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11 淑女と死神の招待状


「リュセール公爵家から招待状が届いております」

 執事がそれを持ってきた。

「ありがとう」


 受け取ったそれをペーパーナイフで開ける。読書会の文字。ティーパーティーではない落ち着いた社交界への招待だった。


 返事はもちろん、「喜んで参加させていただきます」。公爵家とつながりを持つチャンスだ。社交界の有力者とは知り合いになっておいて損はない。どこでどう役に立つかわからない縁だ。


 招待状に書いてある読書会のテーマは、「灰の王の叙事詩」。令嬢が読むものとしては定番で、家庭教師に教わるものでもある。もちろんリディアも読んだことはあって、しっかり覚えているものだ。


 しかし、読書会にもう一度くらいは目を通しておきたい。しっかり読み込んで感想を言えるようにしておいた方がいいと思った。


 書庫でその本を探し、それを手に向かうのは、地下。そこには、やはりノエルがいた。


「順調?」

 集中していたのか、リディアが入ってきたことにも気づかない。だから声をかけた。


「まぁ」

 ノエルはこちらに視線を向けることもなく答える。リディアは片隅の椅子に座った。


「何してんだ」

「本を読むのよ。気にしないで」


 なんでここで、と不満げな顔をしながらも、ノエルは再び魔法陣に向かう。リディアも本を開いた。


 既に読んだことがある内容。しっかり覚えているせいか、ほとんど頭に入ってこない。魔法陣が光っては消えて、その度にノエルの小さなため息が聞こえる方に、意識が向いてしまう。


「何をしているの?」

 我慢できずにリディアが聞いた。

「実験」

 返ってきたのは、それだけだった。


「それはわかっているわ。何の実験?」

「銃声を消す実験」


 銃を撃った時の、あの耳が痛くなるような強い破裂音。確かにあの音がなければ、ガレンが銃を使える場面も増えるだろう。商品として売りやすくなるかもしれない。


「そんなことができるの?」

「魔法陣を組み替えていろいろ試してる。あと素材も。けど、なんかが足りないらしい」

「そう」


 何度も試しているのか、ノエルの近くには大量の素材が置いてある。


「アッシュラインは作ってるから。あっち」


 ノエルが指した先に、アッシュラインが綺麗に並べられていた。軽く数十丁は超えているのではないか。


「こんなに……」

 リディアの魔力では一日2丁が限界だった。やはり魔力の量の差がありすぎる。

「そろそろ売れるわね」


 暗く沈みそうになる気分を、無理やり振り払う。リディア自身が作れなくてもいい。ノエルが作ってくれるのだから。自分の虚弱さを憂いている暇はないのだ。


「ガレンに情報屋を探してもらうわ。ノエルも一緒に行く?」

「いい。俺がいても何もできないし」

 置いていくと拗ねるかと思ったが、ノエルは気にしないらしい。


「ノエルはいくらなら売れると思う?」

 一応彼の意見も聞いておこう。

「知らねぇ。リリーが考えるんだろ」

「そうね」


 そのあたりを考えるのはリディアの仕事だ。ノエルの意見も参考にしたかったのだが。


「一応言っておくと、コア1個でできるのは5丁。銃弾は魔獣1匹分の灰と毛皮で30個くらいだな」

 さすがのノエルは、リディアが何を欲しているのかわかっていた。

「助かるわ」


 それを覚えて、ガレンにも相談しようと決めた。


*


「お兄様、ドレスを買うお金をいただけませんか?」

 リディアは情報を買う資金を集めることにした。


「リュセール公爵家の読書会のため?」

 兄はそう聞いてきた。

「はい。お母様のドレスをリメイクしようと思って」


「そんなことをしなくても、ドレス1着分くらいのお金は出してあげられるよ」

「お母様のがいいんです。勇気をくれますから」

「そっか」


 母の背中を追う殊勝な令嬢を演じるのはもう慣れた。兄の嬉しそうな横顔を見ても、罪悪感を覚えなくなってきた。


「最近、よく地下に行っているようだね」


 その言葉に、一瞬固まった。知られていないと思っていたわけではないが、やはりこの場面は緊張する。

「えぇ」

 冷静に。何を聞かれても問題ない理由は考えてある。

「誰も来ないし、静かなので。読書に集中できるんです」


「埃っぽくないか?」

「大丈夫です。ノエルが掃除をしてくれているので」

「読書係のあの子か。お気に入りだね」

「はい。いい子ですから」


 兄の顔に、疑いの表情はなかった。妹を信頼してのことだろう。複雑だった。


 人を疑わないことがいいことだとは思わない。父が信じていた貴族たちが、一斉に手のひらを返した前世の出来事を忘れられないから。この人は嘘をついているかもしれない、と疑うことこそ、自分を、そして自分の心を守る方法なのだ。


 誰でも信頼してしまうような優しすぎる父と兄を守れるのは、自分だけなのだと再確認した。


*


 ガレンから「情報屋を見つけた」と連絡が来た。リディアはすぐに支度をし、翌日、屋敷を出た。

「よう」


 いつものように門で待っていた彼は、軽く手を挙げる。赤いローブをかぶって黒髪になったリディアは、コクンと頷いた。


「連れて行って」

「はいはい」

 余計な指示はいらなかった。


「ノエルはいないのか?」

「いても意味ないからって。最近は開発の方が楽しいみたいで」

「ハハッ、まぁそれもそうか」


 冒険者であり傭兵の経験もあるガレンに比べれば、ノエルは武闘派ではない。新しい銃を開発することこそ自分の役目と言わんばかりに、日々いろんな魔法陣と素材の組み合わせを試している。


「そこの市場だ」

 露天商が集まる市場の片隅。布を広げただけの小さな店に、少年が立っていた。ノエルよりもずっと幼い、まだ子どもだった。


「いらっしゃい、お姉さん。綺麗なアクセサリーもあるよ」

 商売人の顔をした彼は、綺麗に笑ってみせた。

「情報がほしいの」


 建前はいらない。遠回しな表現で取り繕う必要もない。騒がしい市場では、誰も聞いていないのだから。


「お目が高いね。うちで一番の商品だよ」

 彼は楽しそうに笑った。その顔に映るのは、子どもらしい好奇心。

「何が知りたいの? いくら出してくれる?」


 おままごとのように楽しんでいるその顔を、リディアは確かめるように見つめる。そして、金貨1枚を出した。


「……へぇ」

 少年は目を輝かせた。

「これだけ?」


 さらに取れる、と思ったのだろうか。

「前金よ。確かな情報かもわからないものに全額出すと思った?」

 リディアははっきりそう告げた。


「いいね。じゃあ教えてあげる」

 彼の目が楽しそうに細められる。


「この辺りで力を持つマフィアの名前と内情を」

「マフィアって。お姉さん、本気?」

「えぇ」


 ギャングならまだわかる。ならず者の集まりとはいえ、力を持っていれば裏社会での影響力も強い。しかし、その上。裏社会の頂点に君臨する者がターゲットだ。


「ノワールローズ。ボスはヴィクターっていう怖い男の人。構成員は数十人って言われてるけど、正確な人数は誰も知らない。西通りの酒場で飲んでることが多いって」

 つらつらと並べられた情報を、リディアはひとつひとつ記憶していく。


「これでどう?」

「……嘘はついてない?」

「もちろん」

 それが嘘かどうか、まだわからない。


「正確だということがわかったら、残りの報酬を払いにくるわ」

「待ってるね、綺麗なお姉さん」


 彼はヒラヒラと手を振った。


「信じるのか?」

 市場を歩きながら、ガレンが尋ねる。

「試してみる価値はあるわ。ガレン、お願いしてもいいかしら」


 リディアはポケットから小さなカードを取り出す。


「これを届けてほしいの。西通りの酒場。ノワールローズのヴィクターさんに」

「……マジで言ってる?」


 苦笑を浮かべるガレンに、リディアは安心させるように笑った。


「何も怖いことはないわ。ただの招待状よ」

 リディアの強気の笑顔にガレンは困ったように笑いながら、それを受け取った。


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