狂い咲く華 弐
舞い上がっていた私だが、そんな場合ではない。
逃げられたというだけで、負けには違いない。勝った平家としては、追い討ちをかけないわけがないだろう。少しすると、平家の軍が攻めてきた。
でも今のみんななら、負けるわけもないよね。
そもそも、いきなりだったから驚いて、それで負けただけだ。
数はともかく、実力ならば、こちらの方が勝っていた。
今は数だって集めたし、みんな勝利のために燃えているし、負けるはずがない。
「私たちを滅ぼそうとしているようだけど、逆に滅ぼしてやりなさい。もう負けられないから」
不安がないわけじゃないけれど、勝利できると思えるくらい、私にも自信があった。
深刻な顔の中にも笑顔を作り、何か策がある風を装って命令を下した。
「お久しぶりですね。源氏のお坊ちゃん」
もう勝利は確定。逃げ惑う平家の軍勢を見ておこうと思い、私は高いところからその様子を見下ろしていた。
すると、後ろからそんな声が聞こえてくる。
「どうして、ここに……?」
すぐに仲間を呼ぼうとするけれど、私の口からは掠れた声しか出ない。
こんなことなら、一人で外になんか出なければよかった。後悔したところで、時間を巻き戻せはしない。
「私を殺さなかったこと、今更になって悔やんでいるのですか? 残念でしたね」
それだったら、何かあるような含み笑いをして、ここを乗り切ってやろうと思った。
まあ、そんなことで騙されてくれるくらいの人なら、もっと前に逃げることができていたという話だけどね。
ここまできたのに、こんなことで私は殺されてしまうのか。
こんなどうでもいいことで、私の夢は終わってしまうというのだろうか。
まだ死にたくない。二十年間耐えてきたのに、こんなところで死んでしまうの? そんなのあんまりだ。
「悔んだりなんかしないさ。お前は良い躰をしているのだし、殺してしまうには勿体ない」
「だけど俺らのとこ逃げ出したの、許されるとか思わないでよ? 死ぬよりもっと辛い目に遭わせてやるさ。もう恥ずかしくて、大好きなお仲間の前にも出られないようにな」
殺されるまで時間稼ぎをして、みんなが助けにきてくれるのを待とうと思った。
だけど、どうやら私を殺すつもりはないらしい。
死ぬよりもっと辛い、何をされるのだろうか。そんなに恥ずかしいことをさせられるのか。
言葉で私を脅かしているだけ、そう考えることもできるかもしれない。しかし実際に躰を弄ばれてきたというのに、そう考えるのは少し無理があるだろう。
でもだからこそ、今の私ならば、何だって耐えられるはずだ。
「抵抗しないんだな。俺らに逆らっても無駄だって、よくわかっているからか? 淫乱の頼朝様」
人数としては、十人もいない。これだったら、私だけの力でも逃げられるだろうか。
失敗したときは? 逃げようとして、逃げられなかったそのときには、どうなるのだろう。
それを考えたら、逃げるべきではないのかな。
「ここで殺さなければ、本当に後悔なさいますよ。それで、私に何をさせるおつもりなのですか」
仕方がないので、もう一度だけ、彼らの玩具になってあげることにする。
助けがきてくれたそのときには、残らず彼らを殺してくれるだろう。それまで耐えればいいだけ。長くても一日はないだろう。
それだったら、戦うよりも耐えていた方がずっとまし。
そう考えた私は、大人しく腰に帯びていた剣を手渡した。
「子供だと思って勘弁してあげていたけど、気付けばもうお前も、大人になっていたんだな。義朝のような男らしい体付きにならないもんで、全く気付かなかったよ」
言われた時点では気付かなかったが、彼が手に持っているものを見て、私はそれが何であるかを理解した。
小さな入れ物に、少しの液体が入っている。
彼は迷わず入れ物の蓋を取り、それを私の口元に差し出してきた。
「飲め」
匂いだけでも気が狂いそうになっていた私に、小さくそう言ってきた。
どうやら無理に飲ませるわけではなく、あくまでも私自身に飲ませるつもりらしい。
薬に任せてしまった方が、楽にできるのだろうか。そんな淡い期待も寄せながら、小さな入れ物の細い入口に、舌を入れてその液体を舐め取った。
それはほんのりと甘くて、なんだか悪い気はしなかった。
どんどん、おかしくなっていく。
効果は大きいようで、私は理性など保っていようとも思えなくなっていた。
「……もっ……と……、もっとっ……」
悔しいけれど自分の欲望を止められなくて、私の方から求めてしまっていた。
もうとっくに限界は超えているはずなのに、流れ出す欲望は止まらず、私は求め続けてしまう。
殺される。このままじゃ、私は死んでしまう。
本当に辛くてそう思ったけれど、それでも私は憎むべき相手を求めてしまっているのであった。
どれだけそうしていたのだろうか。どれだけそうされていたのだろうか。
私が気が付いたときには、あいつらはもういなくなっていた。そして代わりにそこにいたのは、景時だったんだ。
「ああ、頼朝様。お守りすることができず、申し訳ございません」
優しく私の体を抱き上げると、涙ながらに謝罪を申してくれた。
でも私はそれどころじゃない。
薬の効果はまだ続いているようで、景時の腕や息、吹き抜ける風にさえ敏感に反応をしてしまう。
「ごめん。まだ、帰れないみたい。お願い。景時のモノで、私を戻して。おかしくされた、私を、戻して」
こんな姿を見られてしまっているのだし、もう仕方がないだろう。
他の男に見つかるのではなく、せめて景時に見つけてもらえてよかった。
「命令だから、ぁっ、早くっ」
「はっ」
私の姿を見て、覚悟を決めたとでも言うように、景時は返事をした。
そして震える手で、そっと優しく私の体を撫でてくれる。
それからも、狂いそうな私を抱いて、優しく丁寧に欲を吐き出させてくれる。
こんなに優しくされたことは、初めてだった。こんなに優しく抱かれたことは、初めてだった。こんなに相手を愛おしく思ったことは、初めてだった。
だけど少し物足りなくて、もっと激しいものを求めている私がいて。
それは薬の効果だけじゃなくて、私がおかしくなっているからなのだと思った。
「もう大丈夫でしたら、服を着てお戻り下さい。頼朝様がいなくなったと、心配していることでしょうから」
どこまで景時は私を想ってくれるのだろうか。
あまり優しくされると、何か企んでいるのではないかと怪しんでしまう。
信じてもいいんだよね? 私のことを愛して、私のために戦ってくれるんだって、信じていいんだよね。
「ねえ、景時。動けないから、連れて行って」
彼の困ったような赤面したような、その顔を見るのが私は楽しかった。それもあるけれど、動けないと言うのは本当であった。
体中が痛いし、動かそうとしても動くことができなかった。
それをわかってくれたのだろう。景時は丁寧に私の服を取って着させてくれると、軽く抱き上げて歩き出した。
膝の裏と背中を支えてもらっていて、かなり姿勢は安定していた。
それでも少しだけ不安で、私は両手で景時の太い首を抱いて、その胸に顔をうずめていた。
「風呂を用意してくれ。すぐに頼朝様を入れる」
服を砂だらけにして、景時に抱きかかえられ戻ってきた私に、だれも驚きを隠せないようだった。
「某にお任せ下さい」
景時が風呂には入れてくれると思っていたのだが、用意された風呂場に連れていかれると、そこには弁慶が立っていた。
目的があってのことだろうが良かった。
――大好きだから。




