにでも戻せそうなのは分かったからいいでしょ」
ラプラスとセブンスが軽口を言い合う中で、時雨悠人は気持ちを切り替えるように、自分の体の調子を確認する。
(魔力の流れは……セブンスの補助がなくなったら、一気に遅くなったか。けど、感覚は覚えている)
セブンスに魔力の流れをコントロールしてもらっていた感覚を思い出しながら、同じように魔力を体の中で回すイメージをする。
そうすると、先ほどは泥の詰まりが取れたかのように、ゆっくりとだが魔力が流れていくのを実感することができた。
(となると、問題はやっぱり肉体の方か。まあ、3000年以上体を動かしていなかったんだ……筋肉の衰えがないだけマシだと思うようにしよう)
身体機能の衰えはないらしいのだ。
だとしたら、やはり肉体がずっと停止していたことによる硬直だったり、感覚の問題なんだろう。きっと時間が解決する問題のはずだ。
(それまでは、セブンスとラプラスの好意に甘えさせてもらえる……といいな)
※
「ふう」
時雨悠人の魔力のリハビリを終えて、彼の部屋から出たセブンスは、自分の自室に戻ろうとしていた。
「ハァ〜」
途中の廊下で、壁にもたれるように体を預けると、ズルズルと廊下の床にへたり込むのであった。
「どうしましたか、セブンス?」
「……なんでもない」
嘘だ。
何でもない者の行動ではない。そんなことは、セブンス本人もわかっている。
だが、
(シグレに押し倒されてからの緊張が抜けたなんて言えるか!)
わざとではないし、本人に下心があったわけでもない。事故だ。
だからこそ、余計に読んだことしかない物語のような展開に緊張してしまったのだ。
(か、体がまだ熱い。心臓も)
収まらない心臓の動悸。パニックになって杖を持ち出さなかった自分を褒めたいくらいだ。
(シグレには、気付かれなかったはず。冷静さも保てたはず!)
だてに他の姉妹達の相手をしてこなかった。彼女たちのペースにならないように、ポーカーフェイスを維持するのは慣れている。
「よし!」
立ち上がり自分の部屋に戻ろうとする。
「セブンス」
「ん?」
「顔が赤いです」
「な!」
思わず両手で顔を挟むセブンス。
(もしかして、ずっと!?)
「シグレに押し倒された時からずっとです」
「ッツ!?」
顔に熱を帯び始めるのを自覚する。今までも赤かったのなら、今はどれくらいか。
(し、シグレにも、バレてた!?)
事故で急接近したことで顔を真っ赤にしたと思われていたと!?
羞恥心で震えるセブンスにラプラスは、更に言葉を続ける。
「訂正します。正確には、押し倒された時ではないですね」
「な!? 騙したの!? 私の反応を楽しむために!?」
ラプラスの言葉に、思わず腐れ使い魔にフルスイングしようかと思うセブンス。
(う、嘘……か)
ほっとしたこともあり、ぶっ飛ばしたい衝動も一瞬で鎮火する。腹は立つがな!
「いえ、騙してはいないです。正確ではなかっただけです」
「どういう意味?」
嫌な予感がする。
そんな悪寒を感じるが、聞かざるを得ない。
「シグレと手をつないだあたりから、ずっとでしたね。シグレは気づいていたか分かりませんが。シグレと接触する機会は多いのに、なかなか慣れませんね……セブンス?」
再び座り込んだセブンスが、立ち上がるのに5分ほど時間を要した。




