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Episode11 いつまでも、綺麗でありますように。




[蒲田くんも、お疲れさま。最後の試合、残念だったね。

てか、受験勉強なんて嫌なもの思い出させないでよ……(笑)]


 送信し終わると、私はさっき真香ちゃんにもらったあの箱を空高く掲げた。

 なんとなく想像はできるけど、やっぱり中身が見てみたい。悲しくなった時、って言ってたけど……、今でもいいのかな。

 恐る恐る、ラッピングテープに手を出したところで、またスマホが鳴った。


 長いメールだった。



[その受験勉強なんだけどさ、一緒にやらない? オレも勉強超苦手でさ、色々教えてほしいんだ。

場所は……どこでもいいんだけど。よかったらうち、来る? 三人家族にしてはでっかい家だからさ、ゆったりしていけるよきっと。

ついでに、他のことも色々話していたいな。勉強ばっかじゃつまんないじゃん?学校のこととか、ゲームのこととか、とにかく喋ってたいんだ。

それと……、あのとき藤井には全否定されたけど、藤井がオレの彼女候補だっての、あれ割と本気だってオレは思ってるんだ。本当はそれも、別れ際に言いたかったんだけど]


 最後の数行の文字がくるくる回転しながら、私に迫ってくる。

 告白された…………って、こと?


「ずるいよ」

 呟いた口元が、またちょっと歪んだ。

 ぜったい嘘に決まってる。本当は、あの場で言うつもりなんてどのみちなかったんだ。後でカッコつけて、メールで送る気だったんだ。そうに決まってる。

 蒲田くんは、ずるい。


 顔を無理矢理歪めて何かを堪えながら、私は身体を起こした。

 震える手が、つうっと画面をなぞった。


 ……あ。

 このメール、まだ続きがある…………。



[そうそう。

そろそろ、ちょっとしたサプライズがあるかもよ?]


 そこでメールは終わっている。

 何だろう、サプライズって……。

 よく分からないけど、期待してもいいのかな。不思議と、そんな気がする。


 悔しかった。

 なんかさっきからずっと、私が貰ってばっかりだ。


 いつの間に、蒲田くんに追い抜かれてしまったんだろう。

 いつの間に、みんなから遅れを取ってしまったんだろう。


 ダメ。これ以上俯いてたら……。

 そう思ってついた後ろ手が、何かに触れた。

 紙だ。違う、写真だ。

 拾い上げた私は、言葉を失った。



 そこに写っていたのは、土手上の草むらの中で微笑んでいる私。

 スマホの画面を見つめながら、テンジクアオイに囲まれて寂しそうに笑う私の横顔だった。

 輝く夕陽をバックに────


 えっ!?

 私は後ろを見、すぐに前を見た。

 笑いながら立ち去っていく二人の男の人が見えた。どこか見覚えのある花たちが、ぐるりと周りに群生しているのが見えた。そして今、私の目の前には真っ赤な太陽が煌めいているのが見える…………。


 やられた。

 その時、全てを悟った。

 蒲田くん、六郷さんたちとの別れ際に頼んでいったのか。私の写真をインスタントカメラでこっそり撮って、こっそり渡すようにって。

 それが、サプライズの意味だったんだ。

 それにしても、いつの間に顔を見せていたんだろう。しばらくぶりのその光に、私は思わず目を細めた。

 ああ、太陽ってあんなに暖かかったんだ……。

 後ろに置いた手を、私はそっとまさぐった。寄り添って咲いているその花に、私はそれまで気づいてもいなかったんだ。黄色の花を咲かせる、テンジクアオイに。

 『偶然の出会い』に。



 写り込んだ私。

 小さく丸いその背中は何だかすごく、悲しそうに見える。

 夕陽が綺麗だから、余計にそう思うのかもしれないな。逆光のせいかその顔は暗くって、周りに影のない開けた光景は私が孤独だってことを主張してるような気がした。


 それでも。

 この私は、笑ってた。

 寂しくても、ちゃんと前を向いてる。そんな感じのする笑みが、浮かんでた。


 これが、さっきの私だったんだ……。







「……泣かないからね」


 それだけ、言った。

 誤魔化すために頬をちょっと拭ったのは、秘密にしようって思う。



 きっとこれで、プラマイゼロだ。

 あんなに曇ってた空には隙間が出来て、そこから覗いた太陽が私を温めてくれてる。明るい色をしたたくさんの花たちが私を取り囲んで、元気を出してって微笑んでる。

 真香ちゃんにぶつかって自転車は壊れちゃったけど、贈り物をくれた。なんとなくだけど、中身はきっとハンカチじゃないかなって思う。あの子、刺繍がすっごく好きだったもん。

 蒲田くんにばったり会ったときは不運を呪ったけど、本当のことを言えてよかった。なんか分からないうちに告白……っぽいものまでされた。

 これで、全てが釣り合ったんだ。

 やっぱりあの法則は、間違ってなんかいなかったんだ。今は、そう思うんだ。


 なんだか無性に、嬉しかった。


 きいっ。

 チェーンの間にバールを差し込むと、私は力を込めた。

 可愛らしい悲鳴をあげて、チェーンはもとに戻った。川崎さんから受け取ったバトンは確かに、この瞬間の未来をつないでくれた。






 ……この河原で、この街で、私が学んだこと。

 いっぱいある。

 例えばそれは、出会いがあれば必ず別れもあるってこと。何だってそうだよね。それが人であってもモノであっても、いつか別れは必ず来る。だからそれまでに私ができるのは、目一杯時を楽しむこと。それに尽きるんだと思う。

 偶然の出会いも偶然の別れも、きっとそれはそこかしこに転がっている。それに気づけるかも、気づいたそれをどう思うかも、自分次第だから。

 きっと、私は忘れない。これから先ここを通ることがなくっても、それは絶対に無駄にはならないんだ。

 だから、私は安心して未来を見つめていればいい。明日からの新しい日常を、今までとおんなじように精一杯生きればいい。

 ねえ、そうだよね。


 ……ありがとう。

 私の自転車。

 お日さま。

 目の前に広がる、風景の全て。

 そして、ここで出会ったみんな。




 そろそろ、帰らなくちゃ。

 暖かな夕陽に背を向けると、私はまた歩き出した。

 楽しかった日々の記憶を、胸いっぱいに詰め込んで。

 明日への不安と希望もついでに押し込んで。

 いつもいつまでも、私の上に広がるあの空が綺麗に輝いてくれますように。そんな願いも、こっそり込めて。



 真っ黒な影法師が私をあっという間に追い抜いて、どこまでも駆けていった。










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