30話 魔王城の常連さん、酒場の常連さん
紅茶を一口含んでから、魔王は語り始める。
「人と魔族が争いを続けていることはご存知でしょうか?」
「少しだけ聞きました。魔族が人の領地を脅かしてるって、昨日魔王城に来ていた勇者が言ってました」
「マルスさんですね」
「あ、ご存知なんですか」
「えぇ、ここ最近の常連さんなので」
「常連って…」
「そうですね。人族の大半はそのような認識を持っています。魔王は人族の暮らす領地・ゴートレス大陸を侵攻するためにゲートを利用して魔物を送り込んでいると、それが通説となっています」
「実際は違うんですか?」
「はい、それは事実ではありません。魔族は人の領地を奪おうなんて考えていませんし、ゲートを利用して魔物を送り込んだりといった事もしてません。ただ、人の領地にゲートが生まれ、そこを通って魔物が人の領内に移動している。それは事実です」
「えっと、故意じゃないって事ですか?」
「そうです。ゲートは私達が生み出しているものではありません。そして魔物は獣、人でいうところの野生動物みたいなものですから、人を襲ったとしても私達がどうこうという訳ではないんです。魔界でも魔族が魔物の犠牲になることはままありますし、それこそ逆に、ゴートレスから魔界にやってきた獣によって魔族が犠牲者になることだってあります」
「それじゃあアンプランドゲートは自然現象というか、自然災害みたいなもんだっていうんですか?」
「自然現象…まぁはい、そういう認識でいいと思います」
そこまで話してギルさんは紅茶に手をかけた。カップの中身を飲み干すと隣に控えているメイドがすぐにポットから紅茶を注ぐ。
「ここまではいいでしょうか」
「はい」
「それで、次は人と魔族の争いの話になります」
こう、真面目な話がずっと続くと肩が凝ってしまう。今の俺の体で肩こりが起こるかはわからんけど、社会のお勉強のような話に頭の重さは既に感じている。
話を聞く限り、そしてこの街や魔王と触れ合う限り、魔界や魔族はその言葉からイメージするような悪に染まった場所じゃない。むしろ超好印象だ。そういう名前の場所であり、そういう名前の種族ってだけで、見た目に違いはあれど、人と何ら変わらない生活を営んでいるみたいだ。
という事は人の方が率先して魔界に侵攻しているという事なんだろうか。
俺はこの世界の人間じゃないけど、それでもやっぱり人間だからか、人と魔族が争ってるって聞くと、人類が正義、魔族が悪って構図を安易に描いてしまう。けどそうだよな、異世界なんだし、こんなに親切にしてもらってるのにそれを無碍にするような偏見を抱いていたら、お前の勝手なイメージを押し付けるなと怒られてしまう。大丈夫だ、俺はもうこの街と触れ合って知っている。先入観は捨てて良いイメージを持っていこう。
「今の人族と魔族の争いは15年ほど前に起こりました。人と魔族は大昔こそ争いを重ねてきましたが、ここ200年は不干渉を貫いていて、それこそ人間と魔族の友好的な交流も生まれつつありました。15年前、あの出来事が起こるまでは…」
「あの出来事?」
「ゲートの発生です。ゲートの発生はここ15年の出来事なんです」
「わりと最近なんですね」
「えぇ、そうなんです。ゲートは突如、世界中で発生しました。何の前触れもなくゴートレスの至るところに魔物が現れ、世界は大混乱に陥りました。人はそれを魔族の侵攻と受け取ったんです。そしてそれを期に、人と魔族は再び対立することになりました」
「ひどい話じゃないですか。魔族は何も悪くないのに勝手に悪者にされて、誤解を解こうとはしなかったんですか?」
「それは…っと、すみません。仕事が入ったようです。話の続きは後にしましょう」
「え、あ、はい。わかりました」
話を途中で切り上げて、ギルはいそいそと部屋を後にした。
俺もここにいてもしょうがないし部屋に戻るか。
にしてもひどい話だ。魔族が一方的に悪者にされてるなんて。こんなにいい人達なのに。
なんとか誤解が解けて人と魔族が仲良く平和に暮らす世界にならないもんか。
お笑いという娯楽は平和な世界でも、平和じゃない世界でも役割を持つことはできる。
だけどせっかくなら平和な世界で輝かせたい。悩みのない世界で頭空っぽにして笑って欲しい。俺はお笑いは何気ない日常の中での娯楽や刺激でいいと思っている。
あってもなくても誰も困りはしないけど、誰もがあって欲しいと思ってしまう。サウイフモノニワタシハナリタイ。そしてキャーキャー言われたい。
そんなことを考えながら魔王城の廊下を歩いていると、前方の騒がしさに気づく。見ると見覚えのある4人組がこちらに向かって走ってきていた。
「君はっ!」
「あ、マルスさんじゃないですか」
「ヘータローじゃないか。どうしてまた魔王城に。ひとまず逃げるぞ!」
「え、あ、ちょ…」
マルスは俺の手を掴むと強引に引っ張って逃走を再開する。
「かんぱーい!」
お互いを労い合う勇者達。俺は今、そんな皆さんの飲みの席でご一緒させていただいている。
一行は、頭に角の生えたナイスバディなウェイトレスが運んでくる料理や酒を何の躊躇もなく飲み食いし、騒ぎ立てている。周りのテーブルで食事をしている魔族たちはいるがまだ昼過ぎ、飲んで騒いでいるのはうちらのテーブルだけだ。
…ってこれデジャブ!
マルスたちはまた魔王に挑みに行ってたってことか、ってことはさっきの魔王の急務もマルスさん達の相手ってことかな。
「にしても、ヘータローさんは2日連続魔王に拉致されるとは、君は何か特別な存在なのかい?」
「いえ、全然そんなことは。ただのしがない芸人です」
「あっはっは、ヘータロー、お前芸人なのか。こんな芸人攫って、魔王もよほど暇してるんだな」
こんなて、こんな芸人て、いや元の世界でも別に胸張れるような売れっ子じゃなかったけど、モーガンさん昨日ちょっと一緒に飯食っただけで俺のなんの芸も見てないじゃん。
いや、うん。芸人としてバカにされてちょっと熱くなったな。ヨッパライの戯言だ、聞き流そう。
昨夜同様、マルスとモーガンが盛り上がり、ウェンディはマルスの隣で慎ましやかに飲んでいる。そしてポポさんは動かざること山の如し。ポポさん生きてるよね?まばたきしてる?
「皆さんはまた魔王に挑まれてたんですか?」
「おうよ!日課だからな」
ケラケラと酒を煽りながらそれがなんでもないことのように語るモーガン。なに、この人達は毎日魔王に挑んでるの?
「我々は必ず魔王を打ち倒し、世界に平和をもたらすのです」
マルスさんは口が悪くなることはないが、言動が大きくなるようだ。
自慢の愛剣が床に転がっているのは目に入っていないご様子。
「次こそは魔王をぶっ倒すぞー!」
高らかに宣言するモーガン。しかし周囲の客は昨夜と違って無視か失笑している。そりゃそうだ。こんな明るい時間から酒を煽っているのは自分達だけ。昨日は夜だから許されてたけど、今は酔って騒ぎ立てているはた迷惑な客だ。
「あの、皆さんは魔族が良い人達だってわかってるんですよね」
「あぁ、そうだね。この街に限らず、ファーゼストエンド周辺の街の魔族は皆いい人達ばかりだった」
「だったらなぜ、打倒魔王を目指すんですか?実は昨日、魔王城に呼ばれて魔王から話を聞いたんです。魔族は人間の領域を侵略しようとはしてないって」
「おーそうか。お前も魔王に呼ばれたか」
「やっぱり皆さんも知ってるんですね。この街に着いた人間には全員に話してるって言ってました」
「その話は僕達もこの街について最初に魔王と戦ったあとに聞いたよ」
「だったらどうしてこんな戦いを続けてるんです」
「そりゃおめぇ、俺達が勇者だからだよ。それ以上の理由がいるか?」
「勇者だから?」
「おうよ。勇者は平和のために魔王を倒す!常識だろ」
「でも魔王を倒すことが平和の繋がらないなら、倒す意味なんてないんじゃ」
「なに言ってんだ?魔王を倒せば平和に一歩繋がるだろ」
「だって戦争の原因は魔王じゃないんですよ」
「いやいや、戦争の原因は魔王だろ」
「ゲートを作っているのは魔王じゃないんですよ」
「戦争けしかけて人の為だなんだって言ってる奴が正しい訳がねぇ。魔王は悪だ」
「魔王から話聞いたんですよね。魔王は人の領域をどうこうしようなんて思ってないんですよ!」
「魔王が本気でそう思ってるところも気に入らねぇな!魔王がしてる事はそれと変わらねぇ。魔王のくせによぉ!人様の為だ?神様にでもなったつもりかってんだよ!」
「魔王がどうかなんてどうだっていいんだ!?俺はあいつの!?」
俺とモーガンの言い合いを黙って聞いていたマルスが突然激昂してテーブルを叩いた。
周囲の目が一斉にこちらに向けられる中で、マルスは我に返って厳しい顔をする。
「すまない。なんでもないんだ、皆すまなかった」
マルスは平穏な食事の時間を邪魔したことを周囲に詫びる。
隣に座っていたウェンディが静かに立ち上がりカウンターで会計を済ませると、マルスに寄り添って背中に手をかける。
「いきましょう」
「あぁ、皆すまなかった」
マルスはもう一度、店内に詫びて店を後にした。
それに続くモーガンは溜息一つついて俺を見る。
「悪かったな。ただ俺達はやっぱり魔王の考えには乗れねぇよ」
文句のひとつでもいわれるかと持ったけど、小声でそれだけ言い残してマルス達に続いた。
ゲートの発生を人族が魔族のせいだと決めつけた事が戦争の引き金になった。魔族に人の領域を犯す気はない。
魔王からはそう聞いたけど、マルス達は魔王は悪だと言っていた。
魔王が俺に嘘をついたか何かを隠してる?いや、隠すも何も俺と魔王はそんな親しい仲じゃないけど。けど今朝の説明は俺を騙す為に嘘をついてて、本当は人族の侵略を狙ってる?
けどマルスは魔王はどうだっていいって言ってた。
うん~、考えても訳わかめ。
まだ俺の知らない何かがあるんだろうな。魔王との話も途中だったし、ちゃんと話聞きたいな。
なんにせよ俺が帰れる場所って魔王城だし。テツに聞いてみるのもいいかもな。
そんなこんな頭を働かせてたせいで、前方確認がおろそかになって店の出入り口で人とぶつかってしまった。
「あ、すみません」
「……人間か」
黒い鎧に身を包んで顔も伺えない。兜の奥で赤く光る目だけが異様に印象的だ。
その相手の低く響く声が聞こえたと思った瞬間――景色が天と地もわからなくなるほど激しく揺さぶられた。




