表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死んだ魚のような目をしているオレは、盲目なあの子に恋をする。  作者: しましまましま
第2章 空騒ぎ(Much Ado About Nothing)

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/40

第22話 空騒ぎでは済まなくなる

 放課後。

 いつものように鮎川と帰ろうとしたら、翔太が廊下で待ち構えていた。

 翔太の隣に、安藤美咲もいた。二人が並んでいるのは珍しい。翔太と安藤に接点があるとは知らなかった。

 安藤はそのまま「じゃあね」と手を振って教室に戻っていった。翔太だけが残る。


「湊、ちょっと来い」

「何だよ」

「いいから来い。鮎川さん、先に行ってて。すぐ追いつくから」

「え? うん、わかった。鈴木くん、校門で待ってるね」

「ああ」


 鮎川が白杖を突きながら先に行く。翔太がオレの腕を掴んで、人気ひとけのない階段の踊り場に引っ張っていった。


「何だよ、急に」

「お前、今日一日どうだった。噂の件」

「どうもこうもない。面倒くさかった」

「鮎川さんはなんて言ってた?」

「友達だって。空騒ぎだって」

「お前は?」

「オレも同じだ。友達だ」


 翔太がオレの顔をじっと見た。五秒くらい、無言で。

 それから、にやっと笑った。

 嫌な予感がする。この笑顔は、何かを企んでいるときの翔太だ。


「なあ湊。一つ、教えてやろうか」

「何を」

「鮎川さん、お前のこと好きらしいぞ」


 心臓が――跳ねた。

 物理的に。明確に。ドクン、と一回。

 呼吸が止まった。頭の中が真っ白になった。

 死んだ魚の目が、一瞬だけ生き返った――ような気がした。


「……は?」

「だから、鮎川さん。お前のこと、友達以上に思ってるみたいだって。安藤が言ってた」

「安藤? あの噂の発信源だろ。信用できるか」

「安藤は情報通だぞ。鮎川さんが凛ちゃんに何か話してるのを聞いたらしい」

「何かって、何だよ」

「鈴木くんのことを話すとき、鮎川さんの声が変わるって。凛ちゃんが指摘したら、鮎川さんが黙ったって」


 声が変わる。

 それは――オレにも覚えがある。鮎川がオレの声の変化を聞き取るように、鮎川自身の声にも変化があるということか。

 いや、待て。これは安藤経由の情報だ。安藤美咲という情報センターを経由した時点で、どこまでが事実でどこからが脚色かわからない。噂が噂を呼ぶ典型的なパターンだ。

 冷静になれ。死んだ魚の目に戻れ。


「嘘つくな、翔太」

「嘘じゃないって」

「嘘だろ。お前、さっき自分で言ったじゃないか。付き合ってないって知ってるって。なのにいきなり好きらしいとか、矛盾してるだろ」

「付き合ってないけど好きっていうのは矛盾しないだろ。片思いってやつだ」

「……」

「否定が早すぎるぞ、湊。ベネディックか、お前は」


 ベネディック。

 さっき鮎川が話した『空騒ぎ』の登場人物。周りに「あの子がお前を好きだ」と嘘を吹き込まれて、あっさり好きになってしまう男。

 待てよ。

 これ――まさに今の状況じゃないか。

 翔太がオレに「鮎川がお前を好きらしい」と告げる。『空騒ぎ』でベネディックの友人がやったのと、まったく同じ構図。

 偶然か?

 いや――翔太は、鮎川から『空騒ぎ』の話を聞いているかもしれない。鮎川がシェイクスピアの話をするのは日常茶飯事だ。翔太の耳にも入っているだろう。

 もしかして、こいつ――わざとやっているのか?


「翔太」

「なんだ」

「お前、今の話、本当か?」

「本当だって」

「安藤から聞いたんだな」

「ああ」

「安藤はどこで聞いた」

「凛ちゃんと鮎川さんの会話を……」

「聞いた、って言ったけど、安藤の聴力で鮎川と凛の会話を正確に聞き取れるか? あの二人、いつも小声だぞ」

「……」

 

 翔太の顔から笑みが消えた。

 代わりに、ばつが悪そうな表情が浮かぶ。


「……はは。お前、意外と冷静だな」

「冷静っていうか、怪しすぎるんだよ。タイミングが。今日、鮎川が『空騒ぎ』の話をした直後に、お前が同じことをやってくる。仕組まれてる感が半端ない」

「……ちっ」

「おい。今、舌打ちしたな」


 翔太が観念したように肩をすくめた。


「……まあ、半分は嘘だ」

「半分?」

「鮎川さんの声が変わるっていうのは、安藤が本当に言ってた。でも『好きらしい』ってのは、オレの脚色」

「やっぱりか」

「でもな、湊。安藤が嘘ついてるとは限らないぞ。鮎川さんの声が変わるっていうのは事実かもしれない」

「仮に事実だとしても、それが『好き』かどうかはわからないだろ」

「お前こそ、自分の声が鮎川さんの前で変わってるの、気づいてるのか?」

「……」

「鮎川さんが前に言ってたじゃん。お前が景色を話すとき、声があったかくなるって。それ、好きの証拠だってオレは思うけどな」

「違う」

「否定が早い。ベネディック」

「うるせえ」


 翔太が両手を挙げて「降参」のポーズを取った。でも目は笑っている。


「なあ湊。オレはな、お前の味方だからこういうことしてんだよ。お前、自分の気持ちに気づいてないだろ。いや、気づいてるけど認めてないだろ。だから外から揺さぶってやろうと思ったんだ」

「余計なお世話だ」

「余計な世話こそ友達の仕事だろ。シェイクスピアの『空騒ぎ』だって、友達が仕組んだから二人は結ばれたんだぞ。友達がいなかったら、ベネディックとベアトリスは一生意地張ったまま終わってたんだ」

「オレとベネディックを一緒にするな」

「一緒だよ。否定すればするほど怪しい。お前、今日一日で何回『違う』って言った? 数えてみろよ」

「……」

「な? 否定の回数が多いほど、本心は逆なんだよ。シェイクスピアが四〇〇年前に証明してる」


 翔太をその場に残して、階段を駆け下りた。

 校門に向かう廊下で、自分の心臓がまだバクバクしていることに気づいた。

 嘘だとわかったのに。翔太の仕込みだとわかったのに。


『鮎川さん、お前のこと好きらしいぞ』。


 その言葉を聞いたときの、あの心臓の跳ね方。あの頭の真っ白。

 あれは――何だ。

 嘘だとわかっても消えない動揺。それが意味することを、オレは知っている。知っているけど、認めたくない。

 認めたら。

 認めたら、もう「空騒ぎ」では済まなくなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ