出会い 源義経
「源頼朝、おれの兄さま……?」
それはおれが魔術書を読みながら、あたらしい魔術を練習していたときのこと。
秀衡さまがやってきて、兄さまからのてがみがきたのだと教えてくれた。
義経へ
突然の手紙、申し訳ない。驚かれてしまったことであろう。
貴殿は赤子であったから覚えていないだろうけれど、私は三男で貴殿の兄、名は源頼朝という。
義経、貴殿が奥州にいるとの話を聞いて手紙を書かせてもらった。
私がそちらへ向かうことを許可された。
そこで、私のことを案内してはもらえないだろうか。
実際に行けるのがいつになるのかはわからないが、確実に行きはすると思う。
だから義経、……準備をしておいてくれ。
源頼朝
てがみの内容はこうであった。
その名に聞き覚えはなかったけれど、おれの兄さまだと言っているのだから、きっとそうなのだろう。
しかしどうして、兄さまがおれの居場所を知ることができたのだろうか。おれがここでなにもせずにいるうちに、兄さまはどんなことをしてきたのだろうか。
そもそも、どんな人なのだろうか。
「手紙にはなんと書いてあったんだ?」
兄さまからのてがみを読み終えたおれに、秀衡さまは訊いてくる。
その表情がどこか不安げで、おれもとても不安になった。どうして秀衡さまがそんな表情をしているかわからなくて。
だけど秀衡さまにかくしごとなんておれにはできないから、そのてがみをそのまま秀衡さまに見せた。
「お前は私の傍にいてくれるのだろうか。義経よ、お前は私を頼ってくれるのだろうか。お前にとっての私とは何か、教えてはくれまいか」
てがみを読むと、なぜか秀衡さまはそんなことを言ってきた。
おれに質問をしているというよりは、まるでひとりごとのように思えるような言い方だ。どうしたんだろう。
どうしてなのだろう。
「おれにとっての秀衡さま? なんと言っていいかわかんないけど、大事な人に決まっているでしょう? そのようなこと、どうして問われるのです」
どうせ考えたところでおれには上手な返しなんてできないから、正直なきもちを秀衡さまに伝えた。
「ありがとう。ありがとう、義経。私は嬉しいよ」
すると秀衡さまはそう微笑んで、歩き去ってしまった。
その背中がおれにはひどくさみしそうに見えて、追うこともできず、伸ばしかけた手もおろしてしまうのであった。
秀衡さま、おれはなにをしてしまったのだろうか……。
そのこたえがわからないまま、ときは流れていった。
「頼朝殿がいらっしゃったそうだ。ほら、片付けなら私がしておくから、行ってらっしゃい」
おれが弓の練習をしていたところに、秀衡さまがやってきて優しくそう言ってくれる。
「ありがとうございます。秀衡さま、行ってまいりますね」
これから兄さまに会うことができるのだ。胸をおどらせながら、おれは兄さまが待っているという部屋へと走った。
そこにいたのは、なんだか武士らしい恰好をしたふたりの男性。
ひとりはとても美しい人。腰まで伸びるきれいな漆黒の髪、絶望しか映していないかのようで、とてもかなしげな漆黒の眼。
その深い黒とは対照的に、はだはとても白かった。
おれだって白いほうだとは思うけれど、その人のはだはおれよりもずっと白い。
もうひとりは、ふしぎな人だった。
見た目はふつうなんだけど、なんだか雰囲気がふしぎなんだ。
その眼を見ていたら、すべてを見透かされてしまいそうで、だけどこわいような印象はうけない。ふしぎな、としか表現ができないような人。
「私は源頼朝と申す。義経、こちらへきてはもらえないか」
美しい男性はそう言って、おれのことを手招いた。
てがみには案内をしてくれと書いてあったんだけど、その表情は観光を目的としているようには思えなかった。
用件がなんなのかはわからなかったが、きてくれと言っているのでおれはそのあとに続いた。
「兵を挙げようと思う。そのとき、義経は私についてくれるかっ」
きれいな髪をなびかせて、その人 ――兄さまは私に詰め寄ってきた。
あまりにいきなりのことだったので、おれはなんと言っていいものかよくわからない。
「敗戦からずっと、私は平家で情報収集に努めていた。そして今こそ、兵を挙げるべきときであると判断したのだ。そこで、義経のことを聞いて訪ねてきたのだ」
たしか、その戦争はおれが生まれたころだったんだよね。
おれはもうすぐ二十歳になるから、それだけ長く兄さまは平家の情報を集め、挙兵の機会を待っていたということになる。
そんな兄さまが今こそそのときというのなら、そうなのかな。
平家こそがすべてであるこの時代。それを、兄さまの名に変えられるというのか。
ならばおれはこたえをひとつしか持っていなかった。
「はい。兄さまのために、おれは力を使いたいです。いつか兄さまか、もしかしたら父さまか、だれか家族が迎えにきてくれるのを待っておりました」
そこでやっと、秀衡さまがどうしてあんなことを言ったのかがわかった。
秀衡さま、ごめんなさい。