親友の悩み
カージェンスさんのお話はお説教と言っても間違いじゃないと思うんだけど、彼の武具に対する並々ならぬ想いをたっぷりと聞かせていただけたのはきっとよかったことなんだろうなって思うことにしました。
「はぁ……くたびれた……」
精神的な疲労を抱えながら部屋に戻る。
「ただいまー」
少し遅くなっちゃったけど、今ぐらいの時間はイーサが方術を教えてくれることになっている。
だけどイーサは口を引き結んで椅子に座ったままだった。
私が戻ってきたのは気が付いていると思うんだけど、目を合わせてもくれない。
むしろ私のことを避けるように俯いていた。
そんなイーサに方術を教えて欲しいなんて言い出せるはずもなく、小さな声で日課をしてくると伝えて部屋を後にする。
なんだかイーサはひどく落ち込んでたみたいだった。
上級生の強さがショックを受けるぐらいすごかったのかな。
私が少しでも戦力になれていたらイーサがあんな顔をしないで済むのに……はぁ、情けない。
いつもの場所に行き、いつもの鍛錬をする。
動きはよくない。
剣を振る軌道はイメージと違うし、速度も力強さもない。
「……ふぅ」
一通りを終えて大きく息を吐いた。
差し出されたタオルを受け取る。
「ありがと。珍しいじゃない、わざわざ渡してくれるなんて」
トゥシスは仏頂面でフンと鼻を鳴らした。
「……お嬢はどうだ?」
「うーん……」
顔をタオルに押し付けて汗を取るフリをしながら、どう説明しようか少しだけ考える。
「……いつもとはちょっと違う感じ、かな?」
「そうか」
トゥシスは苛立たしげに頭をかいていた。
「ねぇ。何があったか聞いてもいい? あ、ハージェシカさんから簡単に話してもらってるんだけど、できたらトゥシスからも聞いておきたいかなって」
「……そうだな。一応とはいえ、お前もチームメイトだから伝えておくべきか」
一応とか余計なひと言はいらないですよ?
それから上級生とケインズ君たちとの練習試合の内容を改めて聞かせてもらった。
トゥシスは余計な感情や感想を交えずに、あの場であったことをありのまま話してくれた。
「……すごいね。ちょっと信じられないぐらい」
ハージェシカさんも言ってたけどケインズ君たちのチームは強い。
同門で訓練をしていた仲間でチームを組んでいるから連携力については4チームで一番なのは間違いない。それに戦術のバリエーションも豊富で思わぬ攻撃を仕掛けてくる。
意外性と堅実性が組み合わさった厄介なチームだと思う。
私たちとの練習試合でも前衛の三人を攻略してイーサに迫るなんてことは一度や二度ではないんだよね。
トゥシスがイーサを守っていなかったら負けていた試合はいくつもあったんだから決して弱いはずがない。
「どうしてイーサはあんなに落ち込んでるの? 別にイーサが戦ったわけじゃないんだし、あそこまで凹むのってちょっとヘンかなーって思うんだけど」
「それは……同門のケインズたちがなす術もなく負けたからだろうな」
あれ? 今、ウソをついたよね?
視線をそらしたし、一瞬だけど言い淀んだし。
なんでウソをつくんだろう。
私ってそんなに信用ないの?
ジーとトゥシスを下から見上げていたら、何故だか大きなため息を吐かれた。
「なによ」
「すまん。正直に伝えるべきか少し悩んでな。
お嬢があれだけ落ち込むほど、お前の存在が大きくなっていたのに思い至って考えを改めることにした」
そりゃ、イーサは私にとって一番の友達だし?
イーサには友達がいっぱいいて、私はその中の一人にすぎないかもしれないけど、そんなこと関係ないし。
「お嬢の道場に最年少だが腕の立つブレイドがいてな。本来は一緒に入学する予定だったんだが道中で体調を崩したから途中の町で静養させているんだ」
「その子のことなら前にちらっと聞いた覚えがあるよ。本当なら私とイーサの部屋にいっしょに入る予定の子がいたって」
「そうだったのか。俺が思っていた以上にお嬢はお前に気を許しているんだな。しかし、なんだってこんな奴を……」
「こんな奴言わない。それで?」
「そいつは間違いなく道場で一番の腕を持っていてな。どうやらお嬢は無意識にそいつとお前を比べたらしい。そしてあいつがここにいたら上級生のチームに勝てるかを考えて……自己嫌悪に陥ったみたいだ」
「ヘンなの。そんなことでイーサが落ち込む必要なんてないのにね」
イーサって繊細だなぁ。
そういうところがイーサのいいところでもあるんだけど。
「……腹が立ったりしないのか? お前と比較してあいつなら勝てるかもしれないと計算をしているんだぞ?」
「そんなの仕方ないでしょ。悔しいけど私が足手まといなのは事実だし。その子の方が頼りになるってイーサが考えたって不思議じゃないよ。それに同じ道場でやってたんだから信頼度っていうの? そういうのもその子の方があるんだろうしね」
練習試合で私個人は毎回討ち取られている。
劣勢になる試合はすべて私がやられたところをハージェシカさんとハヤード君がどうにか塞ごうとして前線が崩れるからなんだよね。
だからとても戦力になっているとは言えません、はい。
「私だってあの剣が手元にあったらちょっとぐらいは力になれると思うんだけどね。でも今はないからしょうがないでしょ。
あ、そうそう。だからね、修理に出しているお店に行ってきて代表選考戦までには届けてもらうようにお願いしてきたから。あの剣なら少しは戦力になれるんじゃないかな。それでイーサの期待にも応えられるといいんだけど」
「そうか。お前がいなくても代表になれると思うが、上級生に勝つにはお前に戦えるようになってもらわないといけないからな」
私がいなくても代表になれるっていうのはちょっとカチンときたけど、これまでの練習試合の実績から見てもそれは事実なのでここは我慢しておく。
剣が戻ってきたら見てなさいよー!
「なんだ、言いたいことがあるのか?」
わかってて聞いてくるとか性格悪ぅい!
「私だって活躍するんだからね!」
対抗戦でいいところを見せれば騎士として声がかかるかもしれないわけで。
「そういえばトゥシスも騎士になるのが目標なんだっけ?」
「……まあな」
護衛役ならガードユースは鉄板だし、私よりもずっと可能性は高そうだ。
「本気で騎士になりたいのなら方術の一つも使えるようになった方が早いだろうがな」
ニヤニヤ笑っているトゥシスの顔にタオルをぶつけてやる。
「なんだよ、汗臭いだろ」
「く、くさくないわよ!」
乙女に対してなんてこと言うのよ!
ズンズンと足音を鳴らして立ち去ろうとしたらトゥシスから声がかけられた。
「お嬢のことを……頼む」
それはとても真剣な声で、振り返ればいつもと違うトゥシスの顔が見られることはわかっていたけど、だからこそ見ない方がいいのかなって思ってしまう。
「わかってるわよ、そんなこと言われなくたってね。だって私はイーサの友達なんだもん」
まずは悩み続けているであろうイーサに声をかけよう。
それで私たちは友達なんだって伝えよう。
きっとそれで大丈夫。
友達ってそういうものだと思うから。
※ ※ ※
「……シュ。……て。サダ……」
「ぅうぅん……」
なんだか頭が重い。
薄ぼんやりとしたヴェールの向こうで誰かが私の名前を呼んでる気がする。
「サダーシュ、サダーシュ!」
「……うにゃ?」
見慣れた顔が私を見下ろしていた。
「どうしたの、イーサ。なにかあった?」
起き上がろうとするけど、なんだか体が重い。
体だけじゃなくて頭もぼぅっとしていた。
「昨夜は遅くまで戻ってこなくて心配したんですよ。いつもの日課をした後にどこかに寄り道をしたのですか?」
「そんなことないけど……あれ? 私、どうやって部屋まで戻ってきたんだっけ?」
たしかトゥシスと別れてまっすぐ部屋に戻ったはずなんだけど。
それでイーサに気にしないでいいよって話すつもりで……そうだった!
「イーサ!」
「は、はいっ」
ベッドから飛び起きて、イーサの手を両手で取る。
「気にしないでいいからね!」
「……何をでしょう?」
きょとんとした表情のイーサもとっても可愛かった。
「私は私で、他の人と比べられても気にしてないっていうか、今は私がイーサの一番近くにいるんだからもうちょっと頼ってもらえるような存在になるからね!」
イーサが大きく見開くと青い瞳がこぼれ落ちそうになる。
「サダーシュ……ごめんなさい。わたくし――」
「ストップ!」
生憎と両手はふさがっていたので、おでこをくっつけるようにしてイーサの言葉を遮る。
目の前にはイーサの瞳がある。
唇には熱い吐息がかかっていた。
「私は私。イーサの友達だから! イーサにはいっぱい友達がいるけど、私だってその中の一人なんだから! だからヘンなことで気を使わないでいいからね」
「サダーシュ……」
私の顔が映る青い瞳が揺れる。
「……ありがとう」
「うんっ」
イーサが笑って抱きしめてくる。
「ちょ……苦しいよぉ」
胸の中にいるイーサの体はとっても柔らかくていい匂いがした。
強く押し付けられている大きな二つのものが気になったけど、意識から放り投げておく。
「ところで昨夜はどうしたのですか? いつまでも戻ってこないから心配して……」
「ごめんね。まっすぐに戻ってきたつもりなんだけど……あれれ?」
なにか違和感があると思ったら右手にブレスレットみたいのをしていた。
いつ身に着けたんだろう。覚えがない。
「トゥシスには会ったのでしょう?」
「うん。イーサが悩んでる理由をその時に聞いてね。ごめんね、あんまり頼りにならない友達で」
ぎゅうっと抱きしめられる。
「そんなことありません。わたくしはサダーシュという友達を誇りに思っていますから」
「えへへ。私もだよ」
さらに強く抱きしめられて、イーサの胸が私の胸に押し付けられる。
苦しいのに心地よいという相反する感覚で、なぜだか胸がドキドキする。
なんかこれを長く続けるのはよくない気がするので、ゆっくりと体を離した。
「では、朝食へ行きましょうか」
「うんっ」
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