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夜の日課

 夜遅く、私は人気のない場所へ稽古に向かう。


 風を切る音がする。

 それから地面を滑るように動く足の音。

 短く漏れる呼気。


 暗いところで立ち止まり、しばらく音だけを聞いていた。


 やがて音が止まる。


「……出てきてもいいぞ」


「なんだ、気づいてたんだ」


 剣を持って型の練習をしていたのはトゥシスだ。


「精が出るじゃない。もしかしてそっちも日課だったりするの?」


「だとしたらなんだ」


 流れ落ちる汗をぬぐうタオルもぐっしょりと濡れている。

 いつからここで剣の稽古をしていたんだろう。


「私がそうだから聞いてみただけ。

 学院に来た最初の日もここに来てたしね。もしかして私の後を追いかけてきてたとか?」


「なんで俺がそんなことをしないといけないんだ。アホウ」


「いきなりアホはないでしょ、アホは!」


 わざわざ息抜き相手をしてあげてるっていうのに!


「お前も稽古をしに来たんだろ。始めたらどうだ」


「言われなくてもやりますぅ~」


 もう、かわいくないんだから!


 それから小一時間。いつもの動きを繰り返す。

 とはいえ全部我流。

 実際に自分がやってきた動きのなかでよかったところをまとめたものにすぎない。

 だから、ちゃんとした剣術を学んだトゥシスから見れば不格好に見えるのも仕方がないよね。

 そりゃケインズ君からも「バケモノじみた動き」とか言われちゃうわけだ。


 でも私にだって言いたいことはあるんだよ。

 私が相手にしてきたのは魔獣。人間とは違う生き物。

 手の数や足の数が違うこともあるし、ものすごく力が強かったり、皮膚が固かったり、毛皮が攻撃をはじいたりする。

 そういうものを相手にするには、こちらも動き方を考えないといけない。


 人間相手に戦ったことがないからそっちはよくわからないけど、魔獣相手のことならわかる。

 私の動きは正しい。

 だって今日まで私は魔獣と戦って生きてこられたんだから。


「……ふぅ」


 一通りの動きを終えて、大きく息を吐く。

 視線を感じる。


「なによ?」


「いや……なんというか、本当に剣理とは異なる動きだと思ってな」


「それは前に聞いたわよ。

 どうせ私の剣は偉い先生に教えてもらったものじゃありませんよーだ」


 ばふっとタオルを顔に当てて汗をとる。


「それでも……俺より強い」


「当たり前でしょ。私はブレイド、そっちはガードとブロウじゃない。剣を持っての戦いで私に勝てると思う方が間違いなの」


 逆の立場だったら「そんなことは常識だろう」と嫌味のひとつでも口にしているんじゃないの?


「そもそも、なんだって剣術をやってるのよ。別のことに時間を使った方がいいんじゃない?」


「俺はお嬢の道場に通い詰めていたからな。あそこではすべての武具について教えてもらっていたんだ」


 そういえばイーサがトゥシスの剣術はブレイド持ちにも負けてないって言っていた。

 実際、ニシキーン先生にも立ち回りを褒められてたぐらいだし。


「イーサのお家ってなにをしているところなの? 剣術を小さい頃から習っていたみたいなことを言ってたし、偉い騎士様の家柄だったりするとか?」


「似たようなものだ。シェールグッド領で剣術指南役を代々務めている。ニアステリア家といえば武の道では有名だからな」


「ああ、やっぱりいいところのお嬢様なんだ。貴族様にしては人当たりがよくていい人だよね」


 トゥシスが私の顔をじっと見ている。

 なによ、私の顔になにかついてるって言うの?


「お嬢は貴族ではない。というか、そういう話をお嬢としていないのか?」


「うーん、プライベートのことはあんまり話さないかなぁ。そもそも今は目の前のことで手一杯だしね。

 それに私の住んでたところなんて本当になんにもなかったし、イーサが聞いても楽しくないと思うし」


「そんなことはないだろう。各地の暮らしの様子などは興味を持って聞いてくれるはずだ。お嬢は勉強家だからな」


 あー、それはわかる。だって就寝時間がくるまでは本を読んだり手習いをしてるもんね。

 イーサは真面目で勉強家なのだ。

 ……私と違って。


「ふーん。今度そのあたりのこと話してみるよ。私もイーサがどんなところで生まれ育ったのか興味あるし」


 個人的にどんなものを食べたらあんなに立派なものを持てるようになるのか聞いておきたい。

 きっと今からでも遅くはないと思うんだよねっ。

 諦めなきゃ、きっと大丈夫!

 ……たぶん。


「じゃあ、今日はもう寝るわ。おやすみ、トゥシス」


「ああ」


「あのね。おやすみの挨拶ぐらいはしなさいよっ」


「……おやすみ」


 最初から素直にそう言えばいいのよ、まったく。



        ※        ※        ※



「ふぃ~。まいったぁ……」


 くたくたになった体を更衣室の椅子に預けてぐったりする。

 ブロウの授業でこってり絞られて、しばらくは立ち上がれそうにない。


 打撃系の武器を使うブロウは、こん棒やメイス、長めの棒を使ったり、拳に鉄拳や鉄甲をつけて戦うスタイルだ。

 重量武器としてはウォーハンマーみたいなのもあるし、小さいものでは手に握り込んで威力を増す寸鉄のようなものまである。


 護りの方術がかかっているプロテクタのおかげで大ケガはしないけど、殴られると青アザができてるんだよね。あとが残ったりしないよね。


「あんまりのんびりしていると次の授業に遅れますよ」


「はーい」


 イーサの言葉に返事をして着替えを始める。


 次の授業は待望の基礎方術だ。

 私も使えるのかなぁ。使えるようになれるといいなぁ。


 方術の中には自分の肉体を強化できるものもあるそうなので、知っているとなにかと便利そうだしね。


「ねぇ、痛みを取る方術ってイーサは使える? ここがちょっと腫れてて……」


 服を脱ぎながら聞いてみる。

 ちょうどイーサもシャツを脱いだところだった。

 二つの大きなものがぶるんって揺れながらまろび出ていた。


 ……はぁ。

 イーサのってやっぱり大きい。私の顔ぐらいある。

 あんなの重くないのかなぁ。


「応急措置程度の効果しかありませんけどできますよ。でも方術を使うには方術印が必要ですから、今すぐというわけにはいきませんけれど」


 しかもすっごく柔らかそうなんだよね。

 きっと指で触れたら「ぷにっ」とか、「ぽよん」ってなるはず。

 私のは「ぐに」って感じだと思うんだけど。

 目の前にあるんだから自分の手で確認する。

 うん、やっぱり「ぐに」だ。


「そういえばトゥシスにいいようにやられていましたね。あの子の打撃は芯に残るから痛みが後に引くんです」


 あちこちに殴られて青アザができてる私と違って、イーサの肌にはどこにもあとが残っていない。きれいなものだ。

 イーサの肌ってハッとするほど白いんだよね。ハリっていうかツヤっていうか、そういうのが私とは全然違う気がする。

 おまけに全体的に曲線で構成されていて、どっちかというと直線で形作られている私とは違う生き物みたいだ。


「サダーシュ?」


 きっと冬に食べる物がなくてひもじい思いをしたり、流行り病で人が死ぬところを見たり、野盗におびえたり、動物に食糧を荒らされたり、魔獣に襲われるなんていう経験はないんだろうなぁ。

 おいしいものをたくさん食べて、温かい部屋でいっぱい寝たら、私もイーサみたいな女の子らしい体になれるのかな?


「どうかしたの?」


 イーサが腰を折って私の顔を覗き込んでいた。

 ちょっと視線を下に向けると、そこには深い谷間がある。


 両手を伸ばして、それを下から支えるように触る。


「あんっ♪」


 やっぱり「ぽよん」だった。二つあるから「ぽよんぽよん」だ。

 しばらく無心で柔らかさを堪能する。

 触っていると、とても幸せな気持ちになる。

 心地よい重さと手のひらに張り付くような感触。

 なんで私にはこれがついてないのかなぁ。

 いや、ついてるけど大きさ的にね。

 こうして弄んでいるだけで、どんなストレスだってたちどころに解消してしまう気がする。


「ンもう、やめて~ンン。気持ちよくなっちゃうからぁ~」


「あ、ごめん」


 気が付いたら更衣室には私たち以外は誰もいなくなっている。

 私ってば、どれぐらいの時間、おっぱいを揉みしだいてたんだろう。

 このおっぱい、時間泥棒すぎるよ!


 二人で人気のなくなった廊下を教室へと急ぐ。

 楽しみにしていた方術の授業だし、遅刻するわけにはいかないもんね。





 ジンバルク先生が教室の教壇に立って宣言をする。


「それでは方術の授業を始めます」


 教壇には模様のようなものが書かれた紙や小さな棒が置いてある。


「まずは方術の基礎から始めましょう。

 方術とは何か? これを一言で言い表すのならば、特定の現象を具現化する体系と言えばよいでしょう。

 こういうものは実際に目にした方が早いので、さっそくお見せします」


 先生は教壇に置いてあった紙を手にする。


「この紙には方術印が描かれています。

 さて、この中でマジックユースではなく方術が使える人がいたら挙手をお願いします……では、ヘイステイシア君。前へ来てください」


 ヘイステイシア=ウィスホールさんはブロウユースの女の子だ。

 ブロウの授業ではどんな武具を使っていても足の運用がいいってゴウロウン先生に褒められていたっけ。


「これは光の方術です。わかりますか?」


「はい」


「ではこれを発動させ、維持をしてください。コマンドワードは『発光』です。触媒としてこの棒を使ってください。

 ああ、そうだ。暗幕は降ろしておきましょう。その方が結果がわかりやすいですからね」


 先生の指示で教室の暗幕が降りた。


「ではお願いします」


 ヘイステイシアさんは大きく息を吸って、手に持った棒を振りかざす。


「〈発光〉」


 その瞬間、教壇の紙を中心に光がともった。薄暗い教室がほんのりと明るくなっている。


「わー、すごいよ! 明るいよ!」


 一部を除いた人がクスクス笑っている。

 なんで? 私、なにか変なこと言った?


「サダーシュ君の素直な反応が基礎方術担当の先生はとても嬉しいです。

 方術が使える皆さんも初めての時はあんな反応だったんじゃないですか? 誰もが通る道です。サダーシュ君は胸を張っていいですよ」


「はいっ」


 えへへ。なんか褒められちゃった。

 ジンバルク先生はいい先生だよね。



ブックマーク等、よろしくお願いします。

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