二人
ダンジョン編というほど長続きはしません。
「どういうことだ? お嬢はどこだ!?」
珍しいことにトゥシスが混乱していた。
いつも冷静なのに、イーサのことになるとすぐこうなるんだから。
「下手に動かないで。持ってきたロープでお互いの体に結び付けて離れないようにして。この霧、ミラージュパイソンのだよ」
私たちの周囲に漂っている霧がますます濃くなっていく。
「なん……だと……?」
ミラージュパイソンは学院に来る途中の街道でも遭遇した上位危険種の厄介な魔獣だ。
ダンジョンにいるなんてちょっと予想外。
もしかすると、この部屋はどこかで外と繋がっていたのかもしれない。
そこからミラージュパイソンが入り込んできたのなら辻褄は合うと思う。
ミラージュパイソンの厄介なところはこの霧だ。
霧に巻き込まれて迷うと違う霧の場所に強制移動させられる。イーサたちがここにいないのはそのせいだ。
「地面を見て」
「これは……床の様子がさっきまでいた場所と違う。周囲の気配も変わっているようだな」
どうやら私たちが別の場所に転移させられたみたいだ。
ここがとんでもないところじゃないといいんだけど。
ロープでお互いの体を繋いだのを確認する。
これで少なくともトゥシスとは離れ離れにならないはず。
「今はこの危機を切り抜けるのが先だな」
冷静さを取り戻したトゥシスが左腕に装備した長手甲を構える。
私も体からザンヤを抜いていた。
視界はほとんど効いてない。かろうじて互いの表情がわかるくらいだ。
「どうする? 動くか?」
闇雲に動いてもイーサたちと合流できる可能性は限りなくゼロに近い。
なにより自分たちがいる場所がどこなのかすらわかっていないんだし、動き回るのは得策じゃないと思う。
「下手に動かない方がいいよ。この霧の中で移動するとヘンなところに連れて行かれる可能性が高いから」
「わかった。それなら警戒したままここで待機だな」
私の意見にすんなり従ってくれる。
「……なんだ。意外だとでも言いたそうな沈黙だな」
「あ、わかる?」
「こと魔獣の対応についてはブルガの黒い狂戦士に従っておくのが無難だろうという判断をしただけだ」
「その二つ名、私が喜ばないのを知ってる上で言ったでしょ」
「わかるか」
「ふん、だ」
緊張でガチガチになったり、恐怖で我を失っているよりは軽口を叩き合っている方がずっといい。
「どうしてダンジョン内にミラージュパイソンの霧が出たと思う? 俺が記憶している限り広い屋外に出る魔獣だったはずなんだが」
雨風をしのぐためにダンジョンに住み着く魔物や魔獣もいる。
でもこのダンジョンは長く入口が閉ざされていたせいでその手のモンスターは生息していないだろうというのがみんなの一致した見解だった。
「あの部屋が外に繋がってたんじゃないかな」
そこからミラージュパイソンが入り込んでいたという推測を述べる。
「宝物庫というのに何もなかったのは、すでに盗掘された後だったからということか? 面白くない結論だな」
だとするとまったくの無駄足なわけだから、そんなオチじゃないといいんだけど。
どれぐらいそうしていたんだろう。
霧に包まれていると時間感覚が失われてしまうのでよくわからない。
ようやく霧が晴れて周囲を確認できるようになった。
精緻な文様が描かれた高い石の壁が美しいアーチを描いているのが判別できる。
「まだダンジョンの中だよね?」
「ああ。ゴースティック様式だな。さっきまでいた場所よりも新しい様式だ」
「学院のダンジョンかな? それとも他のダンジョンまで強制転移させられてると思う?」
「同じダンジョンだろうな。あれは宝物庫に入った者を強制的に転移させる方術的なトラップとは考えられないか? そのためにミラージュパイソンの霧を利用しているとか」
「それで異なる階層にパーティーをばらけさせるってわけ? 悪趣味だね」
パーティーを分断する系統のトラップほど嫌らしいものはない。
「どうしよう。とりあえず戻ってみる?」
「そうだな。それよりもお前を呼んでいた声は聞こえないのか?」
「んー……」
目を閉じて耳を澄ませてみる。
「……ダメ、聞こえない」
「そうか。もしかするとそれも含めて罠だったのかもしれんな」
「私を罠にはめてどうするのよ。言っとくけど、お金とか全然持ってないからね」
だから身代金とか要求されても出せません。
私の体は……ステータスと希少価値はあるはず、うん。
「お前はアーツという能力者でかつザンヤという名剣の持ち主だと思ったんだが、俺の気のせいか?」
「あ……」
言われてみればそうだった。
つまり私個人に誘拐する価値があるってこと?
うーん、それはどうかなぁ。
私なんかよりイーサの方が可愛くて有能でいいところのお嬢様だからずっと狙い目な気がするけど。
あとはウソかホントかヘイズが某国の血筋だそうだから、そっちのが狙う意味があるんじゃない?
「考えていても始まらないな。とりあえず上へ向かうか」
トゥシスの提案に私は頷いた。
どの道、ダンジョンにいるのなら上層に向かわないと外に出られないしね。
「右の通路から追加きてる! 食い止めておいて!」
「わかったっ」
トゥシスが時間を稼いでくれている間に正面のモンスターたちを一掃する。
「このっ」
低い姿勢で近寄ってくるコートフロッグを次々に切り伏せる。
床石に剣先が触れて火花が散っているけど構わない。
この程度のものをいくら斬ってもザンヤの切れ味が落ちることはないんだから。
「今行くから、もうちょっと我慢してて!」
急いで大量のイーターマンチェラを食い止めているトゥシスの元へと走った。
いきなり上から圧し掛かられる感覚。
視界が不透明なものに包まれていた。
「ちょ、なにこれ!?」
「スライムだ! 急いで振りほどけ!」
粘性の高い体をしているスライムには剣での攻撃はほとんど効果がない。
シュワシュワという嫌な音が耳に入る。
「やばっ、装備溶けてる! っていうか、髪! 髪ぃぃ!」
この前、前髪が少し焦げて凹んだばかりだっていうのに!
「少しじっとしてろ……〈火炎〉」
トゥシスがポケットから出した紙に炎の塊が生まれる。
それを私を包み込もうとするスライムに近づける。
「あつっ、あつぅい!」
私まで熱が伝わってくるけど我慢するしかない。
炎を嫌がったのか、スライムが私の体から離れていく。
「大丈夫か!」
「な、なんとか……でもまた髪が傷んじゃった……」
ザンヤを持っているとはいえ斬れない相手では戦うこともできなかった。
「……これを巻いておけ」
差し出されたのは長い布だ。
「頭に巻くの?」
「ち、違う。その……上着がだな……」
上着?
見ると二つの控えめなものがまろび出ていた。
「うわっ、な、なんで!?」
「スライムに溶かされたんだろ。いいから巻いておけ!」
「あ、ありがと……」
横を向くトゥシスの顔が赤くなってた。
グワンという大きな音が狭い通路に響く。
「ぐぉぉ!」
トゥシスの両足がわずかに地面にめり込む。
それだけの大撃だった。
見上げるほど巨大なアイアンゴーレムが再び戦斧を振り上げる。
私の身長では相手の頭を狙えない。
「だったら!」
足元に滑り込み、鈍色に輝く装甲の間に剣を突き入れる。
「ギゴゴゴゴゴ、キゴ」
錆びた金属をこすり合わせたような耳障りな音が発せられる。
ゴーレムはバランスを崩し、上体が下がった。
不壊の方術がかけられたアイアンゴーレムの全身鎧は、こめられた方術以上のダメージを与えなければ破壊することができない。
しかもこの手のモンスターはブレイドとの相性がとても悪い。ザンヤをもってしても破壊するのは簡単じゃなかった。
でも打撃を与えるブロウなら話は別だ。鎧の上からでもダメージが通る。
だから私の役目はわずかな時間を稼ぐこと。
「喰らえ、ロウマインド流打拳術、拳気通貫!」
腰を落としたトゥシスが左の拳を放つ。
ドゴンという鈍い音。
見ればゴーレムの胸甲が大きく凹んでいた。
ビクンと一度大きく痙攣すると、ゆっくりと崩れ落ちる。
トゥシスの脚は床石を踏み抜いていた。
転移した先からいくつ階段を上ったのかもう覚えていない。
疲労がたまって今にも座り込みそうだけど、ぐっとこらえる。
「どうやら戻ってこられたようだな」
階段を上がった先のフロアはこれまでと雰囲気が違っていた。
繊細な装飾はなくなり、重厚さを感じさせる壁が続いている。
ここまでくればダンジョンに入る前に見せてもらった地図があるから迷うことはないはずだった。
「あとはイーサたちを探すだけだね」
「もう学院に戻っている可能性もあるがな」
「えー、イーサだったら私たちを探すの優先にすると思うよ」
希望が持てる会話。
戦闘に続く戦闘で疲弊していた心が少しだけ軽くなったみたいだ。
たくさんの魔獣と戦ってきて、この学院へ来て、アーツになって、ザンヤを手に入れて、私は強くなったと思っていた。
でもそれは大きな勘違いだと思い知らされた。
トゥシスがいなかったら私はこのダンジョンで死んでいたと思う。
ダンジョンは私が暮らしていた魔獣の森とは全く違う戦い方が必要な場所だった。
「あの……ありがとね」
今も先に立って警戒をしてくれているトゥシスの背中を見ながら呟く。
「その言葉を受け取るのは無事にお嬢と合流してからだな」
こっちを見ないでそんなことを言う。
「そうだね。とりあえず宝物庫に戻る?」
「いや、真っ直ぐ地上に戻ろう」
てっきりイーサを探しに行くのを優先すると思ってたのに違うんだ。
広がった空間に出たところでトゥシスの足が止まって振り返る。
「俺たちが宝物庫に行って、また同じトラップにはまったらどうする。それならまずは地上へ戻って他の先生たちに状況を報告する方が先だろ」
「うん、わかった。じゃあ、まずは昇りの階段を――」
咄嗟にトゥシスの手を引いて抱き寄せる。
「んな――!?」
ドドドという音と共に、さっきまでトゥシスの立っていた場所に不可視の攻撃がさく裂する。
「なんだってこんなタイミングで出てくるのよ」
五本腕で八本脚姿の妖異が三体、私たちを取り囲んでいた。
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