- After Story 章吾視点・Epilogue -
……RRR、RRR、RRR……
有川さんと抱き合ってキスをしていると僕の院内PHSが鳴った。
「「っ」」
二人共思わずパッと離れる。
「は、はい、並枝です」
『先生、マナちゃんが麻酔から目が覚めました』
電話はさっきオペを終えたばかりのマナちゃんが目を覚ましたという知らせだった。
「わかりました、すぐ戻ります」
「どうしたの?」
「マナちゃんが目を覚ましたって」
「じゃあ、すぐに行ってあげなくちゃいけませんね? マナちゃん、並枝先生の事、
大好きだからきっと会いたがってますよ?」
有川さんは涙を拭くと看護師の顔になった。
二人でマナちゃんの病室に向かおうと歩き始める。
すると、僕の右手首から何かが外れた。
「あ」
コンクリートの床に視線を落とすと、それはマナちゃんが作ってくれたミサンガだった。
「解けた……」
「それじゃあ、先生の願い事が叶ったんですね?」
それを有川さんが拾い上げる。
「うん」
◆ ◆ ◆
「先生、どこ行ってたの……?」
マナちゃんの病室のドアを開けると、マナちゃんがゆっくりと僕の方に顔を向けた。
「マナちゃんの手術が成功したから、ホッと一息吐いてたとこだよ」
僕がそう言って頭を撫でると麻酔から覚めたばかりのマナちゃんは少し眠そうに微笑んだ後、
「……マナのミサンガは?」
と、僕の右手首に視線をやった。
「あ、これ、さっき解けたんだ」
ポケットからオレンジとイエローのミサンガを出してマナちゃんに見せる。
「先生……願い事、叶ったの?」
「うん、マナちゃんのおかげで叶ったよ。ありがとう」
「先生の願い事って、なぁに?」
「えっ? え、えーと……」
(困ったな……なんて答えよう)
「『マナちゃんの手術が無事に成功しますように』ってお願いしたのよ」
すると困っている様子が背中に滲み出ていたのか、後ろにいた有川さんが助け舟を出してくれた。
「そ、そうそう、だから、叶ったんだよ」
僕は思わずそれに乗っかった。
「そっかぁー」
マナちゃんは嬉しそうだ。
「さて、マナちゃん、まだ手術が終わったばっかりだから、今日はぐっすり寝て
また明日お話しようね」
「うん、おやすみなさい」
「おやすみ」
僕と有川さん達ナースはマナちゃんに手を振って病室を出た。
「有川主任、ありがとう、助かったよ」
「どういたしまして。でも、並枝先生の願い事って何だったんですか?
マナちゃんに訊かれても言い渋ってたからちょっと気になるかも」
有川さんはちょっと悪戯っぽい顔で僕に視線を移した。
「う……」
まさか、マナちゃんの追究から逃れた後、有川さんの追究の手に掛かるとは思わなかった。
「もう叶ったんだから、教えてください♪」
「えーと……ぼ、僕、カルテの整理が残ってるからっ」
もう逃げるしかない。
僕は適当に誤魔化して出奔した。
「あっ、並枝先生、ずるーいっ」
後ろで有川さんが頬を膨らませてるのが想像出来る。
(いつか教えてあげるよ)
だって、他のナースもいたから恥ずかしくて言えない。
僕があの時、マナちゃんのミサンガに掛けた願い。
それは……
“有川さんとこのままずっと一緒にいられますように……”
この事を彼女に話すのはまだ先――、
お互い自然に“章吾”、“千夏”と呼べるようになってからでいいかな。