第61話……鉄獣、鉄橋に果てる
――聖帝国暦九一八年三月中旬。
パニキアの地は大半が亜寒帯に属するがゆえ、三月に入ってなお要塞都市ロトコフ周辺は吹雪に閉ざされていた。
その白嵐の中、作戦コードA――アル高地への攻撃が決行された。
「作戦開始!」
バーレ少将の号令一下、私は魔動機タイタンを駆り、最も傾斜の緩い斜面へと進撃した。
巨躯の手には全長800cmに及ぶ戦斧。任務は森林に潜む敵魔動機を掃討し、戦車による突撃のための進撃路を確保することにあった。
だが、雪煙を裂いて降り注いだのは銃火の雨だった。小銃弾に混じり榴弾が炸裂し、斜面を抉る。
「……くっ、意外に抵抗が激しい」
私はタイタンを岩陰に伏せさせ、手信号を後方へ送る。間もなく味方砲兵の修正射撃が敵陣地に降り注ぎ、爆炎が斜面を覆った。
その隙を突き、私は巨体を揺らしながら斜面を駆け上がる。
その刹那、黒影が雪煙を裂いた。
敵魔動機の戦斧による斬撃――。
反射的に回避し、背に冷や汗が走る。
即座に体勢を立て直し、こちらの戦斧を横に振る。鋼鉄の刃は敵機の左脚関節を正確に薙ぎ、駆動系の蒸気ホースを断ち切った。噴き上がる蒸気の中、敵は膝を折る。
「止めだ!」
戦斧での重い一撃を頭部センサーに叩き込み、敵機は沈黙した。
だが、安堵は一瞬にすぎなかった。
新たに二機が影のように迫る。
タイタンは後退しつつ、両機の連撃をかわして応戦した。私は敢えて脚部だけを狙い、じりじりと相手の動きを削いでいく。
――この身で操縦した実戦時間はすでに二百時間を超える。
蒸気の熱に炙られ、汗に濡れた操縦席で、私は一歩一歩「魔動機マスター」の領域へと踏み込んでいた。
魔動機の操縦は、かなりの集中力と体力が問われる。
空調も無く、背中には蒸気タービンの高熱が伝わる中、両手にずっしりと重く、かつミリ単位の誤差も許されない操縦桿の操作が延々と続くのだ。
呼吸の乱れが敵の操縦桿に現れ始め、やがて動きは鈍る。
正午、私は三機目の喉元へ斧を突き立て、味方の進撃路を確保したのであった。
◇◇◇◇◇
「第一陣、かかれ!」
魔動機の脅威が去るや否や、バーレ少将は先に鹵獲していた重多砲塔戦車〈ギガント〉を前線投入する。
私が切り開いた斜面を、鉄の巨獣が軋みを上げてゆっくりと進撃した。敵銃弾は分厚い鋼板に弾かれ、背後には帝国歩兵が整然と続く。
多砲塔戦車の砲塔が蠢き、各個に敵火点を砲撃していく。
私は対戦車銃に持ち替え、鉄獣の前進を援護した。
砲撃と、重たい戦車の履帯により土塀は踏み崩され、敵陣地の一角が穿たれる。
「突撃!」
戦列歩兵の将校が真鍮のサーベルを振りかざす。
ラッパの響きとともに兵士たちが雪を蹴立て、陣地へなだれ込んだ。
数にものを言わせた白兵戦により、ついにA高地を制圧するに至ったのである。
◇◇◇◇◇
A高地を占領するや否や、我が部隊は即座に砲陣地の構築に着手した。
魔動機〈タイタン〉と、鹵獲改修した重多砲塔戦車〈ギガント〉は鎖を噛ませ、唸る蒸気機関の力で超重量の蒸気重砲を高地へと曳き上げる。
その周囲では、汗と白息にまみれた兵士と軍馬が、中小口径の蒸気砲を雪道に滑らせながら運搬していた。吹雪は止む気配を見せず、砲身も兵も凍りつくような環境の中での作業である。
砲列が半ば整うと、バーレ少将は満を持して命を下した。
「――撃て!!」
号令と同時に、私の左眼で測定した距離と風向の数値が、伝令兵によって砲兵へと伝えられる。
高地からの俯瞰により射程を得た各砲兵中隊は次々に轟音を放ち、火を吐く砲口が吹雪の帳を赤々と染めた。
炸裂弾は次々と鉄路へ降り注ぎ、マズル鉄橋に居座るパニキア連邦の重装甲列車〈リヴァイアサン〉を叩いた。
雪煙と蒸気が渦を巻く中、巨獣を揺さぶるかのような大撃戦が幕を開けたのである。
◇◇◇◇◇
同時刻、マズル鉄橋周辺。
「今だ、突撃せよ!」
突如降り注いだ高地からの砲撃に、連邦兵は総じて混乱した。
その隙を衝き、窪地に潜んでいた第一混成旅団の4個の騎兵中隊が一斉に躍り出る。馬蹄が雪を蹴り、真鍮の特注サーベルが夕光に閃いた。
騎兵は装甲列車を護る歩兵部隊に斬り込み、血飛沫と叫喚を置き去りに疾駆する。
砲撃と突撃は事前に入念な間合いが定められており、再び砲が火を噴く頃合いには、騎兵はすでに吹雪の白幕の中へ姿を消していた。
クリシュナ条約を踏みにじる熾烈な砲火は陽が沈むまで続き、〈リヴァイアサン〉の巨体は辛うじて形を保ったものの、走行装置と線路は無惨に引き裂かれていた。
◇◇◇◇◇
「行くぞ!」
夜陰に紛れ、騎兵部隊は再び奇襲を敢行。敵兵を蹴散らすと、馬を降りて雪に足を取られながらも次々と車内へ突入していった。
鋼板の車体の内部では白刃が閃き、狭隘な通路に血とエーテル煙が充満する。配電盤や物資庫からは火の手が上がり、列車そのものが燃え盛る檻と化した。
第六車両の司令室に最初に踏み込んだのは、軍学校時代にフォークと同期であった騎兵中隊長、ボルタ大尉である。
「お覚悟めされい!」
「何者だ!?」
大尉はドルコフ中将を視界に捉えるや、真鍮サーベルを振り下ろした。
刃は護衛兵に阻まれたが、司令部を直接襲撃された衝撃は大きく、幕僚たちは指揮統率系統を失い大混乱に陥った。
直後、第六師団主力も合流し、〈リヴァイアサン〉は沈黙、完全に包囲された。
「くそ……敗れはしたが、この列車を渡すわけにはいかぬ! 連邦に栄光あれ!」
ドルコフ中将は狂気じみた叫びと共に、自爆装置の起動レバーを叩いた。
次の瞬間、鉄橋上の巨獣は轟音と共に爆ぜ、火柱が夜空を焦がした。
その閃光は、遥か数十帝国ラトルも離れた帝国の村落からも見えたと伝えられる。
マズル鉄橋の守護者〈リヴァイアサン〉は、この世から消え去ったのだった。




