第27話:挿絵あり
雪が舞い散り、遠くから響く喧騒が戦場を覆う中、猛将と青年が互いの刃を交わして再び対峙した。その場だけは奇妙な静寂に包まれ、白雪を纏った死神のように二人の影が揺らいでいる。その一人である青年は、冷や汗を浮かべながら猛将に対峙していた。
冗談じゃない。あの膂力は文字通り化物だ。いや目の前にいるんだから本当に冗談じゃないな……一合目は胸甲に柄を添えてのランスチャージから、すれ違いざまに逸らし、火花を散らしながら交錯した。死ぬかと思った。それでも奴を討つか、引きつけねばならない。さもなくば皆が死ぬ。そんな事は到底許容出来ん。
「さぁ、次だ!俺をもっと楽しませろ、若造!」
「……」
奴が馬鹿でかい斧の付いたハルバードで打ち掛かってくる。軽々振り回しているが、しっかり見た目通りの重さだ。穂先の槍の角度から軌道を読み、斜めに逸らす。ギャリィン!という金属音を残しながら、石突を反転して突き掛かってくるのを仰反るように躱し、今度は私が切り掛かる……が、馬ごと離脱してルーブルが躱そうとする。すると白雪の耳がピクリと動き、奴の動きに合わせるように彼女が一歩前に出て追い縋る。そして力を合わせて打ち掛かる……!ガァァン!と音を立てながら、あろうことか奴は刃を柄で受け止めやがった。その柄は木製だよな?こちとらその柄を両断するつもりで振り下ろしたのだが。
少し距離を置いて対峙した時、ほんの一拍だが時が止まったかのような静寂が生まれた。睨み合いながら情報を整理する。ルーブル将軍の異常な膂力とスピード、武具の異常な強度……。
「なかなかやるな!貴様の業前も大したものたが、それにしても良い馬に乗っているじゃないか」
「……」
「まるで騎馬民族と戦っているかのようだぞ!」
「……よく喋る奴だ」
そして並走しながらの打ち合いに移行し、金属音が幾度も響き渡る。確かに、白雪は私が考えている事が解っているかのような動きをする。まぁ私も白雪が嬉しそうな時や嫌そうな時は何となく分かるが、そういうもんなのか?
いや、集中しろ。私が死ねば皆が危ない。私が負けそうになればセレナやフィオナが割り込んで死にかねない。私がこの化物を圧倒しないと……つまり、私がもっと化物になるしかない。
ふと気付けば、白雪が身を震わせてこちらを見上げてくる……そうか、私に付き合ってくれるか。彼女の鬣を撫で、薙刀を握り直す。舐めるなよ、ただの化物め……!
***
雪が強まる中、青年と猛将の一騎討ちはなお激しくなっていく。猛将は闘いを楽しみつつ、虚な胸中が満たされるような感覚を覚えていた。
「オラアァァ!」
「くっ……」
俺がフェイント混じりに打ち掛かると、若造はそれに合わせた角度で受け、ギィィン!という金属音を響かせながら捌いてみせた。まるで動きを読まれているかのような不気味さを感じるが、少し疲れてきたか?流れるように滑らかだった若造の動きに陰りが見えてきている。
「どうした若造!もうへばったのか!?」
「ぜぇ……私に一撃も入れられないような雑魚相手に、ふぅ……へばるものか」
「ほぉ……口は減らんようだな」
「だが、はぁ……ヒトは貴様程度の膂力を発揮し得るとも言える訳だ……」
「何?」
俺も呼吸を整えるか……。かつてどれだけの戦場を渡り歩き、どれほどの強敵を斬り伏せても、この虚しさが埋まった事は無かった。名誉も勝利も血に塗れた祭壇に過ぎず、己の心を満たすものではなかった。この若造は今まで見てきた口だけの有象無象とは全く違うし、俺より弱いのに未だ壊れず、それどころか俺に抗うことを止めない。そうして、若造は荒い呼吸を整えながらなおも言い募る。
「はぁ……私はな、テクニック型だ」
「ん?」
「そして頭脳派で、スピードタイプなんだよ」
「……いや、化け物じみた膂力で全金属製の薙刀を振り回すお前が何を言っている?」
若造が薙刀を握り直し、掲げるように上段に構える。俺もハルバードを上段に構えた。
「それで、だ。テクニック、頭脳、スピードを研鑽した先に何があったと思う?」
「……何の話だ?」
「パワーだよ」
突如若造が猛烈な殺気を迸らせながら人馬一体となって打ち掛かってくる。速い!そして__。
「はぁぁあああ!」
「ぐっ!?」
__重い!先程とは打って変わって荒く、激しい打ち込みだ!甲高いようで鈍く、重い金属音が連続して木霊する。
「クククカカカカカカ!やるじゃないか若造!」
「やかましい!技術も、貴様の行動予測も、何もかも!どれだけ工夫しても通用しないじゃねぇか!ふざけるのも大概にしろ!」
「何の話か知らんが、その調子でかかってこい!」
「結局全部パワーじゃねぇかくそがぁぁぁ!」
「ちょ」
ガァン!バゴン!ギャリィィン!ゴガァン!……なお数合、いや何十合打ち合ったか。このままでは武器が持たないかもしれんな……ん?突然笛の音が響き渡った。それだけでは無い、城から狼煙が五本上がっている……いや、遠くの山からも上がっている!?そして若造は身を翻して駆け出し__。
「射て!」
__俺も咄嗟に馬首を返して駆け出しつつ、矢を斬り払う。気付けば城に近づいていたらしく、城壁上から俺を射程距離に捉えた弩兵の射撃が殺到した……いや、そんな事よりもだ!
「チャーリー!撤退するぞ!総員退却!」
「ルーブル殿!?……承知!総員引き上げ!」
全員が戦闘を停止して退却を始める。参謀の小僧が、敵方は何か仕込んでいるはずだと言っていたが……まったく同感だ。寒気が止まらないのは雪のせいではない。間違いなく、ここに破滅が迫っている。
「全軍、任意に射撃しつつ高所へ登れ!」
『応!』
若造が麾下の重騎兵を指揮して長弓を放ってくるが、徹底した追撃よりも退避を優先するようだ。そして、微かに地響きが鳴っている……まずい、ここは死地だ。さっきから妙な臭いが漂っているが、これは雪の湿り気ではないな。早く小僧を拾って逃げねばならん!
「若造!勝負は預けた!」
「やかましい!二度と来るな!」
本当に口の減らんヤツだな。しかし、山を超えてはるばる来た甲斐があったというものだ。本当に初めて楽しめたかもしれん。
厚い雲が戦場に暗い影を落とし、雪はさらに強まって吹雪き始めていた。猛将は嫌な予感に従って、麾下の部隊ごと猛烈な勢いで逃げ去っていく。帝国軍の将兵は唖然としてそれを見送り、連合王国の将兵は何かに備え、整然と行動していた。




