34話 酔った女性は可愛い。お前彼女の前でもそれ言えんの?
「ヘータロー!もう、なんで電話でてくれないの!」
2日ぶりに見たアルナの最初の表情は頬を膨らませて怒っている顔だった。俺の上から一向に降りる気配がないのは俺が逃げないように押さえつけててるつもりなんだろうか。誰かに召喚される事に関しては俺の意志とは無関係だから逃げる逃げないの話ではないんだけど。
ていうか電話ってなんだ。
いや、電話くらい知ってるよ?そういう意味じゃないよ?
電話という単語を聞いて、俺はあるものに思い当たった。以前、アルナから手渡されたスマートフォ―――もとい、スマートボード。通称:スマボだ。
存在自体をすっかり忘れていた。
俺は腕を伸ばしてアルナの尻のあたりをまさぐる。
「あ、や、ちょ……へーたろぉ、いきなりそんな――」
変な声をあげるんじゃない。お前が馬乗りになってるからポケットを漁る時にちょっと手があたるだけだ。
俺はポケットからスマボを取り出した。画面には何も映ってないけど、本体の隅で小さい光が点滅している。
「これか?」
「そうなの。何度もかけたのに、なんででてくれないの!」
「いや、そう言われても…使い方わかんないし、電話とか知らなかったし」
「ヘータロー、電話知らないの?」
「え?あ……うん」
いや、電話くらい知ってるよ?
でもたぶんアルナは俺が『電話』というものを知らないと思ったんだろう。言い訳するのもめんどいしそういう事にしよう。ウン、ボク異世界人ダカラ電話ワカラナイ。
「えっとね、電話って言うのはね。まず横についてるボタンを押して~――」
アルナは何が嬉しいのか、喜々とした表情でスマボの説明を始める。
嬉しそうにしゃべる少女はこの戦場に全くもってふさわしくない。見方によってはひとつのスマホを2人で仲良く扱うカップルにも見えなくはない姿は完全な場違いだ。
俺は周囲との温度差が気になってとてもじゃないけど説明が頭に入ってこない。アルナは周囲が見えてないのか、現状も場の空気も全く察している様子もなくスマボの操作方法を若干近すぎる距離でまくしたてるように進める。口を挟みたいがその隙もないくらいに。
「ヘータロー、なんだそいつは」
唐突な少女の登場に固まっていた周囲が動き出す。その中で最初に口を開いたのはモーガンだった。
「はい?あ、えっと、この子は――」
「あたしはヘータローのパートナーなの!」
なんて答えればいいか迷う俺の言葉を追い越してアルナが鼻息荒く答えた。
「でね、こっちのボタンが――」
「いや、待て待て待て」
一言、相手の問いに端的に答えてやりとりを終えたつもりのアルナは俺へのスマボの取扱説明に戻ったが、モーガンは当然、そんな事を聞きたいわけじゃない。
圧倒的に邪魔な場所で周囲の戦場など気にも留めずに戯れる俺とアルナはとにかくものすごくすごい邪魔だ。
……いや、これはチャンスか?
「すまない、俺はこいつを安全な場所に連れて行く!」
我ながらナイスな作戦だ。アルナを避難させる名目でこの場を立ち去る。完璧すぐる。
俺は上に乗るアルナが倒れそうになるのも構わず強引に立ち上がり、アルナの手を取ってその場から離れようとする。
「わっ、ちょっとヘータロー、強引なの」
ここにいるととにかく登場人物が無尽蔵に増え続ける。あまつさえ俺の知り合いまで出始めてきた。これ以上登場人物が増えてさらに事態がややこしくなるのはごめんだ。例え止まれと言われてもすたこらさっさだぜ。
「止まりなしゃ~い!だーれの許可で~?ここから立ち去ろうとしているんで・す・か!」
「うげ、伏頭伏屈」
これ以上何かが起こる前にこの場から立ち去るという俺の目論見は一瞬にして消えた。
初めて聞く声にアルナは嫌な声をあげる。不撓不屈って口にしたけど、知ってる人なのか?
間延びしたたるく甘く声の主は女性で、長身でありながら膝丈まである長くボリュームのある緑色の髪を揺らし、ピッチリと体に張り付くような服を着崩して豊満な胸を突き上げるように強調している。
こちらにゆっくり歩いてくるが、その足はおぼつかなく、顔は紅潮しているように見える。彼女は手に持った筒を口につけて豪快に傾ける。気持ちよく喉を鳴らし、ご満悦な溜息を大きく吐く。
「あら~、あらあらあらあらまぁまぁ、しょこにいるのは…………」
何かをいいかけて不意に止まる不撓不屈。彼女の纏う空気が一変するのを感じた。きっとこの場にいる全員が同じ変化を感じたんだろう、緊張感に場の時が止まる。
彼女はそばの壁に片手をつき、うつむき、そして――
聞くに堪えない音と見るに堪えないブツを口から豪快にぶちまける。
そこにいる全員がその様子をただただ黙って眺める。
もはやマルス達勇者一行の愛と感動の物語の手に汗握るラストバトルの様相など何処へやら。いや、俺とアルナのやりとりで緊迫した雰囲気はかなり失われてはいたけれども、そこの酔っぱらいはゼロを通り越して一気にマイナスへと持っていった。
「ふぃ~~」
胃の中のものを出し切り、スッキリした顔の不撓不屈が筒の飲み物でうがいをする。雰囲気的に酒だよねそれ。質の悪い酔っぱらいのおっさんと比べるのも失礼に思えるほどの不愉快極まりない行為、絶対にこの人とは関わりたくない――――絶対関わることになるんだろうけどな!アルナの知り合いみたいだし!
女は千鳥足でアルナの前までくると、アルナを見下すように睨んでいたが、急に地面に伏した。完全なるDOGEZAスタイルだ。
「お金貸してくだしゃい!」
恥も外聞もないその姿は見るだけでこちらの気分をぐいぐいと突き落とす。
「は?」
地に頭をつける不撓不屈を汚物でも見るかのような見下すアルナ。アルナってこんな冷たい声出すんだ。
「ちょっとね、訳あってね、お金が必要なの…」
懇願する不撓不屈の言葉にアルナは返事を返さない。
「えっと、その、病気の妹の手術費用が足りなくて……」
「また賭けで借金作ったんでしょ」
「……ちっ」
今の、舌打ち?
立ち上がり膝をはたいて汚れを落とす不撓不屈。溜息をひとつつくと、俺と目があった。
じっと俺を見る不撓不屈、俺も相手の目を見返している。そして――
「……はっ」
え、鼻で笑われた?なんで俺はこの馬鹿にされたような目で見られなきゃならんのだ。非常にムカっ腹がたってきた。確定的明らか的にこの女はクズだ。そういう人種だ。どうやっても変わりようのない最低な性格のやつだ。たとえ違ったとしても俺の中では未来永劫普遍的にそういうことでいい。
不撓不屈は下品に酒を煽ると、マルス、クロノの方を見る。
「ぷはぁ……。ま、いいわいいわぁ。今日は宛があるんですよっと。魔王倒したら借金チャラでいいって言われたんでしゅよいーよいっと」
「伏頭伏屈の問題児、ボルカニカ=スフィンクス」
「伏頭伏屈………まさか!?」
「Fだ」
クロノは矛先をマルスから不撓不屈のボルカニカに変えて黒い闘気を纏う。クロノだけじゃない、マルス、そしてモーガンらも警戒をボルカニカに向けている。
「いいじゃないいいじゃな~い。それらぁ第1問、いってみよ~~!」
周囲のすべてから敵意を向けられたボルカニカはご満悦といった笑みを浮かべていた。




