4-5 決断
4-5 決断
その夜――。
夜も更けたころ、桂馬はこっそりと家に戻った。
飛び出したはいいものの、広場には戻れず、ただ村をぐるりと一周しただけだった。
怒りも悔しさも、歩くうちに少しずつ冷めて、胸に残ったのは母の顔だった。
家に戻ると、父も母もすでに寝ていた。
囲炉裏のそばには、自分のために用意された夕飯が、そっと置かれている。
ひとりでそれを平らげたあと、桂馬はそっと母の寝室を覗いた。
母は静かに寝息を立てていた。
怒らせてしまった。悲しませてしまった――
それは分かっている。けれど、どうしても直接は謝れなかった。
せめてもの思いで、寝顔に向かって小さく頭を下げる。
ふと、いつも几帳面に整えられているはずの母の部屋が、少しだけ乱れていることに気づいた。
文箱が斜めに置かれており、紙の端がわずかにのぞいている。
――あの母にしては、珍しい。
そう思ってそっと近づき、紙を手に取った。
「……“桂花姉様”……?」
書き出しを見た瞬間、心臓が跳ねた。
桂花おばさん。
会ったことはないが、自分の「桂馬」という名は、彼女の名から一字をもらったのだと、母がぽつりと話していた。
あのときの母の、どこか寂しそうな顔を思い出す。
文を読み進めるうちに、桂馬の胸にざわめきが広がった。
龍が帝都を襲うこと。
姉を案じ、助けたいという想い。
けれど、それでも出せないという、母の葛藤。
文箱の中には、他にも出されていない手紙がいくつも入っていた。
全部、母が書いて、出せなかった手紙だった。
桂馬は、そのうちの一通をそっと懐に忍ばせる。
文箱を丁寧に元に戻すと、もう一度、母の寝顔をじっと見つめた。
「母ちゃん……
俺が、母ちゃんの姉さんを助けに行ってやるよ」
そう、小さく呟いてから、桂馬は再び家を出た。
夜の村道を、まっすぐに駆けてゆく。
その顔には、もう迷いはなかった。
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オーリスの住む丘。
一人の少年の足音に、オーリスは静かに目を開けた。
「……時は来たか」
「オーリス様! 桂馬です。交換を求めます!」
走り寄る桂馬の姿に、オーリスは目を細める。
「この手紙をご覧ください。
母が帝都の姉へと宛てたものです」
手紙を差し出す桂馬に、オーリスはゆっくりと問う。
「その情報を渡して、君は何を求める?」
「龍の村から出る方法を教えてください。
俺は、母の姉を――桂花様を助けに、帝都へ行きたいんです」
しばしの沈黙の後、オーリスは小さく頷いた。
「……君には、まだ知識が足りない。
このまま村を出ても、帝都には辿りつけないだろう。
白羽たち第三弾に同行できるよう、私から長に伝えよう。
その手紙は持ち帰りなさい」
「ありがとうございます、オーリス様!」
桂馬は礼を言って、転がるように丘を駆け下りていった。
その背を見送りながら、オーリスはふたたび夜空を仰ぐ。
星が降るような静かな夜だった。
「――私の決断が、あの子の命を縮めないように……
願ってくれないか、私の王よ。
どうか、もうしばらく……
この小さく、愛しい生き物と過ごす日々が続くように」
そう、誰にも届かぬ声で祈った。




