第22話:挿絵あり
連合王国王都を守る最後の壁として機能する要塞にて、その軍部首脳が集まって軍議を行っていた。つい先日うっかり死にかけた青年は、その経験や新たにもたらされた情報を基に、帝国軍の陣容を再評価していた。
連合王国軍部高官が会議室に集まっている。カーティス、シリウス親子は支城砦に詰めてもらっているが、宰相の私や国軍元帥の父上、元公爵家将軍だったベルモンド大将、とりあえず中尉に任官したロジャー等々に、秘密警察局局長のジャックだ。
「それでは、皆様お集まりですね。今回の防衛戦略についてご説明します」
「いやその、ヴォル……あぁいや宰相閣下。何故前線に居るのか?とかどうして開戦前から怪我をしているのか?といった疑問について納得出来る説明はしてくれるのだろうか」
早速父上から質問が飛ぶ。参加メンバーもざわついているな……確かに、私の出陣は強硬な反対意見が相次いだ為、危うく執務机に縛りつけられるところだった。一時は素直に従って油断させたが、それでもフィオナやセレナが寝ている間すら見に来てたからな。とは言え、父上の言う通り疑念は晴らしておかねば支障が出かねない。
「私がここに居るのは、帝国軍の陣容が想定と違っていた事による戦略の変更を伝える為と、アレックス殿の八面六臂の働きにより内政に一定の目処が立ったからです」
「ふむ、帝国軍に追加の援軍でも入ったのか?」
さらっと流されたけれど、アレックス殿は凄いんだがなぁ。まぁ防衛戦真っ最中では二の次になるか。
「はい、戦象については以前お伝えした想定通り、従軍しています。念の為もう一度お伝えしますが、馬の二倍強の体高で重さは十倍に匹敵する陸上最大級の生物です。ただし動きは鈍重ですので、恐慌を起こさず油壺と火矢、松明で冷静に対処するよう周知を」
「了解」
「承知!」
私の周知に対して、了解の声が指揮官達から上がる。そんな中、彼らの中で最も険しい表情を浮かんでいるベルモンド大将が私を睨みつけながら質問した。
「して、宰相。貴殿が言う想定外とは如何に」
彼には辛い役割を課してしまった。やむを得ないとはいえ、前回戦役で焦土作戦の実行役となってもらったのだ。本来彼が守るべき元公爵家の村落を徹底的に破壊させたのだから、心底恨まれているだろう。しかも彼には今なお非情な任務を課しているのだから、全く救いようが無い。
「はい。帝国軍にルーブル将軍率いる一派が合流しています」
「何と!それは誠ですか!?」
「あの人外が!?」
にわかに軍議がざわつき始める。単騎で千人斬りしただとか、数千の軍勢を蹴散らしただとか訳の分からない逸話の尽きない人物だが……。
「然り。昼間など、四キロメートルは離れた場所から狙撃を受けましてな。うっかり死ぬところでした」
「あぁ……あれは実際よく生きてたと思う」
ロジャーも思い出したのか、身震いしながらしみじみ言う。あれは本当に死ぬかと思った。
*****
あの時、私とロジャーは手頃な木に登って帝国軍本陣を観察していた。
周囲には松の木が生えていた。相変わらず冷たい風が吹いているが……針葉樹の葉は風除けには役に立たないな。だがあまり視界を遮らないし、ねじくれて生えてる松の木は登りやすい。
「見ろ、ロジャー。アレが戦象だ」
「おー、でっけぇな。よくあんな大きさで動けらぁな」
何だか動物園に来たみたいだな……そう思いながら観察を続ける。しかし、陣立てを見るに兵数が六万を超えてないだろうか?とか考えていると、ロジャーが指差しながら呼びかけてくる。
「ヴォルフ、何かゾロゾロ出てきたが……アレらは指揮官じゃねぇか?」
「あー、そうっぽいな」
大男が二人と細身、小柄なのが一人ずつ出てきた。そして他の天幕から出てきた大男がもう一人近づいてくる。その時、強い風が吹いて枯れ葉を巻き上げた。
「何か馬鹿でかい弓持ってんな」
「……」
黒い鎧の大男が弓を手に取る。瞬間、全身から汗が吹き出して、まるで時間が引き延ばされた様に感じた。今までに浴びた事のない殺気、確かな脅威__アレはヤバい。
「ロジャー!降りろ!」
「どわぁ!」
迸る殺気に、放たれる矢を幻視した。やけにゆっくり感じる感覚の中で咄嗟にロジャーを突き落とし、私も身を投げ出す。その瞬間、私の頭があった所を矢が通り過ぎて木に突き立つ。そしてバガン!と音を立てて矢がと木の皮が砕け散る……そして、奴が弓を放った音だろう。バァン!と空気を叩く音が遅れて響き、山々に木霊した。
『おわぁぁああ!』
そのまま私たちは無様に斜面を転げ落ちていった。
*****
みんな開いた口が塞がらないようだ。それはそうだろう、あの距離だぞ?私も意味が分からない……どんな引き重量の弓矢なんだ?ただまぁ私が使う弓でも射られる距離ではあるんだが……この世界の物理法則はどうなっているのか。ぼんやり考えていると、父上が半ば確信しながら問いかけてくる。
「つまり、その怪我は……」
「はい、矢を躱した時に木から落ちまして」
『……』
「もっとも、骨折も捻挫もありませんので問題はありません」
何してんだこいつ、みたいな視線が集まる。少し山肌を転げ落ちたが、それだけだぞ?もしあんな矢が直撃したら木っ端微塵になる所だったが、私は生きている。それはそれとして、気を取り直してプレゼンを続ける。
「ルーブル将軍が率いる軍勢は一万五千ほどです。よって、帝国軍の総数は最大で七万五千と見積もっています」
「ルーブル将軍率いる騎兵に戦象まで来ているのならば、野戦は自殺行為だな……」
「とはいえ包囲攻撃を受けては打つ手がありません。帝国軍の補給体制は万全ですから、いずれすり潰されます」
そう、今回は前回戦役以上に選択肢が少ない。包囲攻撃を防ぐ為には苛烈な反撃が必要だが、ルーブル将軍は騎兵戦闘の鬼だ。私が騎兵を率いて出撃しても、前回ほどの戦果を挙げられないどころかあっさり討ち取られかねない。またぼんやり考えていると、ベルモンド殿から飛び出した質問にジャックが答えている。
「前回戦役のような後方奇襲作戦は不可能なので?」
「はい、ベルモンド大将。山中の集落や、我々の隠れ里にも帝国軍が駐留しています。それぞれ簡易な砦を築かれており、派遣した別働隊の補給目処が立たない以上難しいでしょう」
恐らく後方の兵站線と山中の集落制圧に一万前後は動員しているだろう。これもルーブル将軍の援軍で前線兵力に余裕が出来た為だ。しかも、浸透作戦が難しいのはそれだけではない。
「ベルモンド殿、もし仮に彼が整備した警戒網を突破して五千規模の別働隊で奇襲したとしても、ルーブル将軍率いる騎兵が来援して粉砕されるでしょう。逃げ延びても山中で孤立します」
「左様か……」
ベルモンド殿が残念そうに呟く。前回戦役の後方奇襲が鮮やかに見えたのだろうな。軍議の場が重い空気に包まれる……一見すると詰んでいる様に見えるのだろう。だが、と発言しようとした所で父上に良いところを持ってかれた。
「だが、勝機はあるな」
「はい。ユアン将軍の慎重な行軍により時間は稼げました。その間に整備したこの要塞群ならば、そう簡単に完全包囲はされないはずです」
「しかし宰相閣下……敵の兵站が万全ならば、いくら籠城しても意味が無いのでは?」
指揮官の一人が質問する。余計な事を言う……等と言う訳にはいかない、これも必要な事だ。そして、私も必要な手を打ち、必要な可能性のある事は全て実行する。そう、ここは尊大なほどの自信過剰でぶっ放す。私には舐められないだけの実績がある。
「フックック……何も心配要らんよ。全ては私の術中、連中の負けはもう決まっている。前回戦役同様、連中のほとんどを帝国に帰さん」
「そんな……」
「まさか……」
「我々はすでに勝っている……?」
本日三度目のざわつきだ。父上とベルモンド殿だけは『本当にアレやるのか……』とか言っているが、やるんだよ。他にどうしようもねぇよ。
「ところでベルモンド殿、準備の程は?」
「……あと五日ほどだ」
ベルモンド殿が嫌そうに天を仰ぎながら答える。五日も耐えねばならんのか……厳しい戦いになるな。
「結構、まだ勝ってはいないが、五日耐えれば即ち我々の勝ちだ!この要塞と支城には各五千しか居ない。残りの一万五千は特殊任務中で不在だが、決して悟られるな。この要塞には二万が籠っていると錯覚させるほど苛烈に戦え」
『応!』
「そして、私も騎兵を率いて暴れ回ろう。ルーブルは私が討つ!諸君も遅れを取るな!」
『ヤメロォ!』
私が拳を振り上げて意気を上げると、皆に取り押さえられた。なんでだよ。
会議室に窓は無いが、外では冷たい風が舞っていた。山々を夕陽が真っ赤に照らし、その風景は地獄のようだ。




