3-5 野盗
3-5 野盗
アズールとの離脱地点は、麓の村から十日ほど山を分け入った、人気のない山中だった。
「じゃあ、薬草は先に持って帰るね。また二十日後に。……本当に、気をつけてね」
「分かった。行ってくる」
軽く頷いてアズールの手のひらから飛び降りると、数歩ほど離れてから振り返る。
「待ち合わせの場所、さっき説明した別の山の滝壺だからね」
アズールは清空を抱え、空色の翼をはためかせてひらりと舞い上がった。
空に浮かぶその姿が小さくなっていくのを見送ってから、私は荷を背負い直した。
同じ場所に何度も姿を現せば、監視や追跡の的になる。
離脱も合流も、変化と隙を見せないことが肝心だった。
雪が残る細道に足を踏み出す。頼れるのは、己の体力と判断だけだ。
積雪の少ない尾根を伝い、川沿いへと向かっていく。
足元の凍結に気を配りながら、道なりに下れば、街道に出られるはずだった。
そこまで行けば、あとは一本道で麓の村に戻れる。今日中に着けば、予定通りだ。
冬山は気を抜けば命取りになる。だが、アズールの棲む岩場に比べれば、道らしい道があるだけまだましだった。
やがて、あぜ道が石畳に変わり、遠くに人影も見え始めた。
寒さを装って布で口元を覆う。帝国領が近い──気をつけるべきだろう。
そのまま私は、足早に歩を進めた。
整備された街道沿いには、冬でも青々とした針葉樹が並んでいた。
数日かけて、商隊に交じり野宿を繰り返しながら、私は順調に進んだ。
しかし、次の選択が、油断だった。
予定より少し早く進めていた。私は欲を出し、村へと続く「近道」とされる山道へ踏み込んだ。
このまま行けば、予定よりも半日早く麓の村へ行ける──はずだった。
……けれど。
「……まずいかもしれない」
周囲に気配がないことが、逆に肌をざわつかせた。
しん、と静まり返った木立。風の音が遠く、足音さえ雪に吸い込まれていく。
視界は狭く、周囲は枝と影に覆われていた。
わずか30分歩いただけで、私は足を止めていた。
ここは駄目だ。野盗が出たら、逃げ道もない。
時間は惜しいが、引き返して広い街道を歩こう。
そう思って振り返った、そのとき──
「待てッ!」
進もうとしていた方角から声が響く。
瞬間的に振り向いた私は、何も言わず街道の方へ駆け出した。
木々の影から現れたのは、粗末な着物に身を包んだ3人の男たち。
古びた刀や鍬を持ち、明らかに身のこなしが素人だ。
農民か。冬場の家計を支えるための、一時的な“野盗”──そんな印象だった。
幸い、距離があった。
私は一心に走り、雪を踏み砕いて広い街道へと飛び出した。
街道に戻ると、人々の視線が私に集まった。
何人かが眉をひそめ、一人の商人風の男が声をかけてくる。
「兄ちゃん、腕に自信がないなら、ああいう山道はやめときな」
私は少し息を整え、黙って頭を下げた。
──薬草は、もう村に届いている。
あの山道は、もう使うまい、そう決めた。
無理に急ぐ必要は、どこにもなかった。
私は荷を背負い直し、舗装された街道の上を、静かに歩き出した。