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龍の国にて  作者: しし
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5-11 立太子

5−11  立太子


私の立太子の儀は、翡翠空の葬儀が終わった直後に行なわれ、

儀天家が執り行い、皇帝と蘇枋の長のみが出席する小規模なものとなった。


小さな部屋は、すべての調度が朱と金に染め上げられていた。

儀天が祝詞を唱え始めると、私の周りを薄い金の光が包んだ。

頭を垂れ、静かに祝詞を受けた。


儀天が手を翳し、明瞭な声で告げる。

「新たなる太子よ、

龍の加護のもと国を守らん」

その言葉を聞き、皇帝が私に笏を手渡した。


私は、両手でその笏を掲げ決められた言葉を発した。


「龍と共に、人と共に」


その言葉は、建国王の言葉であった。

私は帝国の現状と、この言葉を告げた建国王の心境の間には、とてつもなく深い溝があると感じずには居られなかった。

人間の弱さや醜さに対する、軽蔑、憐れや畏れにより笏を持つ指は冷たくなっていった。


一通りの儀式を終え、

私は皇帝の前に跪いた。


「皇太子よ、

これよりそなたに命を告げる。

絹の島に参り、その島を統治せよ。

太子として為してこい」


私は、「かしこまりました」とだけ発し、絹の島についての情報を頭の中で整理した。



絹の島、帝国の港町の近くに存在しながら、

自治権を維持し続けている小さな島国だ。

島国は帝国だけならず、他国との貿易で栄えていた。

その富を狙い、何度も帝国は島国に手を伸ばしていたが、

未だ独立を貫いているという。


その島を龍を連れて制圧せよ、

それが私に下された命だった。



この島国行きを打診された時、

清空は帝都に残ると決めた。彼女の意思は固く、私はただ頷いた。



「朱映やアズールに連いていけば確かに、安全かもしれない。

でも私が来た目的はボレアル救出の手がかりを探すための要員だったはずだよ」


彼女の決意が変わることはないと判ってはいたが、

それでも現状の厳しさを伝える。


「翡翠空がいない今、君を神官に推薦する手立てはなくなってしまっている」


「神官でなければ、見れないの?」


やはり彼女の意思は変わらないだろう。

そうでなければ、そもそも村で待っている道を選択しただろう。

懐に忍ばせていた、小箱を取り出す。


「規則としては……だな。

蘇枋に頼めば、儀天家のものは可能だろう。

ただし、神官や皇帝だけが見れる蔵書の噂も聞く。」


「残るわ。

帝都にいることで足掻けることがあると思うわ」


私は決意が滲むその瞳を見つめて、翡翠空の箱を彼女に差し出した。



「……この翡翠空から貰った小箱を君に預けるよ」



清空は目を伏せ、そっと手を差し出す。

その表情には覚悟と、不安が入り混じっていた。


「大切な形見なのではないの?」


私は軽く頷く。


「そうだ、

だがこの小箱の中底には翡翠空の印が押されている。

儀天に見せれば、もしかしたら翡翠空の推薦と同じ効果があるかもしれない。

秘蔵の蔵書も見せてくれる可能性が生まれるだろう」


清空はその言葉に、

胸の前で両手を重ねて小箱を抱きしめた。

深呼吸をひとつして、彼女の瞳に静かな決意が宿る。


「大切にするね。」


私は清空の肩にそっと手を置き、優しく微笑んだ。



「あぁ、必ず君の手で私に返してくれ。

大事に扱ってくれよ。

唯一の形見なんだ」


清空は小さく微笑み、そっと呟いた。


「大丈夫、無茶はしないわ。

私は朱映やアズールの方が心配よ、

私がいなくても騙されたりしないでね」


やり取りの間、部屋の隅でアズールが静かに二人を見守っていた。

鋭い目は温かく、そして少しだけ切なげだった。


私は清空に力強く告げた。


「私はアズールと共に絹の島へ行く。安全に帰るつもりだ。君は帝都で、ボレアルを助ける手がかりを探してくれ」


清空はうなずき、小箱をしっかりと抱きしめた。


「必ず、何かを掴んでみせるわ」


清空を抱きしめたかった、だが彼女の何かを壊してしまいそうで、できなかった。

私達は寄り添い、お互いの無事を祈り共に居られる最後の時を過ごしていた。





帝都の街に、龍の村からの第三陣が到着した。

彼らは緊張した面持ちで、すでに到着していた第二陣の者たちから翡翠空の訃報を聞く。


「朱映の養母が亡くなったと……?」

その言葉に、場の空気は一瞬で重く沈んだ。


翡翠空はボレアル救出作戦において、欠かせない存在だった。

彼女の死を知り、誰もが深い悲しみと共に、不安を抱いた。

朱映やアズール、清空の無事を強く願いながらも、先行きに暗い影が落ちるのを感じていた。


そんな中、第二陣のリーダーである馬甫は静かに言った。


「俺たちは、俺たちにできることをするだけだ。

もともと完璧な作戦など存在しない。

多少の誤差に動揺していては、前には進めない。」


馬甫の言葉に、緊張が少しだけ和らぐ。


第三陣の中にいた桂馬は懐の中にある手紙を、指先でそっと撫でる。

「母ちゃん……」


脳裏に別れ際の「必ず帰れ」と泣き叫ぶ母の姿が浮かぶ。

彼の瞳に、決意と覚悟が静かに宿った。


絹の島への旅立ちを控え、複雑な思いが交錯する帝都の片隅で、救出作戦の行方を案じる村人たちの声が小さくこだまする


その声は、小さくとも確かな反撃の狼煙のように響いた。






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