表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

65/72

第65話……紅蓮、散る

 決戦、当日――。

 

 私の操るタイタンは、石橋の中央で真紅の魔動機と相対した。

 通常、魔動機の近接装備といえば大斧が定番だ。だが、相手は長剣を構えている。

 

 細身でありながら、特殊加工された限定種の証左だと一目で分かった。

 真紅の巨体が咆哮をあげ、橋上を疾駆する。


 突進とともに振り下ろされる鋭い斬撃――私は大斧を横に構えて受け止めた。

 魔導機タイタンに施された外殻甲冑がきしみ、衝撃が骨を貫く。

 

 タイタンは重装甲と膂力を誇るパワー型。

 だが、相手の斬撃は速さだけでなくパワーでも上回っていた。

 連続の剣閃が襲いかかり、私は防御に追われる。

 

 なんだ、この速度と重量……!

 タイタンの蒸気タービンは限界まで唸りを上げ、計器はレッドゾーンを振り切った。

 駆動系の蒸気管が高圧に耐え切れず、白煙が噴き出す。

 金属の軋む悲鳴とともに、操縦席の天井から黒い機械油がしたたり落ちてきた。

 

 ……これでは長くはもたない。

 誰だ、老人相手なら持久戦で勝てるなどと軽口を叩いたのは。


 あの老将は、齢七十を超えてなお、魔動機を振るう剛の者だったのだ。

 私は冷や汗で額を濡らし、目を凝らしながら、必死に操縦桿を握りしめていた。




◇◇◇◇◇


 真紅の魔動機の操縦席で、モルドフ将軍は冷然たる面持ちを崩さなかった。


「……すまんな、帝国の小僧よ。お主は見事な使い手だ。だが、この超兵器【紅蓮】の前では、お前の乗騎は玩具にすぎん」


 胸部装甲に燦然と輝く黄金の紋章――それは、かつての東方パニキア大帝国皇帝専用機の証である。

 その凄まじい性能と栄光を背負い、老将は操縦桿を握りなおす。


 古の超文明の遺産であるパワーアシストによる軽快な操作感、バランス自動安定装置による確固たる安定性。

 まるで神の御手に導かれるがごとく、老将の操る【紅蓮】は大剣を自在に振るい、【タイタン】を圧倒した。


「補助なしでその操縦の腕、まさに驚愕に値する。極めて惜しいものだ……だが、ここで絶つ。我らが祖国パニキアのためにな」



 紅蓮の長剣が【タイタン】のコックピットを穿たんとした、その刹那――。


「……ぐっ……!」


 将軍の顔が苦悶に歪み、鮮血が勢いよく噴き出した。

 先日の狙撃による戦傷――癒えぬ右肩の深手が、度重なる無理な負担で裂けたのだ。


 血潮は計器盤を覆い、全面モニターを朱に染める。

 それでも老将は歯を食いしばり、剣を振り下ろそうとした。


 だが、握力は失われ、鋼の巨体【紅蓮】は橋上に膝を突き、静止する。


「……わしの……戦いは、ここまでか……」


 その掠れた呟きとともに、連邦最後の名将の呼吸は細く途絶えていった。

 こうして、皇帝専用機【紅蓮】は、その威容を保ったまま、動きを止めた。




◇◇◇◇◇


 私は荒い息を吐きながら、操縦桿を握りしめていた。


 橋上に沈黙する超兵器【紅蓮】。その威容はなお凄絶で、ただ倒れ伏すだけでも周囲を圧する迫力があった。


 ……これが、名将というものか。


 勝ったのは私だ。だが、その勝利は老将の肉体が限界を迎えた結果にすぎぬ。

 剣を振り下ろそうとしたあの瞬間、もし彼に健全な体力が残っていたなら……果たして私は生き延びられただろうか。


 耳の奥で、バーレ少将の言葉が蘇る。


 ――勝てば昇進、負ければ銃殺。


 私は勝った。だが、胸にあるのは誇りよりも重苦しい歪な影だった。

 コックピットの窓越しに、遠くで味方兵士たちの歓声が湧き起こる。


 対岸からも、敵兵の悲鳴と怒号が交じり合うのが聞こえた。

 私は操縦席の背もたれに身を沈め、濡れた額を押さえた。


 ……これが名誉というのなら、なんと苦い名誉か。




◇◇◇◇◇


 皇帝専用機が沈黙した事実は、河岸のパニキア軍陣地に伝播するのに時間を要さなかった。


 最前列の熟練兵がまず武器を放り出した。

 その姿を見た後列の徴募兵たちも顔を青ざめさせ、土嚢に凭れかかっていたマスケット蒸気銃を捨てて逃げ出す。


 声をかけて止めようとする下士官もいたが、部下たちに背中を押され、あっという間に彼自身が逃走の群れに呑み込まれていった。


 「紅蓮が……やられたぞ!」

 「もう駄目だ! 帝国軍が来る!」


 叫び声が伝染病のように広がり、陣地は一瞬にして蜂の巣を突いたような混乱となった。


 投げ出された銃剣、泥に転がる軍帽、まだ炊き上がらぬ麦粥の鍋さえ放置されたまま。

 統制は完全に崩壊し、兵士たちはデリア河の上流へと、我先にと逃げ去っていった。

 河風に翻る連邦旗だけが残り、その下には無人の陣地と、捨てられた武具の山が広がっていた。




◇◇◇◇◇


 デリア河にかかる石橋での戦いを終えた私は、よろめくようにして陣地へ戻った。


 タイタンの装甲は裂け、蒸気管は白煙を吐き続けている。

 私の軍服も油と血で汚れ、脚は鉛のように重かった。


 その私を、兵たちが取り囲んだ。

 

「少佐万歳!」

「よくぞやってくださった!」


 歓声と共に、雨に濡れた手が次々と私の肩に触れる。

 戦友たちの瞳は興奮に輝き、まるで神話の英雄を見るかのようだった。


 私は息を整えようとしたが、胸の奥に広がるのは勝利の実感ではなく、ただ底知れぬ疲労感だった。

 それでも、兵士たちの期待と尊敬を前に、無言で頷くしかなかった。


 やがて、バーレ少将が前に進み出た。

 濡れた外套を翻し、堂々とした声を響かせる。


「諸君、聞け! フォーク少佐は一騎打ちにおいて、連邦の名将モルドフを退けた。

 これは第一混成旅団のみならず、帝国南方軍全体の誉れである!」


 兵たちの歓呼が再び沸き起こり、雨空を突き抜けて轟いた。

 少将は私の前に立ち、軍刀の柄を軽く胸に当てて敬礼する。


「フォーク少佐。汝の勇気と技量をここに表彰する。まさに栄光ある帝国軍の誇りを示したのだ」


 私は直立不動の姿勢を取り、声を振り絞った。


「……はっ! 身に余る光栄にございます」


 私の声は掠れ、兵たちの歓声にかき消される。

 そして、胸の奥では、なおあの老将の最期が焼き付いて離れなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
老将、見事な生きざまでした。
苦い勝利ですけれど。 運も、実力のうちです。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ