↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蒸気の覇権 ――魔導機パイロット、帝国戦線を駆ける――  作者: 黒鯛の刺身♪


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

66/72

第66話……穀倉地帯の謎

――聖帝国暦九一八年四月下旬。

 ロール自治領はついに降伏を申し入れた。


 バーレ少将の指揮する我が第一混成旅団は、自治領首都マルコフに入城し、当面は臨時統治の任に当たることとなった。


 帝国の旗が市庁舎に掲げられ、鐘楼の鐘が静かに鳴り響くその瞬間、市街の人々の顔には安堵とも恐怖ともつかぬ色が浮かんでいた。


 そして約束通り、私は中佐へと昇進を果たした。

 祝宴の夜、将兵は勝利の酒に酔い、肉の皿を奪い合い、戦の疲労を笑い声に変えていた。

 私も杯を掲げはしたが、胸の底には言いようのない重さが残っていた。――これで終わりではないと知っていたからだ。



 予感はすぐに現実となる。

 帝国南方軍総司令部からの命令は、北進し、ついにパニキア連邦の首都へと攻勢を掛けよ、というものだった。


 だが私には別の役目が与えられた。


「フォーク中佐。お前には、ここマルコフの臨時守備隊長を命ずる」


 バーレ少将の言葉は厳粛でありながら、どこか私を信頼する響きを帯びていた。




◇◇◇◇◇


 北進命令の伝達を受けた翌朝。

 城門前の広場では、北へ向かう部隊が整列していた。

 その先頭に立つのは、軍学校以来の同期、騎兵隊長ボルタ大尉だった。


「……結局、俺たちはまた別々の道を行くんだな」


 手綱を握りながら、ボルタは苦笑した。

 頬には泥と風に焼けた跡が刻まれていたが、その瞳は昔と変わらぬ光を宿していた。


「そうなるな」


私は答えた。


「お前は北へ、私はこの街に残る。役目は違えど、帝国のためだ」


 ボルタは馬上から身を屈め、私の肩を拳で軽く小突いた。


「フォーク。次の休暇が出たら、帝都で酒を飲もう。あの軍学校近くの場末の酒場でな」


 私は思わず笑みを漏らす。


「ああ、あの安酒屋か。……いいだろう、約束だ」


「約束だぞ。――戦で死ぬのも勝手だが、俺を一人で飲ませるな」


 互いに笑い合ったその瞬間だけは、戦場の冷たい空気が和らいだ気がした。

 やがてラッパが鳴り、騎兵隊は一斉に馬腹を蹴る。

 ボルタは振り返りざま、片手を高く掲げて叫んだ。


「生きて再会だ、フォーク!」


 私は城門の下で敬礼を返し、遠ざかる友の背を見送った。

 その背中は、雨に濡れた石畳の向こうで小さくなるまで、決して目から離れることはなかった。




◇◇◇◇◇


 私に与えられた役目は、マルコフの軍事的な守備以外に、ここで生きる民をどう治めるかという現実だった。


 マルコフ市内に設けられた臨時庁舎は、元は貴族向けのホテルだった。

 豪奢なシャンデリアと赤い絨毯はそのままに、今では兵士たちが詰める事務室と化している。


 蒸気ランプの白い光に照らされる中、私は執務机に山と積まれた報告書を捌いていた。


 広大な穀倉地帯を有するはずのロール自治領。

 だが、市場には食糧が乏しく、民衆は痩せこけた顔で配給所に列を作っていた。


 なぜだ……、この肥沃な大地で、なぜ食がここまで欠乏している?


 占領統治の要は兵站と民心の掌握にある。

 今年の秋の収穫が期待できないと、帝国軍の進撃そのものが危うくなるのは必定だった。


 私は椅子に深く身を沈め、しばし思案した。

 その時、副官のアーデルハイト技術准尉が耳打ちしてきた。


「中佐。偶然ながら、この地を守っていた連邦軍第29大隊長、レズニン大佐を捕虜にしております。事情に通じているやもしれません」


 私は頷いた。


「……そうか。すぐにここへ連れてきてくれ」


 蒸気ランプの光が揺れる中、私は机上の書類を片付け、捕虜との対面に備えた。




◇◇◇◇◇


 やがて扉が開き、捕虜となったレズニン大佐が警護兵に伴われて姿を現した。

 片目に黒い眼帯を巻き、顔に刻まれた深い皺と無精ひげ。

 頑強な体躯は鎖で繋がれていようとも衰えを見せず、まるで檻から解き放たれた熊のような威圧感を放っていた。


 ……これは、ただの敗残兵ではないな 私は無意識に背筋を伸ばした。

 粗末な椅子に腰を下ろした大佐は、軽く鼻を鳴らし、低い声で言った。


「どうせ死ぬまでは長くない。知っていることは話してやる。――ただし、虚言は言わん。記録と照らし合わせて確かめるがいい」


 私は頷き、書類を机上に広げた。

 大佐の言葉は、すでに押収した資料の内容を裏付けるものであった。


「おおよそ二十年前からだ。ロール大穀倉地帯の収穫は年を追うごとに急激に減っている」


「……二十年前?」


 私は眉をひそめた。 レズニンは眼帯の下の片目を細め、拳を握りしめた。


「二十五年前までは違った。この地は豊かで、イシュタール小麦を連邦全土に送り出していた。だが今では……自治領の民の口を満たすことすらできん。軍に徴発されれば、飢える者が続出する始末だ」


 私は言葉を失った。

 手元の記録にも確かに「減収」の記載があったが、それがここまで深刻とは。


 ……この地は、もはや“穀倉地帯”と呼べぬのか?

 机上の地図に視線を落としながら、私は重く息を吐いた。



 長い会話の末、レズニン大佐はしばし沈黙し、眼帯をしていない方の鋭い目を細め、値踏みするようにこちらを見た。


「……貴様は、どうやらただの征服者ではなさそうだな」


 低い声には、どこか試すような響きがあった。


「何を言いたい?」


 私は問い返す。

 大佐は口の端を歪め、鎖でつながれた手首を持ち上げた。


「見せたいものがある。言葉より、実際に見た方が早い。――ただし条件がある」


「条件?」


「この間だけは、俺を自由にしろ。そして同行するのはお前ひとり。護衛も兵も連れてくるな」


 私は息を呑んだ。


 レズニンの体躯は、檻を破る熊のように猛々しい。

 もし一対一で戦えば、軍刀を抜く前に捻り潰されるのが関の山だろう。

 そんな私の逡巡を見透かしたか、大佐は唇を吊り上げて言った。


「嫌ならいいんだぞ? その場合は何も教えん。ただそれだけだ」


 その徴発めいた言葉に、私は否と言う術を持たなかった。


「……分かった。案内してもらおう」


 自分の声がひどく乾いて聞こえた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
二十年前からですか。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。