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デブだけど、エルフだからいいよね?  作者: EZOみん
第四章 急転直下
18/24

はったりは、勢いが大事

 朝方まで降り続いた雨の影響で、森の湿度は高かった。

 気温の上昇もあいまって、ただ立っているだけで肌に汗が噴き出してくる。


 しかし問題は暑さではなく、時間だった。


 リタ達は追跡を開始して以来、都合三回目の停滞に陥っていた。もちろんマルコは懸命に痕跡を調べているのだが、成果ははかばかしくなかった。


 見つからないのではない。痕跡が多過ぎるのだ。


 雨上がりの森で跡を残さずに移動するのは難しい。

 だが、誘拐犯達は偽の痕跡を混ぜた分岐をつくり、追跡をかわそうとしていた。マルコは最初の分岐では正しい痕跡を見つけられたが、次は間違えてしまい、分岐点へ逆戻りする羽目になっていた。


「犯人はただの軍人崩れじゃない。長距離偵察隊にいた奴かもしれないな……」


 リカルドが呟く。リタが聞き返した。


「長距離偵察隊? 軍司令部直轄の精鋭部隊じゃない。なぜそう思うの?」

「森を踏破し、姿を隠しながら慎重に情報を集め、標的を拉致して離脱。追跡を避ける為に偽の痕跡まで使いこなしています。一般の兵士にできる技ではありません」

「なるほどね。もしそうなら、かなり手強い相手ね」リタは表情を険しくする。


 母の声が届かぬほどに、マルコは必死になっている。

 彼は狩の専門家でも追跡の専門家でもない。

 それでも今いるメンバーの中で誘拐犯を追えるのは、自分しかいないとわかっていた。


 正しい痕跡を発見したのは、それから十数分も後のことだった。




 男達はバフを中心にして、天幕の入り口近くに集まっていた。

 常に誰かがシルビア達に目を向けており、逃げ出すチャンスはなさそうだった。


 シルビアはちらちらと隣にいるアデレードを盗み見た。

 その仕草に気付いているだろうに、アデレードは無関心を装ったままだ。


 意を決し、ようやくシルビアは小声で話しかけた。


「ハイ、アデレード」

「止めて下さらない、馴れ馴れしい。貴女にそんな呼び方を許した覚えはありませんわ」


 アデレードは顔を向けない。精一杯、威厳を保とうとしているようだ。

 シルビアは斬って捨てるように言い放った。


「いい加減にしてよ、この間抜け」

「なんですって?」目を剥くアデレード。

「こんな馬鹿馬鹿しい状況で、御機嫌ようミス・フォアマン、と言えとでも? 連中の相談が終わったら、わたし達ひどい目にあうわよ。お父さんがどうされたか、見たでしょう?」

「それは……だからと言って――」

「やめてってば! 今は学校で取り巻きの娘達に囲まれているわけじゃないのよ。わたしだって嫌だけど、協力し合うしかないわ。わからないの、そのくらい!」


 屈辱に頬を染めたものの、アデレードは判断を誤らなかった。


「どうしろと仰るの?」

「――ありがとう。まず、少し聞かせて。ここはどこ?」

「さぁ、詳しくは。私はお父様に旅行と言われて着いてきただけです。貴女、山小屋に逗留なさっていたのでしょう? そこから少し離れた森の中、としかわかりませんわ」

「それなら、大丈夫ね。時間を稼げば助けがくるわ」


 安堵するシルビア。

 アデレードは怪訝な顔をしたが、シルビアは次の質問に移った。


「どうしてわたしがあの山荘にいるってわかったの?」

「私は存じませんが、成績優秀なミス・ボックなら、少し考ればおわかりになるのではなくて? 商家の御屋敷には、口の軽い方もいらっしゃるでしょう」


 アデレードの指摘は正しかった。

 シルビアは静養に出かけただけであり、行き先は複数の使用人が承知している。寄宿学校の関係者とでも名乗れば、聞き出すのは簡単だろう。この近辺に人家はマルコの山荘だけだから、その気になればすぐに特定できるはずだ。


「そうね、その通りだわ。でも、一々嫌味を挟むのは止めて下さる?」

「あら、別に。貴女のようなさもしい方にそう言われるのは、心外ですわ」

「どういう意味よ?」


 さすがに声を尖らせたシルビアに、アデレードはぴしりと言った。


「寄宿学校は知識と礼儀作法を学び、健康な心と体を養う場です。学業の優劣は、あくまで結果として出るだけのもの。それを貴女はなりふり構わず、なんでも一番、一番ってみっともない! 飢えた犬のようななさりようは、目にあまりますわ」


 シルビアは頬を張られたような表情になった。

 膝立ちになって、叫ぶ。


「悪かったわね! わたしは自分の力だけで、評価を勝ち取らなくちゃならないのよ! そっちはなによ。あなた達は、いつも大勢で徒党を組んでいるじゃない。わたしが気に食わないなら、自分一人だけで堂々と文句を言ってみたらどうなのよ!」


 アデレードも叫び返す。


「徒党なんて組んでませんわ! あの学校の中では、勝手にそうなってしまうだけよ。貴女こそ、そうして他人を小馬鹿にしているから、誰にも理解されないのよ。なんでも一人でやっていけると思うなんて、傲慢だっておわかりでしょうに!」

「大きなお世話よ! あなた達の理解なんて……」言葉が途切れる。


 天幕中の人間が彼女達を注視していた。

 例外は気絶しているフォアマンだけだった。


「とにかく時間を稼ぐのよ」シルビアが囁く。


 バフはゆっくりシルビアの前にくると、彼女の顎をつかんで、無理矢理立たせた。


「呆れた娘っ子どもだな。度胸がいいのか、馬鹿なのか」


 バフはシルビアを突き飛ばすと、今度はアデレードの前にしゃがみ込んだ。


「金が足りないんでな。お前達は売春窟に売り飛ばすことになったぜ。恨むなら、情けない親父を恨むんだな。ま、男爵様はこの場で俺達がぶっ殺しちまうんだが」


 周りの男達が下卑た笑い声を上げた。

 彼女達に性的な視線を向ける者すらいる。


 シルビアは震える手でペンダントを握った。


 丁寧に研磨された滑らかな表面を弄り、強く握って震えを止める。

 深呼吸して体を起こすと、バフの部下達に向かってたずねた。


「ねぇ、幾らだったの? 誘拐の報酬って」


 痩せた男が反射的に答えた。


「金二十枚だ。ったく、貴族だからって信用し過ぎたぜ」

「金二十枚?」


 大げさに驚いて見せた後、シルビアは可笑しそうにふき出した。

 いや、はっきり笑っていた。状況がつかめない男達の前で、たっぷり十数秒は笑ってみせた。

 さっと笑いを切り上げると、今度は呆れたように叫ぶ。


「二十枚! まったく冗談じゃないわ、たったそれっぽっちで! 金二十枚なんて、わたしのお小遣いにも満たない額じゃないの。ねぇ、わたし達を幾らで売るつもりか知らないけど、お父様なら金五百枚は軽く出すわよ」

「ごっ……五百、だと?」問い直した男に、シルビアはぴしゃりと言った。

「五百でも千でも出すわ。出すに決まっているじゃない、そんなはした金!」


 きっぱりした言い様に、ざわつく男達。

 彼等が夢見たこともない大金が、突然現実味を帯びて――実際にはただ言葉の上だけの話なのだが――目前に現れたのだ。

 舌打ちするとバフは立ち上がり、怒声で部下を制した。


「おい、乗せられるんじゃねぇ! 黙ってそんな金、出す馬鹿がいるか!」

「出すわよ。わたしのお父様はね、娘絡みのごたごたを、これ以上世間にさらしたくないの。そういう噂は、少しは耳に入っているんじゃないかしら?」


 シルビアの言葉をアデレードが補強した。


「ええ、醜聞は好ましくありません。まぁ、わたしの家も最低四百は出せますわ」

「馬鹿言うんじゃねぇ。男爵が金を払えねぇから、代りに売られるんだぞ、お前等は!」


 とたんにバフが噛み付く。

 だが、それはアデレードの罠であった。


「あら、そうでしたわね。でも、私にはお母様もおりますのよ? 申し上げるまでもありませんが、貴族のね。悲しいことにお父様とは別居して生家におりますが、私のためならばそれくらいは出して頂けますわ。それに」


 父譲りの尊大さをにじませて、アデレードは男達をねめつけた。


「貴族は横の繋がりが強いのです。事業に失敗しようと、罪を犯そうと、貴族は貴族。経緯はともかく、万が一お父様を殺すようなことがあれば、徹底的に追い詰められますわよ」

「よう、バフ……やっぱ、殺すのはまずいんじゃねぇのか?」


 痩せた男がおずおずと言った。


「なにびびってやがる? こんな場所で殺ったことが、バレる筈ねぇだろう!」

「ボック家の執事が嗅ぎまわっている――お父様はそう仰ってましたけど?」


 アデレードが渡したバトンを、シルビアは落とさなかった。


「まぁ、そうだったの。当家の執事は、貴族の出。しかも、実の兄が貴族院の議長なのよ。このままわたしやフォアマン家の人間が失踪すれば、どうなるかしら? きっと皆さんは、わずかな対価を使う暇もないでしょうね。お気の毒だわ」

「ふざけるな! 貴族共にびびってギルドが勤まるか!」


 バフはシルビアを殴り倒した。

 床に転がったシルビアはバフを睨みつけ、素早く立ち上がった。ここが勝負どころであった。


 顔を腕に擦り付けて鼻血をぬぐい、ペンダントをぎゅっと握る。


「そう、あなた達はやっぱり犯罪ギルドの人間だったのね。確かにギルドの力があれば、貴族の報復から逃れられるかもしれない。でも、今回は駄目よ。――あなた、この誘拐依頼、ギルドに無断で請け負ったでしょう!」


 バフの顔を本物の狼狽が覆った。

 確信を得て、シルビアは優勢に立った。


「図星なのね? おかしいと思ったのよ。ギルドを通しているなら、男爵が破産しているのを知らなかった、なんてミスはありえないもの! 下調べが杜撰だったわね!」


 男達の間に、はっきりした動揺と混乱が生じた。


「おい、なんだと? ギルドに無断だって?」

「バフ、話が違うぜ!」


 シルビアはさらに畳みかけた。


「勝手に動いた連中を、ギルドが守ってくれる? むしろ迷惑な裏切り者として、突き出されるに決まっているわ! わたし達を解放して、たっぷりの金貨を手に入れるのと、どっちがいいのか、ちゃんと考えなさい!」


 たちまち男達は言い争い始めた。

 バフの支持者は見張りをしていた男だけで、後からきた四名はバフの計画に反対している。

 反バフ派の方が多いのだが、その分、てんでバラバラな主張をしていた。


 シルビアは注意を引かないように数歩下がると、アデレードの横に座った。

 殴られた怪我も気にせず、声をひそめ早口で話し始める。


「助かったわ、アデレード。お陰で上手くいった」

「適当に合わせただけですわ。私は貴女ほど、下賎な方達に詳しくありませんもの」

「半分以上あてずっぽうよ。わたし、群れている人達嫌いだもの」


 嫌味が聞こえなかったように、アデレードは返した。


「金二十枚がお小遣いですって?」

「金貨どころか、銀貨一枚ももらったことないわ。渋いのよ、お父様は」とシルビアは眉をひそめ、「でも、いいわね。あなたにはお母さんがいるのよね」とうらやんだ。


 シルビアから目をそらし、アデレードは淡々と答えた。


「だから貴女は無神経と言われるのですわ。母親がいい人間とは限りません。お父様はきっと本当は、私よりお母様をここに連れてきて、復讐が成った瞬間を見せつけたかったのですわ。お父様が破産した時のお母様の仰り様は、私から見てもあんまりでしたから」


 アデレードは昏倒している男爵に目を向けた。


「まあ、他にも色々とね。だからお母様よりは、幾らかお父様の方がまし――そう思って、私はフォアマン家の屋敷に残ったのです。どうやら間違いのようでしたけど」微かなため息。

「ああ、その……ごめんなさい。いえ、謝るのも失礼かしら」

「ふん。ええ、よろしいですわ。無知ゆえの無礼は許して差し上げます」


 つん、とした横顔にシルビアは苦笑した。


「とにかく、早く学校に戻りたいですわ」


 アデレードはぽつりと言った。

 恐らくこの黒髪の少女にとっては、学校こそがわずかな救いの場所だったのではないだろうか。


 言い争いは期待通りに長引いている。

 しかしながら、彼女達に打てる手はもう打ち尽くしていた。

アデレードのキャラ造形はもう古いと言えば古いのですが、こういうの好きなのです。


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― 新着の感想 ―
いやもうこのお嬢様達好きだわ(´艸`*) え、古い? いやいやこんなキャラも物語を美味しくするんですよ(´艸`*)
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