勇者不完全②-14
ノーシアは何度目になるか分からない爆破の魔術をサータムに向けて放った。火力こそ低いが広範囲に及ぶ複数の爆発はサータムの勢いを削ぎその場に釘付けにしていた。
サータムへのダメージはあってないようなものだがノーシアの目的は魔術でサータムを仕留めることではなかった。ノーシアは爆煙立ち込める一帯から距離を置き、ゆっくりと息を吐いた。
専守防衛の持久戦、それがノーシアが竜人に勝つために考え付いた策だった。
(いつまでも竜人化はしていられるわけじゃない、魔術も遠距離武器も持たない相手なら一番の得策……)
爆煙は収まるころノーシアは再びサータムと対峙した。実力はサータムの方が勝るが未だノーシアに傷一つ負わせることの出来ていない状況、しかしサータムは別段焦った様子を見せなかった。相変わらず引きつった卑しい笑みを浮かべたままだった。
「狙いはいいんじゃないかい?相手が少しでも弱い時を狙うなんて基本よ基本、全力の相手と真正面から戦うのが好きな奴もいるっちゃいるがね、馬鹿のすることとしか思えないねえ」
「……わかってても貴方にはどうしようもないはずよ、貴方の脚力も攻撃範囲も見切っているわ、無理矢理突っ込んできても目くらましじゃない私の本気の炎で焦がされるだけよ」
「いやいや大したもんだねえ、こりゃまた元の死体に戻っちまうかもねえ、全くお笑い草だ」
本気とは思えない口調、ノーシアを嘲るかのような口調で話しながらサータムはゆっくりノーシアに近づき、ノーシアもそれに合わせゆっくりと後退した。ノーシアの額からいやに冷たい汗が一筋滴り落ちる。ただ戦術として下がっているはずのノーシアだったが微かに気圧されているような心地をも味わっていた。それはサータムから発せられる不気味な気配、既に犯している致命的な過ちにとことん付け込もうとしている嗜虐的な気配によるものだった。サータムは尖った尻尾をゆらりと体の前に出した、鈍く輝くその切っ先に口を一筋に結んだノーシアの顔が写り込んだ。
「銛の竜、竜の中じゃ一番下等で体も小さいし羽根も無い、火も吹けるわけでもないし風を操れるわけでもない、尻尾と頭の外骨格が特徴のつまらない竜さ」
「……何が言いたいの?」
「別に?ただどんなモンにもそれなりの使い道はあるって話さ、アタシの場合竜人化して再現する竜の力がそこまででもないからか持久力はまあそこそこでね、長い時は半日近く竜人のままいれんのよ、面白いだろう?」
「ッ!」
ノーシアは銛の竜の伝承を思い出す。眠らない竜、小型ながら群れで狩りを行い時に大型の竜をも仕留める凶暴な竜、弱さを執念深さと狡猾さで補う危険な悪竜、サータムはまさに人の知能を得た銛の竜に他ならなかった。
「必死こいて悪手こさえて本当お疲れさんだねえ、仮にも荊兜だったこのアタシをアンタ一人でどうにかできると思ってたのかい?そりゃあ傲慢が過ぎるってもんさあ!」
ノーシアが動揺から立て直すまでのわずかな時間に付けこみ、サータムはこれまでに無い早さでノーシアに向かって走り出した。おおよそ武器を振るうことを考えていない、頭から突っ込んでいく全力疾走、それでもノーシアはサータムを瞬炎の射程内に収めていた。自身との距離は近かったが爆破するには十分な距離があった。
「傲慢はどっち!?爆ぜろ!瞬炎!」
ノーシアの爆撃はしかしサータムを捉えることはなかった、爆破の寸前、サータムは地面に尻尾を突き立てた反動により加速し、爆破の範囲外まで走り去っていた。背後で起こる爆発さえ推進力に変え、サータムがノーシアに一気に肉薄する。咄嗟に体の前に出されたノーシアの掌を貫いたのは、両手のブレードトンファーでも尻尾でもなく、銛のように尖った頭の外骨格だった。サータムの勢いはノーシアの腕一本では到底抑え切れるものではなく、すぐさま掌は腕ごと押し込まれ、肩口に打ち付けられた。動きを大きく制限された状態のノーシアは勢いに負ける形で仰向けに倒れ始めた。
「あっけないねえ、まあ荊兜でもない人間なんざこんなもんか、そこそこ手間取ったけどこれでオサラバさ、色んなもんまき散らして死にな!」
「……やっぱりあなたは傲慢ね……もう私に打つ手がないと、思ってる!」
ノーシアは残る右腕でサータムの体を掴み、足をサータムのみぞおちにあてがうと、体を逸らしながらサータムを後ろに放り投げた。無理矢理外骨格を引き抜かれることになった掌の痛みに耐えながらノーシアはサータムから片時も目を離さなかった。確実に熱線を命中させるため、空中で身動きの取れないサータムの一撃を見舞うため反り返ったまま狙いを定めた。
「穿て!瞬炎!」
ノーシアの放った熱線は寸分たがわずサータムの心臓があるだろう位置目がけ飛んだ、鉄すら溶かしきる高温・高密度の炎が無慈悲にその胸に風穴を空けるはずだった。しかしサータムの五本目の手とでも言うべき尾が身動きできない空中での移動を可能にした。尾を近くの建物の壁に突き立てた反動は心臓の位置から熱線を遠ざけるには十分だった、結果ノーシアの渾身の熱線はサータムの左肩を抉るに留まった。
「つっ、ああもう!」
「はっ、まだまだっ!」
受け身もとれず地面に叩き付けられた両者だったが即座に立ちあがり相手に向き直った。ダメージは負ったが未だに相手が健在なことは見るまでもなくわかっていた。
「危ないねえ、また死ぬとこだったじゃないか、しかし今ので仕留めきれなかったのは痛いんじゃないかい?その傷だって浅くはないだろうにさ」
「そっちこそ左はもうまともに動かせないでしょう?後は気概のある方が勝つ、言っとくけど私はまだ自分の命を諦めちゃいないんだからね、あんたが何だろうが乗り越えて行くよ」
「大した意気込みだねえ、眩しい眩しい、でも残念ながらタイマンは終わりだよ、バケモノ二頭のお出ましだ」
サータムが指差した方向には屋根から屋根に伝いノーシアらに向かい迫るレストとその少し後を飛行するサーガの姿があった。レストがノーシアのそばに、少し遅れてサーガが石畳を砕きながら荒々しく着地する。
「あのデカブツはどこ行った?」
「門の近くに隠れてる、直接戦える奴じゃないみたいだけど何?」
「テルキオールの奇跡を使うアイツを先にやんねえとあの竜人娘はいくらでも再生すんだよ、キリがねえ」
「どうりで、長いことやりあった割に傷の一つもないわけか、お互い面倒なの相手にしちゃったねっと!」
会話も束の間、レストとノーシア目がけサーガが火球を吹き付ける。ノーシアが即座に魔術で迎撃し誘爆させるも、熱波と爆音はレスト達に容赦なく押し寄せた。
「余裕がないじゃあないのさ、なんならお助けしましょうかね?」
「必要ない、巻き込まれたくなかったら引っ込んでてよ、今日の僕は加減が出来ないの知ってるでしょ?」
はいはい、と言い大げさな動きをしながらサータムはサーガから距離をとった。白兵戦しか出来ないサータムにとってサーガとの連携はただやりにくいだけでなく死の危険さえ伴うという判断だった。
こうしてレスト達と対峙するのはサーガが一人。ノーシアと二対一でサーガを相手にすることも可能な状況が出来上がった。しかしレストは真っ先にその選択を排除した。まだ戦えるとはいえノーシアの傷は浅くなく、不死身となっているサーガに二人まとめて鉄槌で叩き潰される可能性は十二分にあった。相変わらずオーギュロープの排除以外にサーガの脅威を止める方法はなかった。しかし肝心のオーギュロープが姿をくらましている以上、それさえ容易に行うことが出来ないはずだった。しかしオーギュロープは姿を現した、自分の姿を晒すように、砦の上に堂々と現れた。
「役者がそろったようだ!そうとも、これは革命劇だ!暗闇に潜みひたすらに耐え忍び、報復を誓った我らが今まさに、驕り高ぶった人間に鉄槌を振り下す、その幕開けなのだ!血沸き肉躍るというもの!」
既に勝利したかのように語気を張り、オーギュロープが叫んだ。誰もがオーギュロープを見た、それぞれの心境は必ずしも一致してはいなかったが、両腕を広げ時折身を震わせながら叫ぶオーギュロープを黙って見やった。
「……自分にも奇跡使って死ににくくなってんだろうけどよ、あんな高台でアホかあいつは?斧かますか?」
「それより見て、門のとこ!」
オーギュロープに斧を投げつけようとしたレストを制止しノーシアは砦門を指差した。
真っ当な人間なら近づこうとさえ思わないだろう、今現在の砦に近づく影が一つあった。その影は地面を滑る様な動きで進み、窮屈そうに半壊した砦門をくぐった。窮屈に感じるのも無理もないだろう長大な半身、蛇の胴体を持つ男だった。
「フォークランド……」
「言ったはずだ、役者は揃ったと!」
誰に投げるべきか決めかねた斧をレストはゆっくりと下ろした。敵か味方か、レストはフォークランドの顔に目を凝らした。しかし何の感情も匂わせないフォークランドの表情からは何の意図も読み取ることは出来なかった。蛇そのものの瞳だけが不気味に輝いていた。
読んでくれた人には感謝しかないです、本当です。




