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愛の理由  作者: 桜井雛乃
大好きだから
21/46

誘われる蝶

 心配だな。兄さま、どうしたんだろう。

 それにべんけーも、いきなりお風呂に入れる役割を、なんてどうしたんだろう。

 どうするつもりなの? べんけーはおれのことを想ってくれているし、兄さまを好意的に見ているようにも思えなかった。

 それなのにべんけー、どうしたんだろう。

 ちょっと怪しんじゃっているおれがいて、それはいけないと疑念をはらう。

「景時、兄さまを助けてくれてありがと」

 これ以上べんけーのことを考えていると、思考はさらに悪いほうへと行ってしまいそうだった。

 だから兄さまを連れてきてくれた、梶原景時にお礼を言うことにした。彼がいなかったら、兄さまがどうなっていたかわからない。

 そもそも、兄さまはどうしていなくなっていたのだろう。

「誰も頼朝様をお守りしないから、こんなことになったのだ。この景時も含めて、頼朝様をお守りできなかった。お礼など言われる資格もないし、お礼など言う資格もない」

 そんなことを言われても、景時が兄さまを助けてくれたのはほんとうだし。

 景時って、兄さま想いにもほどがあるよ。

 ちょっとくらい、気を抜いてもいいのに。

 そりゃまあね、気を抜いていたせいで、兄さまが傷ついたりするようだったらそれは絶対だめ。

 でも景時は、がんばりすぎかな。

「ごめん。でも、兄さまは景時になにを言っていた? お礼くらい、言ってくれるんじゃないかな」

 こんなことを言っていたら、もっと景時に怒られちゃうかもしれない。

 それでもおれは、景時の厳しさが、兄さまの優しさを否定しているみたいでちょっといやだった。

 だからおれは、そう言ったんだ。

「義経殿がお思いであるそれ以上に、頼朝様は尊い存在なんだ。兄だからとはいえ、気軽に兄と呼んでいい存在ではない。頼朝様は、景時のことを信じて下さっているのだから、景時も頼朝様をお守りしなければいけないんだ」

 わからないよ。

 兄さまが心配だった気持ちはわかるんだよ? だから、今の景時が少し動揺しているのも、わからないでもない。

 でもどうして、景時はここまで兄さまのことを。その気持ちがわからないよ。

 兄さまは大切な存在だし、守らなくちゃいけないのはわかる。

 尊い存在だというのもまあわかるんだけど、兄のことを兄と呼んでなにがいけないのだろうか。

「景時殿も義経殿も、程々になさい。頼朝様はご無事だったのだから、それで良いではありませんか」

 怒られてしまったから、もうこれくらいにしておくしかないかな。

 ただ景時とは、どこか話が合わないんだよね。

 おれだって兄さまのことは想っているし、景時が兄さまのことを想っているのもわかる。

 そこは合っているのに、どうしてこんなにも話が合わないんだろうね。

「みんな、すまない。せっかく勝利したのだから、お祝いの酒でも酌み交わそう」

 べんけーに抱きかかえられて戻ってきた兄さまは、みんなの中心に座らされると、弱々しい声だけれどそう言った。

 そうだ。兄さまがいなくなっていて、とても負けた気になっていたけれど、戦の結果としては勝利していたんだ。

 あの平家に、勝利することができたんだ。

 これはおめでたいことだもんね。

 兄さまがそうしようと言っているのだから、遠慮なくお祝いしないとだよ。

「義経、おいで」

 みんなのように騒ぎはしないけれど、みんなの中心で酒を飲んでいた兄さまが、おれのことを呼んでくれた。

 兄さまからおれのことを呼んでくれることは少ないので、おれは喜んで兄さまのところへ行く。

「私のために随分と働いてくれたそうではないか。義経、今日は私がお酒を注いであげるよ」

 酒のせいか少し顔を赤くしながら、兄さまはおれにそんなことを言ってくれた。

 兄さまに酒を注いでもらうなんて、おれはもううれしくてうれしくて。

「ふふっ。義経は素直ないい子だね。これからも私のために、戦ってくれるかい?」

「はい」

 もちろん、言われなくてもそうするに決まっている。

 そうするつもりのない平家のものたちだとしても、兄さまにこう言われてしまえば、だれでも従ってしまうと思うけどね。

 だってこれで、だれも「いいえ」なんて答えられるはずもない。

「みんなも、私のために戦ってね。私が平和を手にする、その日まで」

 兄さまが平和を手にする日まで、か。

 しかしどうして兄さまは、こんなにも念を押すように言うのだろうか。

 おれのことを、おれ以外にも、みんなのことを信じきれていないような気がする。

 兄さまは信じてくれているのだろうけれど、どこか疑っている。

 だから何度も、何度も裏切るなと繰り返す。

 だまされることも多かったんだろう。兄さまはもう、だれを信じることもできなくなってしまったのだろうか。

 そんなことはないはずだ。

「兄さまはなにを言わなくとも、兄さまのためにだれも戦いますよ」

 少し不安そうにしていたので、おれは兄さまにそう言った。

 だけど兄さまの表情は少しだけ悲しそうな笑顔のままだった。

「……わかっているよ、それくらい」

 小さな声でつぶやいた兄さまは、ときどき見せるあのちょっとこわい兄さまの姿だった。


 兄さまが注いでくれた酒。まさか、飲まないわけにもいかないだろう。

 そうしていると、限界を超えて酒を飲んでしまっていたらしい。

 目を覚ましたときには、おれはふとんで寝かされていて、べんけーがおれのことを見ていてくれていたようだ。

「ん、うぅ」

 起き上がろうとすると、あたまがズキズキと痛かった。

「何も無理する必要は無い。今日は眠っていれば良い」

 べんけーはそう言ってくれるけれど、そんなわけにもいかないよね。

「だいじょうぶだよ。それに、継続することが強くなるには大切なんだから」

 たった一日でもなまけてしまえば、心身とも弱くなってしまう。

 だからおれは、休んでいるなんてわけには、いかないんだ。

 強くなくちゃ、兄さまはおれのことを見てくれない。戦で活躍できなければ、兄さまには必要としてもらえない。

 おれはもっと、強くならなくちゃいけないんだ。

 兄さまのために、兄さまの役に立てるように。兄さまのために、戦えないとだもん。

「義経がそう言うなら、了解した。だが、無理はするな」

 べんけーったら、そんなに心配しなくてもだいじょうぶだよ。

 おれだって、もうこどもじゃないんだから。

 自分の限界なんてわかる。きのうは、兄さまが注いでくれたから、ちょっとむりしちゃったけど……。

 でもそんなこと、めったにないから。

 それに、悲しいくらい細いけど、意外と体力だってあるんだからね。

「では、某が相手を務めよう。ならば傍で見られる」

 心配しなくてもいいと言っているのに、そんなところも、べんけーらしいからいいんだけどね。

 だってべんけーが少しも心配してくれなかったら、反対におれが心配になっちゃうもん。

 監視することが目的なのだとしても、べんけーが相手をしてくれるのは、おれとしてもうれしいしさ。

 べんけーくらい強い相手だったら、練習としてはとてもいいと思うんだ。

「おれはなにも使わない。魔術だけでいくから、この条件で勝負しよう? べんけーは、なにを使ってもいいから、おれを負かしてね」

「本当に其れで良いのか。怪我をしても知らぬぞ」

 ふたりで挑発をし合って、べんけーは適当な武器を構える。

「べんけーはいつも、隙だらけだよっ」

 だけどべんけーったら、おれのことを心配しているのか、手加減なんかしてくるんだもん。負けようがないよね。

 おれの勝利が決まると、べんけーは笑いながら言った。

「確かに、某はいつも好きだらけだ」

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