第33話:挿絵あり
お昼過ぎの要塞居室にて、大方の予想通りに青年は母親にしばかれていた。
ハリセンが唸り、スパーン!と甲高い音を立てる。私は十九歳にもなって母上にしばかれていた。ハリセンなんぞ広めたのは誰だ?私だよ。
「母上、何をするのですか」
「どの口が言っているのかしら?あれだけ出撃しない様に散々言ったでしょう?あなたも了承していたわね?」
「はい、確かに私は出撃しないと申しました」
「そうよね。それ__」
「あれは嘘です」
再びハリセンが唸る。また受けるしかない。スパーンスパーン。二コンボだ。
「母上、はしたないですよ」
「やかましい!あなたは立場という物を……!」
「はい、ご心配をお掛けしまして誠に申し訳ございません」
こればかりは本当に申し訳ない。他にどうしようもなかったとは言え、両親が強い人々だという事には昔から甘えっぱなしだ。我ながら狡い物言いだが……責任の追求がセレナやフィオナに向く前に制圧しないといかん。怒る母上の冷たい笑顔にジワリと涙が浮かぶが、堪えるな……全部私のせいだ。
「毎度申し訳ございませんが、これも勝つ為に必要な事です。敵方には私に匹敵するか、それ以上の戦闘能力を持つ将軍もいました」
「……」
うーん、もし母上に泣かれたらゲームオーバーだ。全面降伏しか無いが……。
「結果論ではありますが、彼を相手取る為には私の出撃はやむを得ませんでした。これは今後も毎回出撃する事を示す訳ではありませんので、何卒ご容赦頂きたく……」
「マリア殿、私からも頼む。ヴォルフの言う通り、我が国の戦力では他に勝ち筋が無かったのだろう」
救世主女王陛下登場。
「それに、セレナやフィオナが一緒にいてもなお出撃したのならば、もはや止めようがあるまい」
「おばさま、申し訳ございません……」
「すみません……」
セレナとフィオナも追撃する。女神は実在したようだ。
「はぁ、まったくこの子は……こんなに良い娘たちを危険に晒して。どれもこれも貴方が無茶苦茶するせいでしょう。解っているのかしら?」
「はい。彼女たちは女性の身でありながら、我が軍で私に次ぐ戦闘能力を持っています。研鑽を重ね、これほどの実力者になってまで私に着いてくると言われれば、私には……」
「……」
「……私には、止める術がありません」
「……」
長い沈黙の後、母上は諦めるように言った。
「……今回は貴方達が互いに死ねない、死なせないと強く想って戦った結果だと思う事にしましょう。それにしても、本当に生きた心地がしなかったわ」
「私もだ。もう親族も居ないし、心細かったよ。とっても」
「すまなかった。だが、みんな全力を尽くしたよ。最善とは言えまいがな。私も、セレナとフィオナがチャーリー殿と打ち合っているのを見た時は生きた心地がしなかった」
レアンドラ女王も呟くように言った。今も微かに震えている……こんな小さな娘に怖い思いをさせてしまったな。
「まだ戦時体制下だが、今日はもう臨時休暇にするか。五人で茶でも飲もう」
「良いの?」
「お互いに随分心配かけたからな……たまには埋め合わせも必要だろう」
「……本当狡い子ねぇ」
「女王陛下、直ちに母上へ王都で執務するよう勅命を」
「わかったわよ。一旦見逃してあげるわ」
一旦なのか。狡いのは申し訳ないが。
「ただし、私は執務を続けながら参加します。そのご様子ですとアレックス殿を仕事漬けにして置いてこられたのでしょうけれど、彼に過労死されては困りますので」
「兄上……ねぇヴォルフ、いつもの胃薬送ってあげてくれる?」
「五瓶送っておく」
そうして手際良く茶会の準備が進められていく。侍女は呼ばず、この面子だけで執り行うようだ。機密指定の情報も飛び交う事になるだろうから、茶会と言うより朝議に近いな。
「それにしても、私たちよく生き延びたよねぇ」
「まったくだ。様々な打ち手を用意したが、まさか全て出し切らねばならんとは思わなかったよ」
「食料の過剰備蓄や民も居ないのに農村整備するやら、公爵家が健在な内から滅亡後に向けた調略を進めるやら、傍目には理解不能だったわね」
「はい。不本意な事ではありましたが、帝国の工作があまりに早く的確だったもので……」
「気にするな、ヴォルフ。マーガトロイド家は随分前から佞臣で溢れかえっていたからな。あるいは奴らが帝国から送り込まれた工作員だったのだろう」
天涯孤独となった女王陛下が気丈に言う。彼女の家族は戦死したとされているが……。
「ヴォルフ、そんな顔をしないで。虜囚の私を助け出す時にも相当な犠牲が出たのでしょう?あのまま囚われていたら何をされたか……だから、これ以上自分を責めないで」
「……っ」
思わず執務の手が止まりかける。顔を上げると、儚げな笑顔が向けられていた。やめろ、私を浄化して消滅させる気か。思わず目線を手元に戻して執務を再開した。
「確かに、御身の警備はかなり厳重だったと報告を受けています。警護の兵は帝国の諜報員らしき者達で固められていたとか」
「うん、助けてくれてありがとう」
「……恐縮です」
眩しいんだが。黙々と執務していると、苦笑したセレナとフィオナがレアンドラに声をかける。
「レアンドラ、どうせヴォルフは素直には受け取らないわよ」
「まぁねぇ……ヴォルフくんは持ち上げられるのを嫌がると言うより、評価がめり込んでないと気が済まないみたいだし」
とは言え可哀想な物を見るような目で見られるのも何だな。
「……そう言う訳ではないんだが、期待によるプレッシャーに押し潰されるよりはめり込んでいた方が楽だな」
『うーん?』
理解は得られなかったようだ。まぁいつもの事だな。ふと、咳払いした母上が声をあげる。
「……ヴォルフの評価については置いておくとしましょう。それで、今後の国家体制はどうするのかしら。今の戦時体制も含めて、何か考えがあるのでしょう?」
「そうですね、まずは内々に話しておかねばなりませんな」
さて、この時代に受け入れてもらえるだろうか。プレゼン力が試されるな。
午後の茶会は国家運営方針を決める朝議の様相を呈している。青年は今後の展望を見据え、その知謀を巡らせていた。




