ダンジョン
ダンジョン! ダンジョン!
イーサの道場では町の外れにあるダンジョンに潜って腕を磨く訓練があったというのを私は覚えていた。
つまり助っ人を頼んだのはイーサだ。
また謎の声に呼びかけられていること、声のする方向には宝物庫があること、その宝物庫に行くには学院の地下にあるダンジョンを攻略しなければならないことを説明したら、イーサは二つ返事で引き受けてくれた。
頼りになるのは友達だよね。
その結果、私の初めてのダンジョン挑戦は、私、学院長、イーサ、トゥシスの四人パーティーで行われることになった。
ちなみに学院長はマジックとブレイドをそれぞれダブルで持っている。つまり二種類の武印を合計四つも持っているんだって。
マルチユースが珍しい上に、しかもそれをダブルで持ってるなんて。レアなユースじゃないと学院長なんていう偉い立場には立てないのかもね。
実はフォーユースのイーサなんて次の学院長最有力候補だったりして。
「クリア。問題なし」
先頭でダンジョンに足を踏み入れたのはトゥシスだ。
イーサによるとダンジョン攻略はトゥシスが一番得意としてたんだって。
だからパーティーの安全を確保するためにもトゥシスを連れていくべきだと学院長に掛け合ってこのメンバーになった。
「入ってすぐが広い空間か。待ち伏せ向きだな」
地面や壁をつぶさにチェックするトゥシスの背中は、すごく頼りになる男って感じだった。
左腕にはいつもの長手甲を装備している。
さらに胸や脚などの部分を覆う甲冑も身に着けていた。防御力よりも行動のしやすさを優先した構成だ。
目的地までのルートは事前に地図で確認しているので迷いなく先導をしてくれる。
ただ後ろから見ている動きは剣士や騎士っていうよりは盗賊っぽいけどね。
それを言ったら絶対に機嫌を悪くするから言わないけど。
先頭はトゥシス、私がその次。
学院長とイーサが後に続く隊列になっている。
学院長は方術具でもある鉄扇をそれぞれの手に持っていた。
基本的には方術で前衛の私たちをフォローしてくれる手筈になっている。
この鉄扇には刃が仕込まれてるから、ブレイドとしても戦えるんだって。
鉄扇は相手の視界を塞いだり、こん棒みたいに殴りつけたり、盾がわりにも使えるから何気に応用の効く武具なんだよね。
殿はダンジョン挑戦経験もあり、マルチユースで対応能力の高いイーサだ。
イーサの手には柄の部分が抜けて剣にもなる例の傘がある。
実はあの傘、方術具であり剣であり鈍器であり槍でもあるんだって。
傘一つでイーサの持つ四つのユースに対応できるオリジナルの武具なんてすごいよね。
二人の持っている武具を羨ましそうに見てたら、マルチユースは自分の能力に適したオリジナルの武具をあつらえるのが普通なんだって教えてくれた。
そういえばトゥシスの長手甲もブロウユースとしても使えるように拳の部分まで覆われていたんだっけ。
「オリジナルの武具なんて羨ましいなぁ」
「サダーシュのザンヤだって唯一無二の存在でしょう?」
そういえばそうでした。
「ところで、このダンジョンの攻略は行われていないのでしょうか?」
「学院が創設される前に調べたという記録は残っているけど全てのフロアを攻略したわけではないようね。その時点でかなり深いところまであったみたいだから途中で引き揚げたと資料にあったわ」
頭脳担当二人の会話を背中で聞きながら先へ進む。
「このダンジョン、かなり古いな」
「そういうのってわかるんだ」
学院ができる前からあったダンジョンだから古いのも当然なんだけど。
設立されたのは400年ぐらい前だっけ?
「今いる階層は一千年近く前のローネンス様式だ。太い柱や壁、天井が特徴的でわかりやすい。もっとも様式がそうだからといって本当にその頃にできたわけではないがな」
切り出されたような大きな石が壁になっていて、飾り気なんてものはまったくない。かろうじて柱の上下に独特の文様が入っているくらいだ。
天井はアーチ状に石が組み上げられているからそれを支える壁の石はかなり厚みがありそうだった。
「古いダンジョンだといきなり崩れたりしない?」
「そうなったら学院ごと崩壊することになるな。このダンジョンは枯れてはいないし、簡単に崩れることはないだろう」
ダンジョンは成長する。
周辺に漂う様々な要素を蓄えることによって。
それは地下に眠る鉱脈であったり、周辺で生きる生物の精気であったりする。
「じゃあ、今も成長してるってこと?」
ダンジョンには中心となる核があって、それが撤去されない限りは成長を続けるんだって。
成長し続けたら地下世界につながったりしないのかな?
「そうなる。止まれ」
少し先に曲がり角がある。
トゥシスは私たちにこの場で待機を命じると、先行して角へ向かう。
私はなにかあったらすぐにでも飛び出せるようにザンヤを抜いて用意する。
「……大丈夫だ」
これまでのところモンスターに襲われることもなく、トラップもなく、安全で順調な探索行だった。
ちょっと拍子抜けするぐらいに。
「気を抜くなよ。姿を隠したモンスターがいるかもしれないし、俺が見落としたトラップだってあるかもしれない。油断が即命取りに繋がるのがダンジョンだ」
「わかってるわよ。それより姿を隠したモンスターなんて本当にいるの? そんなのどうやって存在に気づけばいいのよ」
「自分の姿を消している場合は足跡が残っていたりするからそれを見つければいい。あるいは気配を察するとかな。そのあたりは勘のいい魔獣を相手にするのと近いと思うが」
それぐらいならなんとかなるかな。
「こちらに方術をかけて姿を見えないようにするやつなら方術に抵抗すればいいだけの話だ。簡単だろう?」
う、私、方術が苦手なんですけど……方術を使えない人って方術にかけられやすいって話だし。
「大丈夫ですよ、サダーシュ。方術の反応はわたくしが見ていますから」
「ありがと。よろしくね」
なんとなく口元が緩んでしまう。
「どうかしたのですか?」
「んー、こういうの一度やってみたかったんだよね。友達とパーティーを組んでダンジョンに挑戦するっていうの」
「あら、それは私も友達に入れてもらえているのかしら?」
学院長が自分のことを指差しながら笑っている。
「お嫌でなければ」
「嫌だなんて思いませんよ。私だって貴方たちぐらいの年頃には冒険者としてあちこちを旅していたんですから。またこうしてダンジョンに潜るなんて思いませんでしたよ」
「学院長って冒険者をしてたんですか」
「意外?」
「ちょっとだけ」
思っていた以上に学院長は気さくで話しやすい人だ。
移動中に過去の冒険譚なんかを聞かせてくれた。
ようやく宝物庫がある階層にまでたどり着いた。
途中でいくつか戦闘があったけど、このメンバーだとあっけなくて語るべきことがない。
冒険者をしていた学院長が特にすごくて、モンスターに直接ダメージ与える方術も、前衛である私やトゥシスへの補助方術も、欲しい時に欲しいところにくれた。
まるで私たちは学院長の手足のように動いているんじゃないかと思っちゃうぐらいで、イーサの出番がなかったほどだ。
「ほほほ。この程度は朝飯前ですよ」
そんなセリフまで出る始末。
多彩な方術、冷静な戦闘指揮。使ってはいないけどブレイドだって相当なレベルにあるはずだ。
学院長一人でイーサ、トゥシス、私の役割がこなせるんじゃないだろうか。
ちなみにモンスターは方術で創られた疑似生命体ばかりだった。
成長はしているけど長く封鎖されたダンジョンだから、普通の生命体はいないだろうっていうのが学院長の見解だ。
「ちょっと待って」
私の声で一行の足が止まる。
三層まで下りてからというものどうも落ち着かない。
《…………》
呼びかけられている気がする。
「なにか聞こえる……」
他の三人に目立った反応はない。やっぱりこの声は私にしか聞こえていないんだ。
「でもなんて言ってるかまでは……うーん、ダメ。わかんない」
「宝物庫はこの階層だからまっすぐに向かいましょう。ただし気を付けるように。このフロアから先には強いモンスターがいたと記録に残っていますから」
実際、学院長の言っていた通りだった。
これまでとは比べ物にならないほど強いモンスターが徘徊していた。
時に強行突破し、時にやり過ごしながら私たちは足を進めていく。
「あの扉の向こうが宝物庫のはずです」
ようやく目的の場所にたどり着いた。
半円アーチの扉には派手な装飾はなく、そこにあるだけで侵入者を拒むような雰囲気がある。
イーサが手を触れてなにかの方術を発動させた。
「方術でロックがかけられてますね」
「任せておいて。代々の学院長が持つ鍵があるから」
学院長が懐から取り出したのは手のひらサイズぐらいある大きな鍵だった。心なしか明滅していて生きているみたいだ。
この鍵が方術具になっていて、適切なコマンドワードを唱えることで扉が開くんだって。
「――〈開錠〉」
ガチリという機械的な音がした。
重厚な扉がゆっくりと左右に開いていく。
完全に開き切ったのを確認して、トゥシスが発光の方術がかけられた小さな棒を投げ入れる。
「かなり広い空間だな」
光が届く範囲にはなにもない。天井どころか壁の位置すらわからなかった。
扉を開けたら金銀財宝が並んでいると思っていたのに。
「部屋というより広場になっているようだ」
発光の方術をかけた棒をいくつか投げ込んだけど、部屋の全容はまったくわからない。
「入口に罠はない。入るぞ」
周囲を警戒しながら宝物庫に侵入する。
疑似生命体の気配は感知がしにくいので、どうしても歩みはゆっくりになる。
四人の足音だけが部屋に木霊する。
部屋は広大で先は見えない。
方術の光で見ることができる範囲はそれほど広くない。
その光もかすかに霞んでいるみたいだった。
地下の部屋なのに霧でも出ているのかな?
――霧が出ている!?
「みんな、離れないで!」
咄嗟に前を行くトゥシスの肩を掴む。
「イーサ! 学院長!」
振り返った先に二人の姿はなかった。
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