辿り着いた場所 梶原景時
久しぶりに頼朝様に呼ばれ、部屋に向かった。
「頼朝様、景時が参りました!」
あまりに嬉しくて、声が上ずってしまう。
「入って」
しかしそれに反して、頼朝様の声は弱々しいものだった。
もしかして、緊急のようだったのだろうか。まさか、頼朝様の身を脅かすような輩が現れたとか?
そうだとすれば、嬉しさの滲む声で返事をしてしまったのは、いけないことだった。
この景時、なんということをしてしまったのだろうか。
切腹も覚悟し、頼朝様の部屋に足を踏み入れた。
そこに広がっていたのは、予想もしなかった光景。
美しい。本当に美しい。美しいのだけれど、許されてはいけないもの。本当は景時だって、美しいと思ってしまったのだから、罪を犯した者どもと同じだ……。
いつかにもあった、こんなこと。
あのときも景時は頼朝様に美を感じてしまっていた。
成長したと思い込んでいた、自分の浅はかさが恨まれる。
「心配しないで。襲われたわけじゃないよ」
頼朝様の言葉。
しかし、襲われたのではないのなら、どうして頼朝様は、その……服を乱して倒れているのだろうか。体中白濁に塗れ、声も掠れているし瞳も虚ろだ。
この愛らしさと色気と美しさと、全てを兼ね備えたような芸術。
じゃなくって、痛々しく残る頼朝様の心の傷。
卑劣な奴らに襲われて、使い古した玩具のように捨てられたのだと、そうとばかり思った。
頼朝様がそれを否定するのならば、そうではないのだろう。ならば、なぜこのようなお姿を?
「いろんな人を誘ったんだけど、まだ、足りないんだ。だからっ、最後の砦は景時だな、なんて思って。こんなことで呼んじゃって、怒ってる? 気持ち悪い?」
躊躇いがちに話しながらも、体をひくつかせている。
戦の活躍のことではなかったにしても、景時は頼朝様に、最後の砦などと言われてしまった。
ここまで嬉しいことがあろうか。
どうやら頼朝様も苦しい目に遭ったわけではなく、自ら望まれて快楽を得ていたとのことらしい。
それならば、いくら景時とて相手を咎められないな。
頼朝様のお躰を使っておきながら、後始末もしないことはどうかと思うが、それも頼朝様の謀なのかもしれない。
賢い頼朝様の考えることなど、景時なんかにわかることではない。
「怒るはずがございません。気持ち悪いなどと、とんでもございません。嬉しくて、嬉しくて……。本当に、景時でよろしいのでしょうか」
「信じているから呼んだんだよ。気絶するくらい、私を気持ちよくさせて」
即答だった。
迷うこともなく言ってくれたということは、間違えなく本心ということなのだろう。
頼朝様が嘘など、ありえないことである。しかし頼朝様はお優しいから、お世辞ならばいくらでも言って下さる。
そのお世辞ではなく、本心からそう思って下さっているから、即答してくれたのだろう。
信じているから呼んだ、か。
憧れの頼朝様にそのようなことを言われてしまっては、たとえ殺されたとしても夢心地だな。
「承りました」
嬉しい言葉と命令に、頬が緩みそうになってしまうが、なんとかそれを抑える。
景時は変態ではない。景時は、頼朝様を性欲の捌け口にする、最低な男とは違うのだ。景時はただ、頼朝様が望むことだから、頼朝様と一緒に気持ちよくなろうとしているだけ。
だから極めて真面目な表情をして、真面目な声で返事をした。
「優しくなんて、しなくていいからね? 激しく、私を犯して」
な、なんてことを仰るんだ。
平常心を保とうとはするけれど、頼朝様の誘い方は尋常ではない。
数々の男を手玉に取ってきたのだろうと思わざるを得ない。
「はい」
無意識に返事をして、横になる頼朝様の上に跨っていた。
本当はこんな無礼な行為、許されていいわけがない。
だけど、それを頼朝様が望んでいらっしゃるんだ。
頼朝様の命令だから。頼朝様が望んでいることだから。それは頼朝様に罪をなすりつけるようなことだったけれど、そうでもしないと、景時は頼朝様を苦しめることなどなかった。
その苦しみが、頼朝様にとって快楽に変わっているのだろう。
そうだとしても、景時には無理なのである。
「どうしたの? もっと、激しく抱いてよ。ド淫乱の私は、これじゃ満足できないよ」
激しく? そうだ。乱暴な抱き方を、頼朝様はお望みなのだ。
この美しいお方を乱暴に扱うなどできなくても、景時はそうするしかないんだ。
一度、欲望に任せてみようか。
頼朝様は景時と気持ちよくなろうとしているんだ。それだったら、景時も男として、欲を解放するべきなのだろう。
これだけ頼朝様はありのままのお姿を見せて下さっているのだ。
それなのに景時だけが、服を纏ったままなどと反対に失礼に当たるのか。
景時だけが冷静なままで、乱れる姿を見せもせず、不平等と思われるか。
見苦しい姿など、頼朝様にお見せできないと思った。しかし、本当はそうじゃないのか。
「頼朝様、もう我慢できません。だから最初に謝っておきます。申し訳ございません」
「我慢なんてしなくてよかったのに。謝る必要もないよ。さあ、感じるままに私を乱して」
どうして頼朝様が、ここまで乱れたいと望むのか。
今までこんなことはなかったのに。平家を滅ぼしたから、だなんて、そんなことが理由になるだろうか。でもそうでないなら、何か頼朝様の身に変化を及ぼすようなものが、あったのだろうか。
不思議には思ったけれど、淫らな頼朝様のお姿に、景時は考える脳などなくしていた。
「……んはぁ、あっ……ああぁん……」
色っぽい喘ぎ声を漏らしながら、頼朝様が景時の自身を銜えている。
その顔は今にも達しそうで、幸い苦しそうな様子はなく、本当に景時から見ていると、何よりも最高の眺めなのである。
こんな快楽を得られるのは、景時だけの特権だと思っていいんだろうか。
それとも、頼朝様は他の人にも見せているのだろうか。
そう思うと醜い嫉妬が影時を覆い尽くし、他の人が見たことのない頼朝様を見たくて、思いきりに激しく動いていた。
「…………弁慶っ……」
限界を迎えられたようで、同時に頼朝様は意識を途絶えさせたようだ。
しかし、そのときに呼んだ名は、景時の名ではなかった。
どうして? 頼朝様を快楽へ誘ったのは、他でもないこの景時だというのに。どうして。




