代表選考戦
「大丈夫ですか、サダーシュ」
上着を脱いだらイーサが目の前にいた。
手を伸ばせば抱きしめられる距離。ちょっと近いかも。
「うん、眠いだけだから。体の方は絶好調なんだよね。いつもよりキレもいいし。ただとにかく眠くて……ふわぁ」
うー、なんでこんなに眠いんだろう。
「昨夜は心配したんですよ。日課を終えたら方術を教えて欲しいって言われていましたから待っていたのに全然戻ってこないんですから。
結局、サダーシュが戻ってくるまでわたくしも起きていられなくて眠ってしまったんですけど……どこへ行っていたのですか?」
「それが覚えてないんだよね。お風呂はいっしょに入ったでしょ。晩御飯のことはよく覚えてるんだけど……」
昨日はカラッと揚がったお魚料理でした。
学院で出される食事はどれも美味しいので最高です。
「二人ともどうした。練習試合の時間だぞ」
先に着替え終えたハージェシカさんに声をかけられる。
おっと、私も急いで準備をしないと。
腕輪の効果か体の動きは悪くない。この状態でどこまでやれるか確かめておかないとね。
なにしろすぐに代表選考戦があるんだから。
「ああ、そうだ。サダーシュの剣だが明日には作業が終了するそうだ。お昼頃には届くとカージェンスから言伝を頼まれた。間に合ってよかったな」
「ホントに? ありがとー」
あの剣が届けば私だって戦力になれるんだから。
この腕輪の効果と合わせればチームの戦闘力は大幅アップ間違いなし!
……たぶん。
「よかったですね。サダーシュの活躍を期待してますから」
「うんっ、任せてよ!」
イーサの期待には応えたい。
ううん、絶対に応えるんだ!
※ ※ ※
いよいよ代表選考戦の日になった。
「……眠い」
「昨夜も遅くまで戻ってきませんでしたけど……何か悩み事でもあるのですか?
それならわたくしに相談をしてください。サダーシュの力になってあげたいんです」
瞳を潤ませたイーサに申し訳ない気持ちになる。
「ううん、悩みなんてないよ……方術が使えないこと以外はね。学院での生活は楽しいし、たくさん友達もできたし」
でもここ数日の夜のことはよく覚えてないんだよねぇ。
日課をこなすために部屋を出て、それから……どうしたんだっけ?
「何か病にかかっているのではないか? どこか痛いところがあるとか」
既に準備を終えたハージェシカさんも会話に加わる。
今日のために彼女が用意した武具は右手に硬鞭、左手にサイドハンドルバトンという組み合わせだった。
ハージェシカさんはブレイドとブロウのマルチユースだから剣の感覚で使える硬鞭で相手をけん制しながら防御もできるサイドハンドルバトンで戦線を維持する形で戦うことになっている。
「全然。むしろ体調はいいし」
ちなみにイーサは身長と同じぐらいある長いスタッフを持っている。
いざとなれば杖術にも使える武具だ。
もっとも護衛役にトゥシスがいるのでこれまでの練習試合ではほとんど出番がなかったんだけどね。
「それよりカージェンスさんからの使いの人はまだかな」
今日の代表選考戦に間に合うように剣を持ってきてもらえることになっているんだけど。もうお昼すぎちゃったよ。
「そろそろ準備は終わったか?」
控室にトゥシスがやってくる。後ろにはハヤード君が続いていた。
トゥシスは左手に艶を殺した黒色の長手甲を装備している。私が以前壊しちゃったあれだ。
心なしか表面にあった文様が簡単になっている気がするんだけど……もしかして完全には元に戻らなかったとか? 悪いことしちゃったかなぁ。
「サダーシュの剣はまだ届いてないのか?」
ハヤード君は弓と短めの槍を装備していた。こっちはもうおなじみだ。
「そうなんだよねー。試合には間に合うように届けてくれるって話だったんだけど……」
言いながらその言伝を持ってきてくれたハージェシカさんを見る。
「そう言われている。何か問題があれば連絡があってしかるべきだが報告は入っていないのか?」
「うん、なんにも。どうしよう。もうすぐ試合の時間だよね」
「構わん。最初から戦力としてあてにはしていないからな。いつも通り適当な武具を選んでおけ」
とっても失礼なことをトゥシスがのたまった。
全員の冷めた視線がトゥシスに向けられる。
だけど鉄面皮が変化することはない。
「準備ができたら会場へ向かうぞ。全員、抜かるなよ」
私たちの初戦の相手はツグース君たちのチームだ。
マジックユースで王役のツグース君を中心にまとまったチームだけど、戦闘力と言う面では私たちより数段落ちる。
でも油断は禁物。やるからには絶対に勝たないとね!
「……いつもとあまり変わらなくてごめんね」
唇を噛みしめながらみんなに頭を下げる。
「いいえ、サダーシュはできることをしっかりこなしてくれました。わたくしたちに頭を下げる必要はありませんよ」
「そうだな。後ろから見ていた限り今までで一番いい動きをしていたんじゃないか。ブレイドの能力が安定してきたのかもしれないぞ。自信を持つといい」
「開幕早々落ちなかったのは成長の証。気にすることはない」
みんなが口々に慰めてくれる。
仲間の存在ってありがたいね。
「だから言っただろう。あてにはしていないと」
でもトゥシスだけは相変わらずだった。
もう慣れっこだからいいけど、慰めの言葉とかあってもよくない?
ツグース君のチームとの試合は私たちの勝利で終わった。
私は短めの剣を持って参加したんだけど中盤で脱落。
でもやられたのは私だけで、まったく危なげのない試合展開だった。
結果報告を私たちがしていると、ツグース君がこちらへやってくる。
「完敗だった。さすがにイーサティアチームは強いな。俺たちの分まで頑張ってくれ」
負けたにも関わらずツグース君はそう言って激励してくれる。
「ありがとうございます。わたくしたちが代表になり、対抗戦では上級生にも勝ってみせますよ」
差し出されたツグース君の右手を握り返しながらイーサが勇ましいことを言う。
自信に満ち溢れた表情はイーサにとても似合っていた。
「サダーシュも慣れない剣でよく粘っていたな。エイザーンが驚いていたぞ」
エイザーン君はツグース君チームのブレイドで、さっきの試合では私と直接剣を交えた相手だ。
「でも結局やられちゃったし……」
私がチームの穴なのは相手もわかっているから、まず私のところへ敵前衛がやってくるんだよね。
それに対して私はなるべく時間を稼ぐことで対抗するんだけど、今回はその時間稼ぎが上手くいった。
たぶん腕輪のおかげで動きがよかったからじゃないかなと思うんだけど。
「いや、あそこで粘られたせいでこちらの予定が狂ってしまった。
やっぱりサダーシュはブレイドユースとして腕を磨いていくのがいいんだろうな。次も頑張れよ」
「うんっ、ありがとう!」
手を振ってチームの所へ戻っていくツグース君の背中を見送る。
「対戦相手からも褒められたのですから、今の自分に自信を持ってくださいね」
「腕輪のおかげで体のキレはとってもいいんだよね。でもこれのおかげで強くなれているのってちょっと違うくないかな?」
「方術での肉体強化も許されているし、アイテムでの強化も問題はないだろう。だから気にしないでいい」
ハージェシカさんに肩を叩かれた。
「それよりまだ剣は届いていないのか? 誰かに使いを頼んだ方がいいかもしれないぞ」
「問題ない。試合開始前に出しておいた。何かあれば連絡がある」
意外にもトゥシスがそんなことを言う。
びっくりした顔でトゥシスを見ていたら、何故か顔をしかめられた。
「それよりも次の試合だ。おそらくケインズたちが上がってくるだろうが」
ケインズ君たちはヨシリアム君たちのチームと戦うことになっている。
戦力的にも練習試合の実績でもケインズ君たちが有利かな。
『――勝者、ヨシリアムチーム!』
信じられない試合結果のアナウンスが聞こえた。
「ケインズたちが負けただと!?」
「冗談だろ?」
「まさか……」
みんなが茫然としている。
特にイーサとトゥシスの驚きは大きいみたいだった。
「どうしてケインズたちが負けるっ。負ける要素はなかっただろう!」
実際、練習試合の勝率ではケインズ君たちは私たちに次いで高かった。対ヨリシアム君チームとの勝率も七割はあったはず。
順当ならケインズ君たちが勝つ。誰もがそう思っていた。
負けたケインズ君たちがこちらへやってきた。
「……言い訳はしない。私たちの負けだ」
「ケインズ……」
トゥシスが睨みつけるようにケインズ君を見ている。
「すまない、お嬢。不甲斐ないばかりだ」
イーサは黙って首を横に振る。
「あれ? ケインズ君ってその杖を使ってたんだっけ? あれれ? ヘイズもいつも使ってる武具と違うくない? 直前で作戦を変更したの?」
ヘイズは一撃の重さと広げれば防御にも使える鉄扇を使っていたはずなのに、今は長柄の武具を持っていた。先端部分が継手でつながるフレイルタイプだ。
「これは距離を取るために使ってみようかなって思ったから……」
言い訳じみたことを口にしながら背中に隠そうとするけど長柄の武具だから丸見えだよ。
「どういうことだ。どうして使い慣れない武具で戦ったっ」
声を押さえたトゥシスがケインズ君に詰め寄る。
「私たちはお嬢たちのチームを応援しているのでぜひ勝っ――」
「……武具を隠されたのですね?」
一瞬、誰が口にしたのかわからないような小さくて低い声だった。
「貴方たちが十全の力を発揮できないように何者かが工作をしたのですね?」
イーサってこんな声を出すこともあるんだ。
きっとこれは怒っているんだ。
グラグラと煮立つような怒りを堪えている声だ。
「私の口からは何も言えません。負けたのは事実ですから」
それだけ言うとケインズ君は口を閉じてしまう。
嫌な沈黙が落ちる。
「あたしたちは行くね。お嬢たちはがんばって!」
ヘイズに促されるようにしてケインズ君たちが立ち去るのを私たちは無言で見送るしかなかった。
「こんなこと……許せません」
イーサの声にみんなが頷いた。
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