刺客
今日はおまけ(第一章最終回)があります。
20時ごろに更新する予定です。
「これがお前が戦ったっていう妖異か。確かにこの姿は不気味だな。妖人界っていうのも存外に趣味が悪い」
私の前にトゥシスが立つ。
この背中の後ろにいれば安全だと言っていた。
「こいつの名前だが、五本腕で八本脚だからゴッパチでいいか?」
「適当すぎるけど反対はしないよ」
軽口を叩きあいながら周囲を確認する。
この場所は通路が広がっていてちょっとした広間のようになっている。
これだけスペースがあれば相手を分断して戦えそうだ。
「私が二体を相手にするから、一体受け持って」
トゥシスの強さはよくわかっている。
だから一体なら大丈夫。でも二体は無理だ。
「了解した」
トゥシスが私の前から離れて広間の壁を背にする。
私は反対側の壁に向かって歩いていき距離を取った。
ゴッパチはこちらの出方を伺っているようで動きはない。
転移させられてからここに来るまで、二人でいくつもの戦闘を切り抜けてきた。
トゥシスが壁役で私が攻撃することもあれば、私が時間稼ぎをしている間にトゥシスが拳や方術で仕留めることもあった。
正直、疲労はある。
ダンジョンに入ってから少なくとも半日以上は経過しているはずだ。
途中で休憩や食事をしているとはいえ疲労は蓄積している。
今だって体が重い。
右手に持つザンヤを負担に感じることはないけど、疲れていて腕を上げるのだって億劫だった。
要所要所で方術を使い、トラップを回避し、ここまで戻ってくるために私を先導してくれたトゥシスは精神的にもかなり疲れていると思う。
でも泣き言は口にしない。
それをしても意味がないことをわかっているから。
愚痴を言い合うのは無事にこのダンジョンから脱出して、イーサたちと再会できた時にいくらでもすればいい。
「さて、やりますか」
私の役目は手早く二体を倒してしまうことだ。
武具庫で一戦経験しているので、相手の動きや戦い方は大体わかる。
あの時はいきなりの戦闘で相手の情報がなかったり、狭い場所だったりして苦戦したけど今回は大丈夫。
相手が二体になったとはいえ場所の広さは十分だし、ザンヤは自分の腕の延長のように扱える。
だから負けるはずがない。
ゆっくりと足を進めていく。
私が近づくと三体とも反応を見せる。
それぞれが八本の足を器用に動かしながら位置を変えようとする。
「こっちにもいるぞ! なます切りにしてやるからかかってこい!」
すかさずトゥシスが大声をあげた。
ゴッパチに耳が付いているのか外見ではわからないけど、一体がトゥシスへ向かう。これは予定通り。
でもね、トゥシスの武具でなます切りにはできないと思うよ。
残った二体がトゥシスに向かわないように距離を詰める速度を上げる。
ゴッパチは私を挟み込もうと広がるように移動する。
それなら近い方から片付けさせてもらおうかな!
「はぁっ!」
裂帛の気合いを込めて衝撃刃を放つ。
「キョワハフ!」
ざぁと土くれが集まって壁を作る。
その程度の壁で私とザンヤの衝撃刃が止まるはずがない。
なにもなかったように斬撃は土壁を突き抜け、そのままゴッパチの脚をまとめて斬り飛ばした。
「ギガガガガ!」
前の戦いでわかったこと。
ゴッパチは五本の腕に異なる武具を持っているのでどの距離でも戦うことができる。方術を複数扱える。体のキレは悪くない。適した武具を巧みに操る技術もある。
でも足の数が多いせいか移動速度はそこまで速くない。
それだけはっきりした弱点があるのならいくらでも手はある。
二体程度なら同時に相手にしたって勝てる!
足を斬り飛ばした方は放っておいて、もう一体に駆け寄る。
迎撃するように長柄槍が連続で突き出されるけどザンヤですべて弾き飛ばす。
ガィン!という鈍い音。柄の半分あたりで切断する。
これで中間距離の手を奪った。
懐に入って剣をはじき、メイスをかわす。
近接用の武具を持った二本の腕が動くのを見てから別の腕を付け根から斬った。
「グガガガ!」
杖を握っていた腕が地面に落ちた。
これでこのゴッパチは離れた場所への攻撃はできなくなったはず。
方術の反応。横に飛ぶ。
私がいた場所へ稲妻が降り注いだ。
「グギャアア!」
反応できなかったゴッパチがその場で悲鳴をあげる。
焦げ臭い。全身からいくつもの煙を上げている。
仲間もろとも方術を使ってくるなんて、妖異って人の心がないよね。
いやまぁ、人じゃないんだけど。
でもおかげでチャンスが生まれた。
稲妻のダメージで身動きが取れないゴッパチを先に仕留める。
地面を蹴ってそのまま相手の脇をすり抜ける。
「グギィィ……!」
盾をかざす前にザンヤを一閃し、腰のあたりから真っ二つにする。
これで一つ!
「シャシヤァ!」
この音は知っているのでその場にしゃがむ。
ゴゴゴゴという不可視の刃が通り過ぎて行った。
今のは見えない風の刃を飛ばす方術だ。
でも私に同じ技は二度も通じない!
「シャシヤァ! シャシヤァ!」
私を接近させないため立て続けに方術を発動させる。
普通なら目に見えない攻撃をかわすのは難しい。だけど来るのがわかっていて、しかもザンヤがいればなんの問題もない。
右にかわし、左へ飛ぶ。
「てあっ!」
飛び上がって縦に回転しながら衝撃刃を放つ。
「シャシヤァ!」
迎撃する形で方術が発動する。
でも甘い。
私がザンヤで放つ衝撃刃は鋼だろうと切り裂くことができるんだから!
風の刃をものともせずにゴッパチの体を両断した。
「ギゴォォ……」
正中線から二つに斬られたゴッパチの体が崩れ落ちるのを最後まで確認することなく走る。
「トゥシス!」
壁を背にしたトゥシスは追いつめられているように見える。
でもそうじゃない。あれは作戦だ。
あの距離ならゴッパチの攻撃は剣かメイスに限定される。
それならガードダブルのトゥシスが後れを取ることはない。
杖を持った腕が上がる。
私の接近に気が付いて方術を使うつもりだ。
「はあっ!」
衝撃刃を放って手の動きを止める。
手首から先がポロリと落ちた。
方術具がなくなれば方術を使えない。
「遅い!」
「ごめん!」
滑り込みながら八本の脚を次々に斬り飛ばす。
全部は無理。でもバランスを崩させるには数本で十分だ。
「ゲゴゴゴゴ!」
一度に複数の脚を失ってゴッパチの上体がぐらついた。
当然、剣やメイスによる攻撃も中断される。
「ロウマインド流打拳術、貫手平突き!」
その隙を逃さずトゥシスが前に出て突きを放つ。
上半身と下半身が繋がるあたりに放たれたトゥシスの左手はそのまま突き抜ける。まるで鋭い槍のような一撃だった。
「ゲゴォォォ!」
ゴッパチは断末魔をあげながらゆっくりと崩れ落ちる。
やがて三体とも黒い砂のような状態になって消えた。
「ふっ。妖異といってもたいしたことはないな」
「カッコつけてるところ悪いんだけど、素手で体に穴をあけるってどんだけよ。なに、その手甲のおかげなの? チートアイテム使ってるわけ?」
「違う! 鍛錬に鍛錬を重ね、己の肉体を強化して初めて使うことができる技だ。言いがかりはよせ」
思わず顔がほころぶ。
最大のピンチも無事に切り抜けることができた。
きっとトゥシスも同じことを考えていたんだと思う。
珍しいことに笑ってた。
「また妖異が出てくると面倒だ。急いで出口に向かうぞ」
「うん」
行きの行程でも地上に近い階層はほとんどモンスターとの遭遇はなかったから、そこからは順調な道のりだった。
ついに一階層にたどり着く。出口まであと少しだ。
力が抜けそうな足をトントンと叩いて筋肉をほぐす。
「待て」
トゥシスが先の様子を確認する。
この角を曲がれば広間に出て、その先が出口だ。
「待ち伏せはないようだな」
最後までトゥシスは警戒を怠らない。
でも疲労は隠せないみたいで顔色は悪いし、足元もふらついている。
「ほら、しっかり歩いて」
後ろから背中を支えてあげる。
ここまでこられたのはトゥシスのおかげだし、このぐらいのサービスはしてもいいよね。
「じゃれつくな。歩くのに邪魔だ」
「素直じゃないなぁ。せっかく助けてあげたのに」
無理やりテンションを上げているのを自覚する。
私も疲れていた。体を寄せ合わないと立っていられないぐらいに。
だからその瞬間まで気がつけなかった。
「おっと」
足がもつれたトゥシスが膝をつく。
「なにしてるのよ」
私が右手を差し伸べた瞬間だった。
「――ぎゃんっ!?」
一瞬にして目の前が真っ白になる。
頭の先からつま先に向けてすさまじい衝撃が駆け抜ける。
衝撃はすぐに消えた。でも体は痺れて動かない。
なにが起きたの?
ガクガクと全身が震える。
痛い、痛い痛い痛いいたい!
焦げ臭い。
肉が焼けたにおい。
右肘が勝手に曲がる。
白く霞んだ視界に右手が入る。
肘から先は見覚えのある色形をしていたけど、体に近い方は黒く焦げて煙が立ち上っていた。
「……ぁ」
声が出ない。
呼吸もできない。
なにが起きたの?
「サダーシュ!」
どこかで名前を呼ばれた気がする。
音が聞こえにくい。
体が自分の意志に従ってくれない。
力を入れているのに思い通りにならない。
視界の隅に変化があった。壁沿いに歪みがある。
姿を隠した敵が潜んでいた。
迂闊だった。
今の私は電撃の方術を受けたゴッパチと同じ状態だ。
でも右手だけは生きている。
それならザンヤを呼び出せる。
だって私はアーツなんだから!
右手に確かな感触。
これで戦える。
どんな相手だって戦い抜いて見せる。
連続した風切り音。無数の矢が迫る。
それを肘から先しか生きていない右手が閃いて弾く。
黒い棒のようになった足を前へ進める。
少しでも相手に近づくために。
この距離では斬れないから。
「まだ動くか」
なにかを言われた。
再び視界が真っ白に染まる。
「あ゛あ゛ぁぁ……っ」
衝撃に体が跳ねる。
体が勝手に断末魔を叫んでいる。
戦わないと。
仲間を守らないと。
「それをもらい受けるっ」
なにも見えない。
複数のプレッシャーが迫る。
横殴りの衝撃――堪える。
縦の斬撃――弾く。
敵の攻撃を体が覚えていた。
まさか知っている相手?
世界が白い。
まるで霧に包まれたように。
「――幻想蛇!?」
最後にそう聞こえた気がした。
おまけ 邂逅……2017/08/09 20:00ごろ更新
ブックマーク等、よろしくお願いします。




