戦の果て 源頼朝
以仁王から平氏打倒の令旨もあり、平家のそのやり方に不満を持った人が、挙兵なんかをしているらしい。
もうそろそろ、私の時代がやってくる。
直感的にそう思った。栄えていた平家も衰える一方だろうし、そうしたら私がこの国を手に入れるんだ。何もかもを、この私が手に入れるんだ。
計画を必ず成功させるために、絶好の機会を待った。
そして私は立ち上がったんだ。
月も星も雲に隠されて、それは暗い夜であった。
しかし私は、このときのために火属性の魔術師となることを選んだのだ。暴走することは絶対と言っていいほどにない、完璧に使いこなすことができる。
火属性を選ばせてくれたことを感謝しなければいけないね。
「お世話になりました。さようなら」
小声でそう告げると、私は左手で小さな火を浮かばせ、暗闇の中を走り出した。
馬がないのであまり遠くへは逃げられないが、問題はなかろう。今は逃げられさえすれば、私の勝ちであると言える。
散々な目に遭わせてきたあいつらを、どんな目に遭わせてやろうか。
考えるだけでも楽しい。
でもその前に、今日をどうするかだな。
同じく打倒平家を企てている人がどこへ集っているのか、情報は入っている。だけどそこまで向かうのは、明日にするべきだろう。
近くはない距離だから、今日は休んでいくべきだ。
そう考えた私は、まず宿を探すことにした。
時間も遅いし金も持っていないのだから、普通に行けば泊めてなどもらえないだろう。
だから私は近くにあった家を燃やした。爆発が起こり、周りの家の人がわかるように大きな炎を上げて燃やした。
大事なのは見た目だから、派手にしただけなんだけど、かなり火力が強いように見えるだろう。
そして驚いた人々が集まる前に家に侵入をして娘の服を奪うと、それに着替えて家を飛び出し、家の外に倒れてみせた。
武士の誇りなんて、平家の男に体を売った時点でなくしてしまっただろう。
それに私は、どんな手段を使ってでも生き残ると決意したのだ。その決意を曲げることなど絶対にない。
「お嬢さん、大丈夫かい?」
爆発の際に大きな音と光を発してくれたからか、私の計算通り多くの人々が集まってきた。
多くの男が力を合わせて、慌てながらも火を消そうとしている。ちょっと計算外だったところを挙げるなら、水属性の魔術師がいないようで、火が消える気配もないということだ。
もう人は集まったので、火が大きくなりすぎても困るから、私は火力を吸収して火を弱めてあげた。
これだけ燃え上がっていれば、当然炎に気を取られてしまう。ただしその中で、一人だけが倒れている私の姿を見つけたようだ。
大勢に囲まれてもそれはそれで困ったので、少しだけ見つかりにくい場所に倒れたのだ。
しかしここまで計算通りにことが運んでしまうと、反対に不安になってしまいそうだ。
「私は大丈夫ですけど、この家の方は……?」
心配そうに私を見ながら男は右手を差し伸べてきたので、弱々しく震えさせながらも左手を上げ、彼に手を握ってもらいながら立ち上がった。
最後に自分よりも人の心配をし、優しい娘の完成だ。
炎に照らされたその表情を見る限り、私のことを少しも疑っていないようだった。
「もう助かりはしないだろうな。ところでお嬢さんは、こんなところで何をしていたんだい?」
「もう耐えられなくて、夫から逃げてまいりました。一晩だけでも、私を家に泊めてはくれませんか? 無理は承知ですが、いつ見つかるかわからなくて、怖くて」
平然と助からないと告げ、私のことについて問ってくるとは。こいつ、人の死を何と思っているのだろうか。
私が放火犯なのだから、人のことを言えたものじゃないけれどね。
そんなことを思いながらも、念押しにこの男の警戒心を解こうと、涙を流して男に体を預けた。
よろけただけではないとさすがにわかったらしく、男も私のことを優しく腕で包み込んでくれた。小さく私からも腕を回し、しばらく抱き合っている。
この男、武器らしきものを何も手にしていない。
たった一夜だけなのだしこの男を信じるとしよう。
「ぼろぼろの家だけど、良かったら泊まっていってくれ。一晩とは言わず、いくらでもここにいてくれて構わない」
男も男で私のことを信じてくれたようで、簡単に家まで案内してくれた。
火はまだ消えていないようだけれど私は男に連れられてそこから離れ、小さな家に着いた。
二十年間暮らしてきたあの家に比べれば、本当にぼろぼろでとても住めるような家ではない。だが、野宿よりはよっぽど心強い。
農民が豪華な暮らしをしているはずもないのだから、初めから期待もしていないさ。
「ありがとうございます」
お礼を言って私はそのまま倒れた。
起きていても質問されたりするだろうし、そうして失言をして怪しまれたりしても大変だし。それを考えたら、疲れていたと眠りに入ってしまった方が楽であろう。
疲れているのは本当だから、目を瞑って寝転んでいると、すぐにもう私は眠っていた。




