課題5 熊の襲来を回避せよ④
アルフレッドが息巻いて出かけた日の夜、キャロラインはロイがどうなったか心配で仕方なかったが、帰宅したアルフレッドがとても嬉しそうにロイのことを褒めていたため、ロイの無事が知れキャロラインは胸を撫で下ろした。
それよりも気になったのは、ロイのことを褒めすぎていることだ。部下の話はよく聞いたが、騎士ではない人物の話をアルフレッドの口から聞くのは珍しく、朝ロイに対して敵意があったはずなのに、今では手のひらを返したようにロイを褒め称えており、違和感を感じていた。
だがそんな話をするつもりもなく、キャロラインは愛想笑いを浮かべ返事をしその場をやり過ごし、部屋に帰って行った。
その日以降もアルフレッドの口からロイとの関係を聞かれることはなかった。その代わりロイと共に仕事をしていることをとても楽しそうに話してくれるようになり、すっかりアルフレッドはロイに心を許しているようであった。
ネモもそのことに気がついているようで、一度「恐るべしクレマチス……」と小さく呟いていたのを聞いたが、キャロラインはそれに触れることはしなかった。
キャロラインとロイの交流は相変わらず続いていた。手紙のやり取りは毎日行い、時間を見つけては2人でお出かけを楽しんだ。毎回会う度にキャロラインはお手製のお菓子を持参するようになった。最初は堅かったクッキーも練習を積むに連れ上達し、今ではクッキー以外も作れるようになった。ロイはキャロラインのお菓子を毎回嬉しそうに食べ、美味しいと必ず伝えてくれた。
キャロラインはロイからの言葉が嬉しく、その言葉を聞きたくて努力をしていた。もちろん最初からうまくいかないため、練習で作ったお菓子は使用人の人にあげたり、アルフレッドにあげたりしていた。
ロイのために練習しているためのお菓子をもらっているなど知らないアルフレッドは、毎回大喜びでキャロラインのお菓子を受け取り、邸中に自慢して歩き回るのがもはや恒例となっていた。喜んでくれるのは純粋に嬉しかったが、アルフレッドのために作っていないため、キャロラインはほんの少しばかり後ろめたい気持ちを抱いていた。
「どうかしら?」
今日もキャロラインはお菓子作りの特訓だ。出来上がったものをまずはネモと料理長に食べてもらうが、この瞬間が1番緊張する。
今日も恐る恐るネモと料理長の顔を祈るように見つめていたキャロラインは、2人の顔がお菓子を食べた瞬間綻ぶのを見て胸を撫で下ろした。
「美味しいです!キャロライン様!大成功ですよ。」
「ええ……。腕を上げられましたね、お嬢様。ガトーショコラのこのしっとり感、本当によくできております。」
「ありがとう、2人とも。」
キャロラインは2人の言葉に笑顔で返すと、一口フォークで切り取ってガトーショコラを口に含んだ。甘すぎずビターなガトーショコラは驚くほどしっとりしており、本当に美味しかった。
今まではキャロラインが作りたいお菓子を作っていた。ロイが無理しないようにしてくれたお陰だ。でもキャロラインの願いはロイが食べたいお菓子を作ることであった。何度となくお菓子を作るようになり、だいぶ慣れてきたためキャロラインは意を決してもう一度ロイに食べたいものを聞いてみた。そこで返ってきた答えがガトーショコラだったのだ。
ロイからの具体的なお願いにキャロラインはいつも以上に張り切り、練習も沢山した。その都度付き合ってくれたネモと料理長には感謝しかないし、喜んで受け取ってくれるアルフレッドも有り難い存在だった。
キャロラインはアルフレッドが喜んでくれるため、今まで作ってきたお菓子を渡していた。父親に渡さなかったのは、何か勘付かれるかもしれないと勘繰ったからだ。アルフレッドはキャロラインバカなため何の疑いももたず、ただキャロラインのプレゼントを喜んでくれるはずだとネモに言われたことも関係している。
アルフレッドは当然のように喜んでくれ何の問題も今まで起きなかったが、キャロラインもネモも大切なことを忘れており、それがまた一つ波乱を巻き起こすなど考えてすらいなかった。
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「今日もご機嫌だな、アルフレッド。」
王太子であるウィリアムの部屋で鼻歌を歌いながら警護に当たるアルフレッドが珍しく、ウィリアムは仕事の手を止め尋ねる。気になるのはもちろんなのだが、歌がうるさすぎて仕事に集中できないのが本当のところだ。
「分かりますか!ウィリアム殿下!!!」
「お前……圧が凄いって。」
「聞いてくれますか!!!キャロラインが!私の可愛いキャロラインが!!!このところ毎日私にお菓子を作ってくれるのですよ!!!どんどん腕を上げて……味も美味しくて……キャロラインは天才だと思います!!」
「それはよかったなー。」
「仕事終わりにキャロラインの手作りお菓子は身に染みます!!キャロラインのお菓子が待っていると思うと仕事も捗ります!」
「それはよかったなー。」
「聞いていますか?!それに最近私の予定を聞いてくれるのです!」
「ほう、予定とは?」
めんどくさそうに話を聞き流していたウィリアムは、直感で面白そうだと判断しつい話を深掘りしてしまった。
「気になりますか!!!お菓子をくれる際キャロラインは明日の帰宅が遅いのか、最近仕事は忙しいのか、早く帰ってくる日があるのかと聞いてくれるのです!!!」
「お前それ……キャロライン嬢がどんな気持ちで聞いていると思ってる?」
「そんなの私の身を案じてくれているからでしょう!!!キャロラインは優しい子です!私が仕事で忙しいのを心配してくれているのですよ!!!」
「お前……たぶんそれ別の理由があるのではないか?」
「何をおっしゃいますか!キャロラインは私のことを好きだと言ってくれています。妹が兄のことを考えてくれるのは当然ではありませんか?私は常にキャロラインのことを考えております!!」
「それはお前が特殊だからだ!いいか、だいたいその年頃だとな普通は兄弟のことではなく……例えば想い人や恋人を考えるだろうな。」
「こっ……恋人……」
アルフレッドはその短い言葉に狼狽え、危うく転びそうになっていた。
「例えばだよ。そう考えるとキャロライン嬢の行動も違って見えるだろう?恋人に食べてもらうためにお菓子を練習していて、その練習で作ったお菓子をお前にあげているとか、お前の帰宅や仕事を気にするのは、お前に見つからないように予定を聞き出しその間に愛しい人と逢瀬をする予定かもしれないだろう?」
「そっ……そんな。」
アルフレッドは先程の上機嫌が嘘だったかのように顔を真っ青にしている。信じたくはないが、ウィリアムの説明は辻褄があっていた。
「まあこれは仮の話だ!軽く流してくれ……おいアルフレッド?」
「……ります」
「は?!何だって?」
「今すぐ帰らせていただきます!!!」
「お前仕事!」
「ならばすぐに代わりの者を用意します!」
「まてまて、職務放棄はさすがによくない!私の警護は後少しで交代だ。そこから帰れ。それなら許す。」
「わかりました……。ではウィリアム殿下、キャロラインは誰と逢瀬を重ねているとお思いですか?」
「何故それを俺に聞く?」
「気が気ではないからです!今この場から去れないのなら、相手を探す時間に費やします!」
「それをしてどうする??まさか……潰す気か?!」
「……そんなことしません!!!ただ知りたいのです!お願いです教えてください!でないとこのまま……」
「待て待て物を壊そうとするな!!!とりあえず落ち着け!!私だってそんなことわかるか!!彼女と最近接点があったのはシュバルツ家の長男ぐらいだろう?」
「あいつか――!!!」
「おい仕事!!」
「時間です!!これで失礼します!!!」
アルフレッドはウィリアムの制止を聞かずに部屋を飛び出した。確かに時計を確認すると時間であったが、交代要員が来る前に部屋を出れば、ウィリアムの警護が不在となるのに、そんなことお構いなしに飛び出して行ったしまった。
熊の雄叫びなのかと錯覚しそうになるアルフレッドの叫び声が遠ざかり、反対にもの凄い勢いで部屋を目指す足音が近づいてくる。
どうやら廊下ですれ違ったらしいアルフレッドと交代する騎士が、ウィリアムの警護をするために慌てて駆けつけたらしい。
「すまないね。」
ウィリアムは駆けつけて息が上がっている騎士に謝罪をし、仕事に戻ろうとする。だがそんな彼に1人の人物が声を掛けてきた。
「兄上、随分騒がしかったですが何かございましたか?」
「ああ……ジル!アルフレッドが少々取り乱してね。」
「妹君のことですか?」
「そうだ。最近妹君からお菓子をもらったり、帰宅時間を聞かれると嬉しそうに話すから、それはアルフレッドのためではなく、恋人のためではないかと冗談で言ってしまったんだよ。」
「冗談で?」
「あまりにしつこいから、妹君と接点があるシュバルツ家の長男ではないかと話したら……あの様だ!」
「兄上……。余計なことをしましたね。」
「ジル……どうした?」
「知らない方が幸せなこともあるんです。優しい嘘は見て見ぬふりをするべきなんですよ。それなのにあなたは……」
「俺もしかして……まずいことを言った?」
「…………どうでしょうね。少なくとも兄上には近いうちに頑張らなくてはいけないことが起こると思います!」
「どういうことだ?!おい!!!」
狼狽えるウィリアムの問いかけには答えず、ジルは部屋を後にした。
「兄上……クレマチスを怒らせたこと……後悔しますよ。」
ジルは帰り道に小さく呟くと、これから起こる波乱とロイの行動を見守ることにした。
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これで課題5は終わりです
明日からは課題6に入ります
続きは明日の11時に更新予定です
引き続きよろしくお願い致します




