第28話 良い夢を
相変わらず緊迫した雰囲気のオラリオとダン。
二人の間に何があったのか、知る由もないエーリンだが、一方であまり元気のないラルの様子も気になるが……?
「なんの話ですか?」
二人のやり取りが醸し出す雰囲気は、言葉以上の含みがあるような気がしてならない。
「いや、君が気にすることじゃない」
いつもの冷静な表情に戻ったオラリオは、空いている方の手でオラクルを直した。
「そうですか」
それは余計な心配をかけないように、という配慮なのかも知れない。しかし私としてはいまいち面白くない。せっかく二人で頑張っていこうと約束した後なのに、距離を取られているようで心持ちが良くないのだ。
オラリオの判断力は信頼できる。なんにでも首を突っ込もうとする性分がどんな損を生むのかは、マクワイヤ家で味わってきた。ここは引くのが良い局面だろうとは理解はできるのだ。
とはいえ、気になることは気になるのである。
「ラル様、お加減がよろしくないのですか?」
先ほどから私の視界に見切れる彼だが、明らかに覇気がない。まるで目覚めの悪い夢でも見た後かのように、げっそりとしてしまっている。
「え、ああ、はい、大丈夫です」
そう頭を掻く彼だが、口元に対して目が笑っていない。一体、どうしたのだろうか。
「ああ、それだがな」
そこにオラリオが割って入った。
「彼は昼から何も食べていなかったらしい。私達の食料を用意してくれたことが、仇となったようだ」
「まぁ! それは大変!」
「ええ、ああ、はは、そうなんですよ、もうお腹ぺこぺこで」
確か私達がここに訪れた時、ラルはロン村長の家で集会に参加していたはずだ。早朝から行われていたのだとすれば、昼下がりもとうに過ぎ、かなりの空腹に襲われているだろう。
「彼はよく働いてくれた。夕食の準備もあるだろうし、きっと明日も早いのだろう。早めに帰った方が良いかも知れないな」
そういうオラリオがラルに目くばせすると、ラルは雷にでも撃たれたかのように姿勢を正し、首を上下に振った。
「そ、そうなんですよ! いやぁ、今日はお会いできてよかったです! それではお二人とも、それとエイダさん――また!」
ラルは早口でそう捲し立てると、慌てた様子で扉を開け、片手をかざしてから風のように消えていった。
「……元気はあるようですね」
「あのくらいの歳の者なら、体力は無尽蔵さ」
彼の身軽さに思わず呆気にとられた。それにしても、その様子は急用を思い出したと言うよりは、まるで何か恐ろしいものから逃げるような、そんな雰囲気を感じるのは、私だけだろうか。
――それにしても、である。
「お腹がすきましたね」
思い返せば、昼食を食べていないのは私達も同じである。おなかをさすれば、小さく唸っている。
「帰るか」
その様子を愉悦の表情で見下ろすオラリオだった。
「エイダ夫人」
オラリオは一瞬でいつもの真面目な顔に戻り、私の腰に手を回してから言った。
「そろそろお暇しようと思う。今日は突然の訪問にも拘わらず、理解、もろもろの協力、感謝する。受けた御恩は必ず返そう」
「困ったときはお互い様、ですから」
仁王立ちして、からっと笑うエイダの足元には、子供たちがしがみ付いている。逞しい母の鏡のような女性だ。
■■■
ダンの家を出る。
辺りはまだ明るいが、傾いだ陽は夕暮れの気配を醸し出している。歩き出せば、風が心地よい。日差しは暖かく、まるで高級羽毛に包まれているかのように心地よい。そして砂利が踏みつけられて弾ける音や、麦が風にたなびく音が、先ほどまで緊張し通しの神経を柔らかに解いていく。
「んん―――………ふぅ」
いっぱいに息を吸い込めば、新緑と潮の香が鼻をくすぐる。まるでさっきまで呼吸をしてなかったのではないか、と錯覚するほどの解放感だ。
「疲れたか?」
思わず伸びをする私に、オラリオはからかうような視線だ。
「ええ。緊張しました」
見知らぬ土地で、見知らぬ相手と折衝の連続。一歩家を踏み出せば、これほどの波乱が待ち受けているとは。
「さすがに肝が冷えたぞ」
見上げれば、オラリオが眉間に皺を寄せていた。
「……申し訳ありません」
彼が指摘するところは、おそらく、昂っているダンの前に出たことだろう。実際、ダンが激昂した時には覚悟もしたものである。
「とは言え、助かったのも事実だ。礼を言う」
彼の顔を見れば、先ほどまでの眉間の皺はもうない。差し出された手を取り、畦道を登っていく。
村の傍を通り過ぎれば、村人たちの姿がある。来たばかりの時は、逃げるようにして家の中に隠れていた住人達であったが、今はそれほど気にはしていないように見える。どうやら、危害を加える敵ではない、と理解してくれたらしい。
ダンの気性が村に知れ渡っているのであれば、あのダンの家から帰ってきた――ということが、その証左になっているのかも知れない。
「……よかったですね」
ふいにそういうと、オラリオは不思議そうにこちらを見たが、私の目線がその手元の麻袋にあるとわかると、「ああ」と言って、遠く領主館を見つめた。
「これで数日はどうにかなるな。それに村の協力も取り付けた。これで次の段階に進める」
「次の段階、ですか……」
そういって、思わずため息がでる。令嬢生活に甘んじていた私にとって、この先にいったい何が待ち受けているのか、何をせねばならないのか、見当もつかない。
「そう気落ちすることはない。生きるか死ぬか、に考えを縛られなくて良くなったんだ、これから先のことは、これからゆっくり考えればいい」
そうはいうものの、いつまでも村人から施しを受け続ける訳にもいかない。彼の気遣う言葉とは裏腹に、実際にはそう悠長にはしていられない現実があるはずだ。
しかし。
「人は空腹になると負の感情に囚われる。まずはいっぱい食べよう。そしてよく寝る。何かを検討するなら、それからで十分だ」
私を引くその手は力強く、迷いがない。彼の中では、次につながる一手がもう見えているのだろう。
「……そう、ですね」
ならば、私はそれを信じよう。私は彼の妻なのだ。
そうだ、晩御飯は腕によりをかけよう。
そして願うのだ。
彼が良い夢を見られるように、と。
やっと家に帰ることが出来た二人。
食糧も確保し、いったんは落ち着いたものの、エーリンは不安が拭えずにいた。
迷いのなさそうなオラリオだが、彼の内には一体どんな秘策があるのか――
更新お待たせして申し訳ありませんでした。
次回、第三章のスタートです!
引き続き、よろしくお願いします!




