第18話 褐色白髪の少年 ラル
村長のロンと対峙することになった二人だったが、村長をはじめ村の人は警戒心がむき出しだった。
こんな状況で食料をわけてもらえるのか――
ロン村長の疑いの視線がオラリオに向けられている。
領主に無礼を働いた領民は時に罰を受ける。それを鑑みることもないほどに、私たちは歓迎されていない、ということだろう。オラリオはそれに気後れすることなく、応じた。
「突然の来訪をまずお詫びする。本日は着任の挨拶と、お願いをするために参った」
「お願い? はて、命令の間違いでは」
老人は静かに、だが、敵意を隠さずに言い返す。それに対し、オラリオは一呼吸を置いてから言った。
「領主による命令権は、我々が領主たる責任を果たした後に初めて行使すべきと考えている。関係構築も現状把握もできていない中、そのような暴挙に出るつもりはない」
「そうですか」
オラリオの説明に、ロンは興味を無くしたと言わんばかりに肩を落とした。オラリオの誠実さは彼に届いていないのだろう。
「では、そのお願いとはなんでしょうか?」
「食料を分けて頂けないかと」
「食料?」
ロンはわざとらしく顎を揉みながら言った。
「失礼ながらあなた方貴族であられれば、食すものに困りはしないだろうに。……それとも、庶民の質素な食事にご興味をお持ちで?」
疑問と嫌味が込められた問に、オラリオは眉一つ動かさず答える。
「他意はない。我々も贅沢は許されていない。なんとか、検討頂けないだろうか」
オラリオはそういって丁寧に頭を下げた。その様子に、周りを固めていた男達がざわめいている。貴族が領民に頭を下げるという衝撃的な展開に、驚きを隠せないのだろう。私も合わせて、頭を下げる。
しばらくして、村長は深く長い溜息をついた後に、言った。
「――わかりました」
「村長!」
瞬時に取り巻きの男達数名が異議を唱えたが、老人は鋭い眼光でそれを抑止した。なんという眼力だろうか。ロンは続けた。
「とはいえ、村長とは言いつつも、今はただの顔役です。政やその他実務は別の者に任せています。取り次ぎますので、あとはその者とやり取りしてください」
村長はそう言うと、机をコツンと叩き、「ラルを」と言った。すると奥から、褐色の肌の男――いや、男の子だろうか――が姿を現した。
「はい、村長」
その子はおどおどした様子で村長の傍によった。その手にはペンと羊皮紙のようなものが握られている。
「ダンのところへ案内して差し上げなさい。お二人の頼みを聞くように、ロンが言っていた、と」
「はい――ですが、いいんですか、議事録は?」
「日を改めるとしよう。では、くれぐれも失礼のないようにな」
「わ、わかりました!」
ラルと呼ばれた少年は軽快、というよりは慌ただしい動作でオラリオの元へ駆け寄ると、丁寧に一礼した。
「それでは、こちらへ」
ラルに案内される形でオラリオは立ち上がり、
「ご協力感謝する」
と言うと玄関まで足早に向かっていく。その背中には、先ほどから微動だにしないロン村長の冷徹な視線が突き刺さっている。乗り遅れた私は、ワンピースの裾を掴み、ゆっくりと会釈をした。
「ご夫人」
その下げた頭に、ロンの声が刺さる。顔を上げれば、先ほどと変わらない様子のロンが佇んでいる。
「はい」
しかし私の返事に、ロンはやはり動かない。
――何か言いたいことがあるのだろうか?
するとわずかな間のあと、ロンは静かに首を左右に振り、再び私を見つめて言った。
「その恰好ではここまで歩きづらかっただろう。裾もそんなに汚れてしまって。足を運んでいただいたのに、たいした持て成しもせず、申し訳ないことをした」
様子は先ほど変わらないというのに、その声はなんだか少しだけ暖かで、まるで孫に声をかけているような感じだった。
「何か困ったことがあったら、言いなさい」
私はその声に、笑顔で答えた。
「また、来ます」
■■■
家を出ると、太陽の日差しが目に痛い。目が慣れれば、オラリオがこちらに手を差し伸べていたので、そっと取る。
「村長は何か言っていたか?」
遅れたことから何かを察したらしい。私は彼の不安を払拭すべく笑顔で、
「帰り道は気を付けるように、と」
と答えた。それを見たオラリオの顔は、まるで顔面に「?」マークが書いてあるようで、少し面白い。
「それでは、ご案内いたします。少しありますので」
ラルはそう言うと、軽快に歩き出した。私とオラリオは少し離れてついていく。
村を行けば、通り過ぎる家々の窓から、こちらを様子見する顔がいくつも見える。好奇の目はだいたい子供、眼をそらすのは女性、そして睨みつけているのが男性、と言った具合だろうか。
「はぁ」
思わずため息が零れる。
恐らく、領主館に最も近いこの村は、前領主の悪政を強く受けていたのだろう、村人たちの警戒心が強いのは、仕方のないことなのかも知れない。
とはいえ、オラリオがここの領主として成功するには、地元住民との良好な関係の構築は必須だ。現状はまさに前途多難である。
――そんな心境から飛び出たため息であるが、不覚にもラルに聞こえてしまったらしい。
「すみません、村の大人たちが感じ悪くて。お疲れになったでしょう?」
少年は首から先だけ振り返り、申し訳なさそうに笑って言った。どうやら、ため息の理由を先ほどのやり取りで疲弊したのだと思ったらしい。
「いえ、とんでもない。急に訪れて無理なお願いをしたのは、こちらですから」
私がそう言うと、少年は驚いたように目を見開いたので、
「何か変なことを言いましたか?」
と尋ねると、
「すみません、貴族の方々はもっと横柄だと思っていましたもので」
と罰が悪そうに頭を掻いた。その様子を見てオラリオは威圧的に、
「――傲慢で強引だ、の間違いではないのか」
と言い放った。少年は「ご勘弁を」とたじたじだったが、
「こちらも冗談だ、気にしなくていい」
とオラリオは涼しい顔だ。全然面白い雰囲気になっていないのに気づいていないのだろうか?
――まったく、この人は。
「オラリオ様。滅多なことを口にしない方がよろしいかと。ただでさえオラリオ様のお言葉は冗談にはとても聞こえないのですから」
「む? そうか。以後気を付けよう」
冷徹で堅物。オラリオの端正な顔立ちと切れ長の瞳、そして変わらぬその表情が、見る人に威圧感を与えるのを本人は自覚していないのだろう。政務ならともかく、領民との交流となればそれは逆効果だ。かといって、この人が柔らかな笑顔を振りまいているのを想像できないのが、なんともまた悲しい。
「――ところでラル君」
そんなオラリオは気を利かせたのか、ラルまで距離を詰めて話しかけていた。
「君は文字が書けるようだね」
オラリオの目線の先には、ラルが手にしたペンと手帳がある。そういえば、ここを出る時にも、議事録がどうとか言っていたような。
「ええ、日常用途ぐらいでしたら」
「ふむ」
オラリオはその返答に、顎を撫でながら答えた。
「この村の子供たちはみんなそうなのか? 教育が充足しているようには、とても見えないのだが」
オラリオの言葉に、ラルの笑顔がすっと消えた。
道案内をしてくれるラル少年。そのラルが読み書きできることに気づいたオラリオだったが、
それを指摘したとたん、ラルの表情が曇った。
彼と村の実情は一体?
次回、ラルとの会話と引き続き新キャラが続々と登場していきます。
村人との交流が加速していきますので、お楽しみに!




