課題5 熊の襲来を回避せよ③
ロイがアルフレッドと対峙していたその時間、キャロラインは部屋でいつになく落ち着きがなかった。その原因はもちろん兄であるアルフレッドだ。
昨夜いつもより早く帰宅した父親であるロバートを交えて、久しぶりに家族水入らずで夜ご飯を取った。話題のほとんどは国立公園の熊騒動で、キャロラインが巻き込まれたことに対して、アルフレッドとロバートは手がつけられないほど怒っていた。主にその怒りはサブローに向けられており、サブローとどうスキンシップしようかとの話が続いたが、サブローの処遇が決まった後は、キャロラインと共にいたロイの話になってしまった。
ロイの名前を聞く前に帰ってきていたアルフレッドは、ロイの名を聞くと再び暴れだす。それをすかざすロバートがネモと同様顎を殴り吹っ飛ばしたお陰で、アルフレッドは静かになった。
どうやらアルフレッドへの対応は顎を殴ることで統一されているらしい。キャロラインだけが知らなかった邸のルールをこのような機会に知ることになってしまい、キャロラインは少しだけ複雑な心情であった。
だがそんな感情に浸る時間もない。ロバートに取り押さえられているがロイとの関係が気になって仕方がないアルフレッドと、冷静ではいるが目が笑っていないロバートの2人を誤魔化さなくてはいけない。
「ロ……シュバルツ次期公爵様とは偶然お会いしただけです。お兄様にはお伝えしましたが、私はネモと泉へ来ていました。そこで偶然お会いしただけで……それだけです。」
ロイの身を守るための嘘であるが、自分の口からロイとは無関係と伝えるのはなんだか心が痛かった。誤魔化すための嘘だとしても、口からその言葉を出すことがこんなに辛いとは思わなかった。
「キャロライン、お前は熊のことを考えてあの場所に行かないようにしていた……なのに急にどうして出向いたのだ?」
「……一度行ってみたかったのです。私は夜会に出かけているのはお父様もご存知でしょう?夜会でよく泉の話をご令嬢達が楽しそうに話しているのを聞いていまして……あまりに美しいと皆が口を揃えて言うため……一度見ておきたかったのです。それで……ネモに頼んで一緒に行ってもらっていたのです。」
「行きたいと言ってくれれば、この兄が連れて行ったのに!!」
「お兄様はお忙しいですし、それにお兄様が一緒に行けばさらに熊が怖がってしまいます。そんなことしたくなくて……。」
「キャロライン!!お前は兄のことも熊のことも考えてくれていたのか!!!お兄様は嬉しいぞ!!!」
「……アルフレッド落ち着きなさい。男なら泣くんじゃないよ。」
「ですが父上!!キャロラインが私のことを考えてくれているのですよ!こんなに嬉しいことはありません!!!」
「お前の気持ちはよくわかる!私だってキャロラインを連れて行きたかったぞ!」
「お父様はさらにお忙しいですので……。でも次はお誘いしますね。」
「キャロライン!!!アルフレッドきいたか!キャロラインが次は私を誘うと約束してくれたぞ!!」
「父上ずるいです!キャロライン、兄も誘ってくれるよな?」
「……はっはい!もちろんです。お父様もお兄様も大好きですので、一緒に出かけたいです!」
「キャロライン!」
アルフレッドとロバートは感極まって泣き出し、何故か2人で抱き合って喜びを噛み締めていた。
「キャロライン……後は任せない。」
ロイのことはとりあえずなんとか誤魔化せたようだ。キャロラインは本当にこれで大丈夫か不安であったが、そんなキャロラインの気持ちに気が付いたのか、エリーヌがキャロラインに優しく語りかけた。その目はとても優しく慈愛に満ちていた。
「お母様?」
「安心しなさい。お母さんはキャロラインの味方よ。バロックから話は聞いているの。今度お母さんに彼のことを教えてね。」
「お母様……」
「あの2人は任せなさい。あなたは今日のことで疲れて先に休んだと伝えておくわ。キャロライン、今まで我慢させてごめんなさいね。あなたの気持ち分かっていたのに……気付かないようにしていたのよ。でも……キャロラインの幸せを願うわ。あなたが選ぶ人なら大丈夫。不安なことも多いとは思うけど、あなたの気持ちに素直になってね。もし困ったらこれからは私があなたを守るわ。特にあの2人からね。安心して、お母さん強いんだから。ほら……お部屋に帰りなさい。」
エリーヌが任せなさいと言うため、キャロラインは横目に未だ抱き合いながら泣いている2人を見て、そのままエリーヌに頭を下げると食堂を後にした。
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これが昨夜の出来事だ。エリーヌがその後うまく二人を鎮めてくれたお陰で、昨夜は部屋に来られることはなかったし、朝も呼び出されることはなかったが、ネモからアルフレッドがロイの名前をぶつぶつ呟き、目を血走りながら邸を出たと聞いて、ロイの身を案じていた。
部屋で何時間悩んでいたか分からないが、キャロラインは入室の許可を願う扉を叩く音で我に返った。
「どうぞ。」
「失礼します。」
アルフレッドに破壊された扉は使用できないため、急遽仮で作られた部屋に合っていない簡素な扉が開くと、ネモが小さな箱を抱えて入ってきた。
「キャロライン様、お届け物ですよ。」
嬉しそうに微笑みながらネモが渡してきた箱を受け取ると、小さな箱の上に1輪綺麗な紫色の花とメッセージカードが添えられていた。リボンで止められていたメッセージカードを抜き取り文面を確認すると、そこには「甘いもので心を休めてください。」と書かれていた。
「ロイ様……。」
短い文面だけでも優しさが伝わってくる。だがいつもよりシンプルすぎる文面にキャロラインは少し寂しさを覚えていた。キャロラインは無意識に表情に出していたのだろう。ネモはキャロラインの異変にすぐに気が付いた。
「キャロライン様、ロイ様なりのご配慮ですよ?」
「どういうこと?」
「文面が当たり障りのないもので寂しさを覚えているのでしょう?」
「ネモ!!……どうしてわかるの……」
「キャロライン様のお側にずっといますので……キャロライン様はすぐにお顔に出ますのでわかります。」
「もう!私の顔を見て心の声を聞かないで……。でも配慮とは?」
「万が一贈り物を家族の者……特にアルフレッド様と旦那様に、いつもの花束や甘い言葉のカードが見られたら……言い逃れできなくなります。」
「そうね……」
「ですから今は気が立っているお二人を刺激しないよう、キャロライン様へのお見舞いの品とも受け取れる贈り物をなさったのですよ。」
「それで花束ではなかったのね。」
「ですがお2人には気付かれない、ロイ様のお気持ちはきちんと添えられていますよ。」
「この花のこと?」
「はい。この花はフジと言います。異国の花で珍しいものです。」
「フジ……」
「花言葉は……決して離れない」
「えっ?!」
「ロイ様の強い想いが伝わってきますね!」
「決して離れない……」
キャロラインは添えられていたフジの花を見つめる。キャロラインがサブローに蹴りを喰らわせた後、真実を話せないキャロラインに向かって最初にロイが言ってくれた言葉が決して離れないだった。
全て洗いざらい話してもロイの対応は変わらなかった。だが心のどこかでロイがキャロラインのことを今後避けるのではないかと不安であった。
そんなキャロラインの気持ちを見透かしていたかのように届いたフジは、ロイの言葉に嘘偽りがないことを教えてくれていた。
「ロイ様……」
キャロラインはフジを手に取ると自然と涙が流れていた。泣いているのに心は温かい。ロイの優しさに触れ、安心したのか嬉しい気持ちは涙となって溢れていた。
「よかったですねキャロライン様。ロイ様はキャロライン様のお考えなどお見通しですね。」
ネモはとても優しい声でそう呟くと、そっとハンカチをテーブルに置き、しばらく部屋でキャロラインが1人になれるよう、そっと部屋を後にするのであった。
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