第三十話 二歳の救世主と、化学の進軍
第三十話!
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【一:医学による支配】
広場に跪く数千人の群衆を、僕は石箱の上に立ち、冷淡な瞳で見下ろしていた。
彼らの腕には、僕が授けた『種痘』の痕――赤く腫れたカサブタが、まるで僕への忠誠を誓う刻印のように並んでいる。
「聖子様!」
「神の使いだ!」
口々に叫び、祈りを捧げる人々。だが、僕は彼らの熱狂を、冷たい一言で切り捨てた。
「勘違いしないでほしい。僕は君たちの神でもなければ、救世主でもない。……君たちを生かしたのは、僕が零を救い出すために必要な『駒』だからだ。」
二歳になったばかりの僕が発する、あまりに非情で理知的な宣言。広場は、一瞬にして凍りついたような静寂に包まれる。
「駒……? 私たちは、助かったのではないのですか?」
一人の大人が震える声で問う。僕はその男を、零から贈られたレンズ越しに射抜くように見つめた。
「助かったのは、僕の『医学』という計算の結果だ。……いいかい、この街の食料、医療品、そして武器。今日からすべてを僕の管理下に置く。僕の命令に従い、僕の軍隊として動け。……不服があるなら、今すぐその腕のカサブタを剥いで、死神の元へ帰るといい。僕のデバッグ(治療)を拒む自由くらいは、君たちにも残してあげるよ」
誰も動かなかった。死の淵から自分たちを引きずり出したこの二歳の幼子こそが、今のこの街で唯一の「理」であることを、彼らは本能で理解していた。人々は畏怖の表情を浮かべ、小さな支配者の前に、より深く額を擦り付けた。
【二:教会のデバッグ】
次に僕は、かつて僕を冷たく放り出した中央教会へと乗り込んだ。
豪奢なステンドグラスを通り抜け、僕は震える司祭が座る玉座を指差した。
「……そこをどけ。その席は、今日から僕の『作戦本部』にする」
「な、何を不敬な……! ここは神の家――」
「司祭様。祈りで病が治らなかったのは、あなたの信心が足りなかったからじゃない。……あなたの持っていた『知識』が、あまりにバグだらけだったからだ。……今すぐ、そこを代われ。」
二歳の僕が放つ圧倒的な眼光に気圧され、司祭は腰を抜かして床に崩れ落ちた。僕はその玉座に座り、教会の地下に蓄えられた膨大な魔導石や金銀財宝をすべて接収した。
「これらはすべて、零を救うための『研究費』と『軍事費』に使わせてもらう。……さあ、修道女たちを集めて。今日から彼女たちを、死なない軍隊を作るための『看護師』として再教育する」
魔法に頼り切り、祈るしか術を持たなかった街が、僕の指揮下で急速に「近代的な野戦病院」兼「兵器工房」へと変貌していく。僕はレンズを覗き込み、古文書から「北の果て」の地形データを解析し始めた。
【三:軍団の結成】
僕は街の自警団と、生き残った屈強な若者たちを集め、訓練を開始した。
二歳の僕が、軍隊の先頭に立って指揮を執る光景は異様そのものだった。だが、彼らは僕を笑わない。僕が調合した「麻痺毒」を塗った矢が、街を脅かしていた巨大な魔獣を、一瞬でデバッグ(無力化)する様を目撃したからだ。
「いいかい。魔法の盾がどれほど厚くても、呼吸をし、血液を流している生物である限り、僕の医学からは逃げられない。……君たちは戦うのではない。僕の指示通りに、相手の『不具合(弱点)』を突くだけでいい」
自警団の武器は、零から教わった知識を応用した新型クロスボウへと持ち替えられた。
街の人々は、もはや僕を「子供」とは見ていなかった。彼らの目には、僕は魔法という理不尽を解体し、科学という名の秩序を現出させる、冷徹な『小さな将軍』として映っていた。
【四:北の空へ】
準備は整った。
一週間の突貫工事で、僕は街全体を一つの「巨大な移動式医療・兵器ユニット」へと作り変えた。
僕は広場に集まった「僕の軍団」――三千人の生き残りたちに向かって、高く手を挙げた。
「行こう。……北の果ての『砂漠の研究所』で待っている、零を迎えに行くぞ!」
おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
数千人の咆哮が、街を揺らし、地平線を震わせる。
七歳になった零。二歳になった僕。
あの日、離れ離れになった時に誓った約束を果たす時が来た。
「待っていろよ、零。……今度は、僕が君を助ける。・・」
二歳の医学者が率いる、歴史上最も若く、最も知的な進軍が始まった。
魔法の理不尽に満ちたこの世界が、初めて「科学の鉄槌」を突きつけられる瞬間だった。
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