2-9 共にいること
俗に言う、キングサイズのベッドの上で、二人は身体を休める。
ここまで痛みが強いという事は、あの男は案外質の低い業者だったのかもしれない。
アグレアスは上着を放り投げ、うつ伏せに寝ながら、軽く後悔した。
「ぐっ……しかし、あと十分もすれば治癒魔法で痛みを抑える事も出来るはず……」
とはいえ、どうせならば活動は夜まで待ちたい。
闇に紛れれば、ベイン・タワーで目的を達した後の諸々を実行に移しやすいだろう。
もっとも、具体的に何をするかを決めている訳ではない。
力で一気に都市を掌握するか、あるいは奸計を巡らせて徐々に自分のものとしていくか。
エリナが「招き猫」と語った猫の像が、もしもアグレアスが考えている通りのものであるならば……。
窓の外では、街が夕焼けに染まっている。
まるで、燃えているかのようだ。
「あの、魔王様?」
言葉に顔を向けると、エリナが思いつめた顔で魔王を見つめている。
相変わらずサイズの合わない服を着て、ベッドの上に膝立ちになって、でだ。
意外にも主張の大きめな胸部が、丘陵となって魔王に圧迫感を与える。
随分と深刻そうな表情だが、痛みもう感じないのだろうか?
痛みに慣れているのか、もしくは痛覚を遮断する術でも心得ている……といった風でも無さそうだが。
「魔法って、私みたいな人でも使えるんでしょうか? もしそうなら、教えてほしいなぁ……なんて」
それは当然の疑問、というか興味だった。
魔法の行使。
現代を生きる少女にとって、正に夢のようなものだろう。
使ってみたいと思うのも無理は無い。
「使えるか、馬鹿者」
「ひ、ひどい!? せっかく、魔王様の助けになればと思ったのに……」
赤い瞳を潤ませて、エリナは消沈する。
存外、彼女の目的はまともなものだったが、出来ないものは出来ないのだ。
そもそも、アグレアスとエリナの精神構造は別の生き物と言っていい程に差異が大き過ぎる。
一般人の精神が丸とするならば、魔法使いのそれは頂点数が千を悠に超える、多次元的で幾何学的なものだ。
今から低級魔法を使えるようになるだけでも、五年以上の専門的な教育が必要になるだろう。
「そうですか……なら、仕方ないですね」
肩を落とし、シャワーでも浴びに行くのか、すごすごとベッドから退散する。
その様子からは、本気の落ち込みが察せられた。
(……ふむ)
ようやく痛みの取れてきたアグレアスは、目を閉じて精神統一、治癒魔法で痛みを完全に消去する。
そして、口を開いた。
「エリナよ。一つ、聞きたい事がある」
「はい?」
「お前は何故、俺を助けようなどと思う?」
オルムの暴漢達から救ったのは確かだが、彼女を連れて来た手口は強引なものだった。
そのくらいの事は、アグレアスとて心得ている。
とはいえ不安に駆られた訳ではなく、ただ純粋に疑問に思っただけの事。
エリナは視線を落とし、床を見つめている。
やがて考えを纏めたのか、アグレアスの目をじっと見た後、はにかむように微笑む。
「そう、ですね。あの日、助けてくれた事には感謝してます。……でも、魔王様は横暴で、型破りで、よく分からない人です」
そうだ。
如何に恩人といえど、生きた時代も価値観も違い過ぎる。
他人が見れば、エリナの態度はアグレアスを信頼しているように見えたかもしれない。
だが、魔王は知っている。
態度に出さずとも、自覚がなくとも、人はそう簡単に心を開かない。
それを、魔王は知っている。
「……他の人が見たらきっと、魔王様は悪人だって言うでしょう」
というか、魔王が悪でないなら何なのだ。
アグレアスはそう思ったが、敢えて口をつぐむ。
「……だけど、私は社会とか法律とか、もうそういうものが信じられない。だから、私は私の心で貴方を理解したい。『助けてやる』って、そう言ってくれた人の事を、他人の考えで否定したくないんです!」
いつしか、エリナは胸の前に腕をやり、真剣な表情で語っていた。
そういう風に語るだけの何かが、過去にあったのだろう。
凄惨な何かが。
「そうか」
「そうです」
「……いいだろう。お前が魔法を利用出来るようにしてやる」
「…………えっ。で、出来るんですか!? 魔法使えちゃうんですか!? 魔法少女にっ!?」
魔法少女とは何だ。
はしゃぐエリナはどうやら、アグレアスの言葉に気付いていないようだ。
……利用、あくまでも利用なのだという事に。
「やったー! ありがとうございます、魔王様っ!」
「ええい、はしゃぐな喚くな。うるさい奴め」
戦力の増強であり、これは征服の為に必要な事。
そんな風に言い訳する反面、新しい服でも与えるべきかと思う魔王であった。