2-11 プレゼント
「有り難い申し出だが、まだ片付けていない仕事があるだろう。なに、私もすぐに会場を抜けて本部に戻るつもりだ。安心してくれ」
つい先刻も、資産家を自称する変質者を一人、中心区ストナの路地裏で確保したばかりだ。下着姿で、連れの女がいない、指からビームを撃つ男に襲われた、などと繰り返していたようだが、薬でもキメていたのだろうか。機械でタグを確認したが反応が無く、抉り取られた痕跡も無いので、狂った貧民として拘置所にぶち込ませていた。
彼も含め、取り調べなければならない人間は腐るほどいる。パーティーでうつつを抜かす暇などアカネには無いのである。
「……了解しました、隊長。しかし、くれぐれも御注意を」
「ああ、分かっている」
既に時刻は、夜の六時。
懇親会までの時間はあまり無い。
アカネは、現在巡視艦が停泊している一五番ポートから歩いて五分の距離に位置する、防衛隊本部ビルに寄り、地下に停めてある自家用車で向かうつもりだった。
この時代、無人の小型飛行船艇による交通サービスを利用する者が殆どだが、アカネは飛ばない車を愛用していた。
とはいえ、彼女の幼児体型ではアクセルやブレーキに届く筈もなく、自動操縦なわけだが。
(ドレスとか持ってないし、このまま制服で行っても大丈夫だよね……?)
大丈夫ではない。
それに持っていないのではなく、苦手意識から実家に置いてきただけなので、調達する事は可能だ。
しかし、ドレスを着たところで童顔が強調されるだけなので、結果的には制服が最上の選択肢と言えた。
「……はぁ」
アカネは巡視艦の廊下で一人、胸に手をやって我が身の不幸を呪うのだった。
◇
「魔王様っ!!」
アグレアスがホテルのスイートルームに備え付けられた空間投影式テレビで世事について勉強していると、エリナの悲鳴が響いた。
驚きと困惑が入り混じった声だ。
浴室の方に目を向けると、ドアから顔を覗かせるエリナ。
銀の髪を湿らせ、湯上がりなのか頬を上気させている。普段はぼんやりとしている彼女だからか、不思議な色気があった。
シャンプーでも足りないのかと思われたが、その目の縁に涙を貯めた様子から、どうやらただ事ではないらしい。
「どうしたエリナ?」
「わ、私の……私の服が無いんですけど、なにか心当たりは……」
「ああ、あれか。あれは捨てたぞ」
「……ええ。なんだかもう、そんな気がしてました……」
エリナは何かを諦めた風に首を振る。
「替えの服は入れただろう」
「……でも、こんな高そうな服、いいんですか?」
「いいに決まっている。むしろ、不満か?」
「そんな、不満だなんて……っ!」
手をひらひらと振って、慌てたように否定する。
胸元に注意がいっていない辺りが実に彼女らしい。
……しかし、以前に都会で育ったと言っていたので、てっきり高級な物を見慣れていると魔王は推測していたのだが、エリナは一体どういった育ち方をしたというのだろうか。それに、彼女が時折見せる不可解さも気になる。
思案を重ねるアグレアスの前に、着替えを終えたらしいエリナが姿を見せた。
「えっと……似合いますか?」
それは、白い花のような服だった。
胸から腰にかけてのラインをくっきりと表し、しかしスカートに当たる部分がふんわりと外に広がっている。そうしたところから、花弁のような印象を受けるのだ。
さらに、各所に薄桃色を基調とした装飾品が施されており、見る者が見ればそれらが一級品である事が理解出来たであろう。
白と銀の髪、二つの近しい色が良い組み合わせとなっていた。
「ああ。綺麗だな、とても」
「な……なんだか、照れますね……。ありがとうございます、魔王様!」
どうせ、選んだのは金を掴ませたホテル従業員なのだから礼を言われる謂れは無い。
アグレアスはそんな風に考えるが、あくまでも彼女は無邪気だ。
まあ、こんな様子ならばこれから行う儀式に支障は無いだろう。
「よし、エリナ」
「はい、魔王様っ!」
「服を脱げ」
「どうしてそうなるんですか!?」
胸元を抑えてエリナは後ずさる。
何やら誤解しているようだが、儀式には服が邪魔だというだけだ。
アグレアスがそう話すと、彼女は小首を傾げて疑問した。
「儀式?」
「そう、『幾何精神構造体接続儀式』だ」
「きかせいし、ん……?」
幾何精神構造体、「フラクタルマギノスフィア」とも呼ばれる魔法使用領域の事だ。
平たく言うと、儀式に成功すれば、アグレアスの精神とエリナの精神が部分的に繋がり、エリナが魔法をある程度使えるようになる。
「すごい! それじゃあ、早速―――」
「まあ待て、早まるな。まずは、服を脱げ」
「だ、脱衣の必要性が分かりませんっ!」