第21話:挿絵あり
日が暮れて、辺りに冷たい風が吹き荒んでいる。同じ様に凍てつくような空気が支配する幕舎内部にて、若き参謀は緊張でどうにかなりそうだった。
怖い。覚悟を決めてルーブル将軍に着いてきたけれど、歴戦の指揮官や参謀の圧力は尋常じゃない。何とか軽口で跳ね返したけれど、何回も通じる訳無い。ここに来たからには、どうにかしてヤツの危険性を説かないと。
先に口を開いたのは参謀のゴーンさんだ。よし、まずは参謀トークからだ。頑張るぞ。
「スヴェン殿下、それは今回も前回征伐軍に従軍していた時と似たような推移を辿っているという事でしょうか?」
「その通りです。それでは、前回戦役の経過をご説明します」
「おう、続けろ」
ここからが本番だ。偽りなく、飾らずに敵軍の驚異を説明しよう。将軍も、今のところは私を認めてくれている。
「はい。前回戦役では元公爵家を下すまでは順調そのものでした。一つ目の誤算は、作戦目標を変更せよとの勅令です」
「左様ですか……最初の異常は順調過ぎた事から生じたのですな」
よし、参謀トークにチャーリーさんも参加してくれた。ゴーンさん、ルーブルさんが先を促すように頷いてくれてる。
「二つ目の誤算は、元公爵領都以西の村落と町が徹底的に破壊されていた事です」
「あぁ、帝国軍の仕業だなんだと立札に記されてたアレか」
「井戸には毒まで仕込まれていたとか……まさに悪魔の所業ですが、その効果は推して知るべしですな」
まったく悪魔的だ。ご丁寧に公爵領都から東の帝国領境に至るまでの村落も破壊されていたから、ここに進軍するまでのユアン将軍はずっと頭を抱えていたな……。
それにしても、悪魔か……これもあの時の白い悪魔の仕業なのだろうか。
「はい。悪魔については実在すると思われますが、後述します。そして三つ目の誤算ですが反乱軍の別働隊の存在です」
「確か、殿下とティーゲル将軍の後方拠点を奇襲した連中ですな」
「はい、恥を忍んで敗走しました。規模は五千程と見られ、四千が私の籠る拠点を奇襲、千が投降兵の解放に向かったと見積もっています」
「敵地でさらに兵を分けたのか。敵ながら大した胆力だな」
ルーブル将軍が感心してる。それにしても、今でもあの時を思い出すと震えが止まらない。地元民の案内で間道を抜けてようやく帰って来るのも大変だったが、白い悪魔が巻き起こしていた嵐に比べれば些細な事だ。
「疲れたか?小僧。おい、水くらい用意しないか!」
「将軍、お構いなく」
いけない、思い出した恐怖を悟られただろうか。慌ててチャーリーさんが水を用意してくれた。
「すみません、チャーリー殿……頂きます」
「い、いえ……気が付かず申し訳ござらん」
「ふふ、無骨な武官は頼りになりますから、頼もしいですよ」
みんなが何とも言えない表情を浮かべる。うん、却って気をつかうよね……気を取り直して続けよう。
「そして最後の誤算ですが、おそらくツァーリ大将軍が敗北したという事です」
「信じがたい事ですが……ツァーリ殿が率いていた五万と投降兵一万の内、誰一人生還してませんからな」
ゴーンさんが唸るように言った。そう言えばツァーリ大将軍とは旧知らしい。そしてルーブル将軍が私を見て、確認するように問いかける。
「連中の別働隊が五千なら、ツァーリが相対した敵軍は多くとも一万五千弱だろう?何をどうやったら奴が敗北するんだ」
思わず心臓が跳ねる。戦況の説明に際して、アレの話題は避けて通れない。
「先述した悪魔ですが……彼の地には、悪魔に魂を売り渡した化物が居るという話があります」
「化け物だと?くだらん……」
「私は実際に目撃しました。あの白い悪魔は、少なくともルーブル将軍に匹敵する戦闘能力を持っています」
「誠ですか!?」
チャーリーさんが驚いている。私は目の当たりにした事がないけれど、戦場を駆け巡るルーブル将軍は「人外」とか「破壊神」とか言われている。戦神と呼称されないのは彼の荒っぽさによるものだろう。
「アレは完全武装した近衛兵たちを、魚でも捌くかのように斬り捨てていました……私も斬り捨てられる寸前でしたが、辛くも逃げ果せたのは近衛兵の犠牲によるものです」
だめだ、やはり震えを隠せない。犠牲になった彼らを思うと、涙すら浮かんでくる。噛み締めた奥歯が音をギリギリ音を立てるが、将軍もまた震えていた。
「クククカカカカカカ……」
違う、将軍は嗤っている……アレが白い悪魔なら、彼は黒い化物なのか?身に纏う鎧の色から、そう連想させられる。ふと、ルーブル将軍が席を立ち天幕の外に出る。チャーリーさんとゴーンさんも続いて出て行き、私も着いていった。外ではコージーさんがとんでもない大きさの弓を持ってきていた。どうしたんだろう?
「将軍?」
「……」
彼は無言のまま弓を受け取り、弦を張って山間部を睨む。そしておもむろに矢をつがえ、一息つく間も無く放った。バシン!と大きな音を立てて放たれた矢は、空気を切り裂く音を置き去りにして飛んでいく。人間業とは思えない膂力だ……矢は木々に隠れた山肌に吸い込まれていったが、光の反射だろうか?その周辺で何かが瞬いた気がする。
「避けられたか。まぁ当たるほど間抜けではあるまいな」
みんなが山間部を睨みつけている。あそこに居るのは獲物なのか、あるいは……。
山風が吹き荒ぶ中、帝国軍を担う武官達が山肌を睨んでいる。その山肌は針葉樹に覆われ、そこに潜む存在が何者かを覆い隠していた。




